第3話 追憶と、剣戟と
TV。そう、俺はいま「TV」と言った。
テレビだ。テレヴィジョン――むろん、この世界にはない概念だ。
俺は、「ロンド・ロランド」として今この世界に生きている存在は、前世を記憶している。
かつて昭和四十年代に、太陽系第三惑星・地球の日本国に生を享け、五十年を生きた後にうだつの上がらないサラリーマンとして死んだ男、諏訪原光雄(すわはら・みつお)の人生を――
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音量を絞ったスマホからアラートが響いた。何だろうと画面をロック解除してみる。インストールしてある検索エンジンのニュースアプリに新着の表示が出ていた。タップしてみてそこに表示されたのは――
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アニメ映画「重戦甲ガルムザイン ―再臨の天狼―」が製作発表!!
脚本を大幅リニューアル、戦乱の時代を生きる青春群像を再び紡ぎ上げる――
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「劇場版だって……? まさか、今ごろになって!?」
八十年代に放映されたロボットアニメが、三十五年ばかりを経て劇場用アニメとしてリメイクされる、という記事だった。
ずいぶん間が空いたものではある。本放送はそれこそ、俺がやっと高校生になったころだった。
製作は創涛エージェンシーおよび日本サンゲイズ新社。気鋭のアニメ監督として何本ものヒットを飛ばした演出家、
メカニック・デザイナーに無名の新人
時折の熱い展開と精緻なメカ描写が人気を博し、玩具も売れたしいまだに根強い支持を受けている。だが、なぜか現在に至るまで全話DVD―BOXといった映像ソフトに恵まれていなかった。それが今回、不意打ちのようにシーンに戻ってくるというのだ。
俺はしばし、茫然となった。住んでいた地域に受信できる民放テレビ局が三局しかなく、家庭でのVHSビデオデッキの普及率もまるで低かった時代――携帯もスマホも想像さえできなかった、幼く不自由で制限の多かった高校生活がありありと脳裏によみがえる。
アニメ研究同好会の活動で放課後の教室にたむろし、意中の女子部員と同じ時間を過ごせることがひそかな、そして何よりの楽しみだった日々。
だが、俺は大学入学を境にほどなくアニメ趣味からやや距離を置くようになり――新作アニメを熱心に追いかけて視聴することもなくなった。
そして気が付けば大した業績も上げず、結婚して家庭を持つこともおぼつかないまま年齢を重ねた、中小企業のロートルサラリーマンとなり果てていた。そのさび付いた魂に、今にして再び小さな火がともった思いだった。
「観たいなあ……ガルムザインの劇場版……観たいよなあ!!」
アニメ雑誌も毎月購読できたわけでなく、野球中継や臨時ニュースなどで何度も放映が流れた。おかげでストーリーの記憶はいまだに歯抜けのままだ。
序盤から登場して主人公の前に立ちはだかり、時に思わぬ共闘を演じたライバル役、ロンド・ロランドが退場することになったいきさつは、いまだによく把握も納得もできていない。俺は、彼のことがなぜか好きだった。
劇場版で彼の扱いはどうなるのか。登場時の印象からすると絶対に重要な役割を終盤で演じそうだったのだが、そんな活躍が描かれるのだろうか?
ああ、それにしても俺はあの日々からなんと遠いところまで流れてきてしまったことだろう? いま劇場版を見ても、あの頃と同じように俺の心は燃えるだろうか?
懐かしさと切なさで思わずまぶたに熱いものがあふれる。その状態で、スマホをタップしながら歩いていたのが運の尽きだった。
クラクションの音に驚いて顔を上げると、左手から迫る一台のトラック。どうやら赤信号で交差点に踏み出してしまったようで――
俺は全身に強い衝撃を受けて跳ね飛ばされ、それっきり意識を失った。
次に意識が目覚めたのは、煤で黒ずんだ漆喰塗りの天井の下。灯油ランプで温められ淀んだ、いささか胸苦しい空気の中でだった。誰かが俺を抱き上げて、顔をのぞき込んでいる。
青みを帯びた銀髪とでもいった、奇妙な髪色が印象的な成人女性と目が合った。彼女がにっこりと笑って傍らの誰かに話しかける。
「あなた、ロンドの眼があいたみたいですよ。ほら、私を見て笑ってる」
「本当か……! どれどれ」
半白の髪をした精悍な面立ちの男性が、俺を女性から受け取って抱いた。
「ロンド……息子よ、わしが父だぞ……! わかるか、ハハ、わかるのかそうか! これは利発な子に違いない。きっと我がロランド家を再び栄えさせてくれることだろう!!」
ああ、ご期待まことに光栄なのですが、もしや俺はいま、赤子に戻ってしまっておりますか? そして、どうやらあなた方が俺の両親で。そして俺の名は、ロンド・ロランド――なんてこったい。
これはあれか。異世界転生とか言うやつだ、最近ネットで流行りという評判のアレ。
その後、数年かけて成長し、家や周囲の事情を呑み込んで俺は確信したのだった。どういう理屈でそんなことになったのかわからないが、俺は架空の世界の物語であったはずの、「重戦甲ガルムザイン」の舞台である大陸・アイボリアに、主人公のライバルキャラとして生まれてしまったらしいのだと――
* * * * * * *
走馬灯のように記憶が脳裏に去来していた。それが一瞬のうちに掻き消えて眼前の状況に切り替わる。
俺は
武器は。何か武器はないのか――?
どこかで聞き覚えのあるフレーズを口走りながら、サブモニターとコクピット内の各種インジケータに目を走らせる。荷台に乗った状態で見た限り、このヴァスチフの近くに使用できる火砲まではなかった。代わりに、右腰後ろのラックに何か装備品があると、黄色のランプが点滅して知らせてくれている。種別は――
「『
大出力の重戦甲が近接戦闘で使用する、重く分厚い刀剣が用意されていた。軽装向きの「
機体の右手が湾刀を構え、ヴァスチフが身を低くした姿勢で走り出す。ポータインが放った砲弾が至近距離をかすめて後方で爆ぜた。
「まだまだ!」
重戦甲の飛行は速度が遅く、どうしても必要な時以外は走るのがセオリー。敵は高所に陣取って有利なつもりらしいが、俺に言わせればそれは素人の戦い方だった。
「もらった!」
助走の勢いをかってタイミングよく跳躍。ヴァスチフのパワーは重い機体を難なく宙に運んで、敵機まで届かせる。右斜め上からの斬撃がポータインの左肩に食い込み、敵機の頭部と胴をつなぐ
糸が切れたように姿勢を崩し、地表へ落ちていくポータイン。俺はそれを背にしてジャンプの軌道をそのままたどった。
砲弾が間近をかすめた。側面に位置したもう一輌のポータインがこちらを狙っていたのだ。
「なんとぉッ!」
ペダルを踏み込み、両サイドの操縦レバーを前へ押し出す。背部に装備された非常用のジェットノズルが点火し、ヴァスチフは地表へ向かって加速した。やはり、こちらにも火器が必要だ――
※ロランドが乗り込んだ
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