第11話 渓谷(たに)に向かって
擱座したポータインから操縦者が転がり出る。辺りに身を伏せていた兵士たちがそれを見て起き上がり、一斉に躍りかかった。
キャンプ設営用のロープで縛り上げられた敵パイロットは、ヴァスチフを下りた俺の前に連れて来られた。
「こんな奴など後回しでいい。負傷者を手当てし、担架を用意して載せろ! 死者は……身元の分かるものと、使える装備を回収しておけ。アルパ殿は人事不省で指揮が取れん――」
周囲を見回す。生き残った兵士が三々五々と再集結してきていたが、なんとも手ひどく蹴散らされたものだ。何よりの問題は、士官がほとんど生き残っていないことだった。
この世界の軍制は、第一次大戦当時相当の文明レベルに比して幾分発達が遅れている。
ここでの「士官」というのは古い時代の「騎士」がそのまま軍の階級になったようなもので、前世の地球のように尉官だの佐官だのに細分化されていない。部署について長いか短いか、つまり先任順位だけで序列が決まるのだ。
六輌のサエモドを預かっていたのは、俺以外すべてが士官。だが、緒戦で敵の最優先目標とされ、うち二人が死に、一人は重症で指揮を執るどころではなかった。残る二名はまだ行方不明だ。
「やむを得ん、ここは臨時に私が指揮を執る。命令通り、仕事にかかれ。良いか、救助が最優先だぞ」
初めは戸惑い顔の兵士たちだったが、明確な命令を与えると略式の敬礼と共にそれぞれ持ち場へ駆けて行く。大丈夫だ、まだ士気は維持されている――だが、ここからどうすべきか?
「……災難だったみたいだな。これからどうする? 俺たちはウラッテ渓谷へもぐりこむつもりだ。依頼の村娘を助け出さなきゃならない」
コルグが訊いて来た。俺が兵士たちに指示を与える間、少し離れたところで待っていたのだ。ゲインは無傷で残った俺のサエモドを使い、瓦礫の除去や破損したサエモドの回収を始めてくれている。デイジーがタウラスⅡの付属機器を使って、回収したマシンの修理をする構えなのも目に入った。
「ああ、すまんな。忙しいところに世話を掛けている……こっちにも整備兵はいるが、負傷者も少なくないのでな。謝礼を出せると良いのだが……」
「いや、気にしないでくれ。立場は違うけど困ったときはお互いさまさ。そっちこそ、情報ありがとう」
コルグのあっさりした返事が身に染みる。
本来ならば、現状は撤退を考えるべきところだ。手痛い損害を受け犠牲を払ったが、ウラッテに賊がいて、それがクヴェリ襲撃犯と同一であることはほぼ確定した。偵察任務として考えれば、最低限の目的は果たせている――しかし。
今が三話のラストシーンから分岐した「If」だと考えると、次は四話ということになる。この回、コルグたちは村娘を助けるために渓谷へ忍び込み、敵の基地内で破壊活動を演じることになる。劇中のロンド・ロランドは部下の恨みとばかりに彼を追って渓谷へ、そして――ああ、思い出した。
あそこに、なぜか空中戦艦が停泊していた記憶がある。複数の大型ベクトラで空中を航行するこの世界の飛行艦艇、そのうちでも
現地でコルグたちと上手く共闘できれば、もしかして、もしかすると――そんな、軍人らしからぬ楽観的な考えがじわじわと脳を染め上げていく気がした。
「回収と修理の手伝い、心から礼を言う……だが、あまり遅くならないうちに行きたまえ。我々もまだ偵察の任務が終わっていないから、少し遅れてウラッテへ向かおうと思う」
「そうなのか。じゃあ、向こうで顔を合わせるかも……」
コルグがまた少し考えこむ顔になった。
「暗がりで撃ち合いになったりするのはイヤだな。何か合言葉でも決めておくかい?」
「ふむ、悪くないアイデアだ。では……こういうのはどうかな? ……『闇を切り裂く声に』と呼びかけたら『応えて今こそ走れ』と返す」
コルグが目を丸くした。
「いいねえ……! 驚いた。ロランド氏は詩人なんだな」
「なに、それほどでもないさ」
口を拭ってそしらぬふりをする。ぶっちゃけると、今のはアニメシリーズ前半の、OP曲の歌詞を少しいじったものなのだ。そしてほっとする。「その歌詞は!」などと気色ばまれたらどうしようかと、一瞬あらぬ考えに囚われかけたところだった。
なんとか戦線復帰可能なサエモド二輌を修理し終えると、コルグたちはガルムザインをタウラスⅡに載せて固縛し、俺たちに別れを告げた。
彼らは兵士たちに気に入られたらしく、支給品のキャラメルやナッツバー、レモン水の瓶などを次々に手渡されて、ポケットやベルトポーチを溢れさせている。
「じゃ、俺たちは先に行くよ……ロランド氏、こういう時はあまり無理しちゃダメだよ。部下さんたちの命を大事にな」
「次からは医者……軍隊じゃ衛生兵とかっていうの? その手の人も連れてきた方がいいと思うわ」
「そうだな、戻ったら上にかけあってみよう」
デイジーの忠告はもっともだ。最小限の医薬品は持ってきていたが、専門家がいないと傷の手当は兵士の不完全な経験に頼るしかない。
「んじゃあな。ロランドさんよ、娘さん大事にな!」
ゲインの陽気な声を最後に、タウラスⅡはぐるりと車体を返し、ウラッテ渓谷へ向けて去っていく。あとに残された俺の横で、リンがいぶかしげな声を漏らした。
「あの、若様……『娘』ってなんの話です?」
「ん!?」
言われて気付く。あのお調子者は、俺の放ったセリフの意味をまるで勘違いしていたらしい。守らねばならない娘、とはリンのことを言ったつもりだったのだが、子供がいそうなほど老けて見えたのか?
