第2話 ロランド、初陣

 街道はクヴェリに入る前に大きく曲がり、街を南北に貫く形になる。中央部にはその道に沿って両側に広場が設けられていた。

 クヴェリには子供のころに何度か来たことがあったが、その時はもうとにかく「大きな街で人がたくさんいる」くらいの印象しか持てなかったものだ。


 だが、成人する年になって見聞を広げ、そこに前世の経験も反映されれば、見えるものの意味も違ってくる。ここにはあらゆるものが集まるということだ――人もモノも、そして情報も。戦国乱世にあってその価値は極めて大きい。

 

 難しいことはさておき、俺は市の賑わいに目をみはった。

 どういうルートで仕入れてきたのかわからないが、大掛かりな屋台を広げて大小さまざまの火器を売っているものがある。

 そうかと思えば新鮮な果物を満載した荷車があり、魚を入れた水桶を足元において水キセルを吹かす女がいる。その間をダダッカや荷馬、武装を取り払った廃棄寸前の軽歩甲が行き交っている。

 

(俺も拳銃くらいは買っておくべきなのだろうが、金がな……)

 火器の屋台に流し目をくれながら、俺は内心で舌打ちをした。腰には父から譲り受けた古式の長剣があるが、古くから人型マシンや重火器が幅を利かすこの大陸では、ただの剣など形骸化した騎士身分を誇示する幟旗のぼりばた程度のものでしかない。

 

 俺が何より肝をつぶしたのは、広場の奥に数台の運搬車トレッガーを連ねて停めた一団の商人たちだった。その荷台に横たえられているのは、まぎれもなく重戦甲カンプクラフトだ。


「凄い……! あれはもしや、『ヴァスチフ』か!? それに、あの二輌は『リドリバ』だ……! 武装が整っていればちょっとした街一つ落とせる戦力だぞ」

 

 今生ではまだ新聞の写真図版でしか見たことがないような、高級かつ重装備のマシンだ。特にヴァスチフはもともとの生産台数が少なく、当代に発掘、レストアされて出回るものは年に三輌もないと聞く。

 おそらくはドローバ・ハモンドがクヴェリの工房に発注したものだろう。これからラガスコに運ぶところだとすれば納得がいく。


「若様ったら、すごい目しちゃって。やっぱり男の人はああいうのが好きなんですねー」


 リンにからかわれてもさほど気にならなかった。武門の家に男と生まれて、あの威容に血が騒がない者などいるものか。


「あ、見て見て若様。ほら、あれバンモの屋台ですよ」

「……買わんぞ」

 バンモはこの地方で親しまれた揚げパンの類で、二つ折りにした分厚く平たい生地の間にチーズや燻製肉を挟んだものだ。油から引き揚げたものが冷えぬうちに、指が汚れようとお構いなしに頬張るのが至高とされていて―― 

 ググゥと腹が鳴る。耳ざとく聞きつけたリンが、俺の脇腹をつついた。

「やせ我慢してぇ、若様ったら」

「言うな。路銀に余裕がないのだ……まして二人に増えては、宿代すら足りるか怪しいものだ」

「ええ、ええ。分かってますって。このサエモドをあつらえるのだって、よほどの覚悟が要るはずだもんね。でも安心して!」

 リンは右肩から吊って左腰に提げた、防水布のポーチをぽん、と叩いた。

 

「自分の宿代くらい自分で出すし、屋台の食べものくらい奢るからさ。 ……ダダッカ、下ろしてくださいな!」

 こともなげにそう言うと、彼女はふわふわの金髪を揺らしながら、フックに足をかけて危なげなく石畳に降り立った。

「分かった、人にぶつけないようにしろよ。私は向こうにこいつを停めて待つ」


 操縦席からウィンチを起動して、サエモドの腰ブロック後部に吊ってあった彼女のダダッカを着地させる。

 サドルに飛び乗ってリンが起動キーをひねると、二足歩行の小型マシンは曲げていた両足をピンと伸ばして、市場に流れる人ごみの頭上を漕ぎ渡るように離れて行った。

 

(やれやれ……悪い娘ではないし、世話を焼いてくれる気持ちはありがたいのだが……まったく)


 駐機したサエモドの座席の上でペダルから足を外してもたれかかり、腕を頭の後ろに組んで空を見上げた。

 

 町長としてシュルペンの商工会を牛耳るリンの父は騎士や貴族でこそないが、非常にやり手の商人だ。末娘を溺愛している上に、由緒ある家柄との間に結ぶ縁故というものにはひと通り以上の色気があって――つまり、そういうことだ。