(まだ十八だぞ、俺は)
……もっと裕福な貴族の坊っちゃんとかなら、早いやつは十六だろうと子供くらいいるかもしれないが。
「あのー、まさか……隠し子とか……」
こちらを見上げるリンの目が明らかに険しくなった。
「誤解だ! 隠し子などいないし、そんな甲斐性とか懐の余裕があるならさっさと――い、いや」
「ん、さっさと? 『さっさと』何なんです!?」
こっちが口を滑らせた気配を察知して、リンがぐいぐい押し込んできた。いましがたつり上がっていた目が妙にニヤついている。
ええい、脳内にTVシリーズでのコメディシーンBGMが再生されるじゃないか、勘弁しろ。
「彼らにな、『守らねばならん娘がそばにいる』と言ったのだよ、私は」
そういったとたんに、彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向き、俺の足元にしゃがみ込んだ。
(いい子なんだよなあ、ホントになあ……)
TVアニメのスタッフめ。何を考えてこんないい子を、中途退場するライバル役の脇に配したのだか。
守らねば。もし俺が今回も中途で死ぬのなら、それは彼女を守るためであってほしい、とさえ思う。
コルグ一行が去ったあとも、偵察隊はその場にとどまって作業を続けた。上がってきた損害報告は惨憺たるものだった。
歩兵二十人のうち四人が死亡、重傷二人、軽傷者三人。結果として戦闘可能な者は十一人。
サエモドは三輌が完全撃破され回収不能、二輌が小破、応急処置済み。搭乗員は死者二名、負傷者三名。うち一人は重傷だ。行方不明の二人は見つかったわけだが、まともに戦えるのは俺だけ。
ダダッカは五輌あったのがリンの物を含めても残り二輌に。喪失した車輛の騎兵は全員死んだ。騎兵はリン含めて残り二人。アルパと運搬車の操縦士は、戦闘後まもなく息を引き取っている。
「軍事理論上は、これは全滅、若しくはそれ以下だ……だが、やらねばなるまい」
実のところ、勝算もなくはないのだ。
先の戦闘から今に至るまで追撃がきていない。そして、恐らくウラッテにいるはずの打撃艦(シュラック)の重戦甲搭載数は、これまでに倒したポータインの数と一致する。
であれば、俺たちはここまでで山賊の主戦力をそぎ落とし切っているという可能性が高い。
「フェンダー殿、命に別条がなくて何よりでした。以後はあなたに指揮権をお返ししたい」
部隊再編だ。俺はまず、最も軽傷ですんだサエモド搭乗員の士官、ロズ・フェンダーに指揮権の返還を具申した。相手は先任で、そして意識があるのだ。
「いや……せっかくだが、俺は指揮ができるほど頭が良くない。おまけに今は負傷してる、これじゃサエモドを歩かせるくらいがやっとだ。トレッガーの操縦をやらせてもらおう。指揮は――」
そこまで言うとフェンダーは改まって口調を変えた。
「ロンド・ロランド殿。指揮権は今後も貴官に委ねます。ラガスコに帰還するまで、よろしくお願いします」
俺は内心でため息をついた。このフェンダーという男、テレビシリーズではこのあと俺の下について、短い間にあれこれと失敗をやらかしてくれるのだ。
だが、生存本能と生き汚さは徹底していて、逆に評価できる。何とかうまく使うしかあるまい。
負傷者および人員の足りない分のサエモドを
ウラッテ渓谷で、どんな戦いが待つのか――それは見通しも利かない霧の中の明日だった。
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