 リンが俺に接近することは父親から容認されているし、恐らくは婿にと見込まれてもいる。悪い言い方をすればたかり放題――だが、それを何の抵抗もなく受け入れ享受することは、男として、騎士としての矜持がひどく傷つき疼くのだ。


(今日はこの街で宿を探して泊るとして……明日にはラガスコに入れるか。ドローバ・ハモンドがすぐに俺を召し抱えてくれればいいんだが)

 

 ハモンドの軍に士分として取り立てられれば、服や装備も支給してもらえよう。それにリンを小姓か何かの扱いでそばに置こうと思えば、平の兵士程度ではだめだ。

 そんなことを考えていると――昼下がりの市場に、不意に爆音がとどろいた。


「何だ!?」


 跳びあがるように身を起こして辺りを見回す。広場に面した大きな建物が崩れて火の手が上がり、恐慌をきたした群衆が雪崩を打って逃げ始めていた。

 果物の荷車がひっくり返って黄色い果実が液体のように石畳に広がり、物売りの女がキセルもろとも魚の水桶に倒れ込んでしぶきを上げる。

 

 その混乱の頭上に悠然と浮かんで進んでくる、人型のシルエット。

 やや細身の俊敏そうな機体はダークブラウンとオフホワイトに塗り分けられ、腕部には「バレル・シューター」と呼称される長砲身の旋条カノン砲を携行していた。

 持続性の甲高い音が耳に飛び込んでくる。重戦甲を他のマシンと決定的に隔てる、重力中和装置ベクトラの駆動音だ。

 

「『ポータイン』か!? どこの所属なのだ!?」

  

 細身の重戦甲が再びバレル・シューターを掲げて火を放つ。着弾した地点に煙が上がり、瓦礫の破片が俺のサエモドまで飛んできた。

 これは明らかに何者かの攻撃だ。クヴェリの守備隊らしい数台のサエモドが機銃や噴進砲ロケットを携行して出動しているが、どうやら襲撃側にもほぼ同等の兵力があり、釘づけにされてポータインに対処できていない――そもそも、軽歩甲では重戦甲の相手にならないのだが。

 

「若様ッ! ご無事ですか!?」


 機体の足元にリンのダダッカが駆け寄った。

 

「戻ったか、ちょうどいい!」


 ダダッカごと彼女を持ち上げ、操縦席に移らせる。

 

「このままではクヴェリがたん。といって守備隊はあの通りだ――」


「どうするんです?」


「私がやる。あの隊商キャラバンから重戦甲を借り受けよう、お前はこのサエモドで安全な所へ退がっていてくれ」


「本気ですか!? 若様、重戦甲なんて動かしたことないじゃないですか!!」


「やれるさ。基本の操縦操作は大して変わらんのだ」


 口やかましく反対を唱え続けるリンを尻目に、サエモドを走らせて件の運搬車トレッガーにたどり着いた。隊商は慌てふためいてマシンを起動させ、退避の準備に入っている。


(どうせ借りるなら、リドリバよりもヴァスチフだ……!)

 

 扱いが難しい分、性能はヴァスチフが勝る。数で上回る敵に対するには質で圧倒するしかない。


「サエモドは任せたぞ、リン」


「ちょっと、若様!!」


 俺は荷台に飛び移り、古武士の風格を漂わせる黒い重戦甲のコクピットハッチに手をかけた。

 

「ちょっと、何すんですかあんた。こいつぁ売り物だよ!」


 荷台で警備に立っていた若い男が俺を見とがめて服のベルトを掴んだ。

 

「私はロンド・ロランド、騎士だ。このヴァスチフを借り受ける!」


 体をひねって手を放させ、軽い前蹴りをくれて突き飛ばす。


「ねえ、駄目ですよ、これぁラガスコでドローバ・ハモンド様の軍に納入するもんなんだ」

 若者は尻もちをつきながら哀願した。俺は構わずにハッチを開け、中にもぐりこんだ。


「私はこれからハモンド殿の軍に仕官するつもりでいる。手間が省けるというものだろう?」


「そんな理屈――!?」


 声を遮ってハッチを閉め、ヴァスチフの起動キーをひねる。ここからの操作は一度ならず見ている――アニメでも、ゲームでも。

 コンソールに緑のランプが次々に点る。重戦甲「ヴァスチフ」がその武骨な長身を起こす様子が脳裏にありありと浮かんだ。

 

 ――ああ、そうか。ロンド・ロランドはこうして乗機を手にしたのか。

 

 TVシリーズで描かれなかったエピソードが進行しつつあるという、奇妙な感慨に打たれながら、俺はモニターに映る敵を見据えた。

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