第3話
「全部合ってる。不思議だ。なんでだろう」
「分からない。でも、その人は、絶対に僕の記憶を持っているはずだと思っていた」
「私もそう思ってたよ。ますます不思議だね。でも私の中の志摩君の記憶には、場所の手がかりがないんだ。だから……」
そう言うとバックから小さなノートを取り出した。僕に向けてページを開く。
「記憶の風景をスケッチしたんだ」
鉛筆で描かれたその絵は、海辺で遊んでいる子供たちと、神社の階段を上がっていく子供たちだった。おそろいのリュックの後ろ姿が続いている。単なるスケッチとは思えないとても上手な絵で、子供たち一人一人が生き生きしていた。でも僕はその様子を思い出すことができなかった。
「小学校の遠足だと思う。灰色のショートパンツに白いシャツ。リボンのような赤い ネクタイ。かわいい制服だった」
「ちがう。僕じゃない」
そう言うと、ミアは驚いてスケッチブックから顔を上げた。
「僕の小学校は制服じゃない」
「えっ、そう」
「それに、海に遠足に行ったことはない」
「それじゃ、別の人の記憶ってこと?」
「そうだと思う」
僕は混乱した。二人の間の記憶の交換だとばかり思っていたから。僕たちは黙り込んだ。
これはもしかして、複数人の間の記憶が回転してずれるように、それぞれに与えられたのか。落ち着くと、そんな考えが浮かんだ。ミアに話すと、私も同じことを思った、と言った。僕たちは、何が起きているのかを考えたけれど、分かるはずがなかった。
「最低でも三人。後は数人か数十人か、いやもっともっといても不思議はない」
ほとんど溶けてしまった氷をかき混ぜながら言った。
「そうだね。何角形か分からないけど、私と志摩君の一辺はつながったわけだ」
ミアのカップは空になっている。
「他にも、何辺かつながっているかもしれない。調べる手段はないけれど」
「じゃあ、私と別に志摩君を探している人がいるはずだけど、現われないところを見ると、やはり手がかりがないんだね」
「それもあるけれど、すごく遠くにいるのかも知れない」
「ああ、そうか。外国にいる人かも知れないね。もう、こうなったら何でもありだから」
「まあ、でも、それは考えてもしょうがない事だよ。今は、鳴瀬さんの記憶しか頼りになるものはないんだから」
ミアもネットで様々検索していた。制服が手がかりだけれど、検索が難しい。全国制服一覧のような趣味のサイトもいくつか覗いたが、なかったと言った。
「ということは、この風景か」
僕はノートを見た。
「遊んでいる場所は芝生。ベンチもこんなふうに並んでいくつか置いてある。その先は平坦な岩場。沖に島は見えないし、左右に特徴のある岬や岩もない。有名な観光地ではないような気がする」
「じゃあ、その近くの小学校なんだきっと」
「みんな楽しそうに遊んでいたよ。神社の階段も、誰が最初に登り切るか、というふうにみんなで駆けてた」
「音はないの」
「ないよ」
僕と同じだった。ミアは衛星写真の地図で海岸線をたどっていた。
「島も橋も見えないことがヒント。瀬戸内海は特によく見たけど、そんな場所はなかった」
結局、数年かけても、見つけることはできなかったという。
僕はスケッチのコピーをもらうことにした。ミアは、そこに矢印で『芝生』とか『灰色』とか『茶色い岩場』とか書きこんでくれた。
「ところで、明日はどうするの」
ミアが聞いてきた。
「大原美術館に行く。家にはそう言って出てきたんだ」
「じゃあ、案内してあげる。あそこは私の庭みたいなもんだから」
今まで深刻そうだった顔が、急に輝いたように見えた。
「それは嬉しい。でも悪いよ」
一応そのように言った。
「何言ってんの。山形からわざわざ来てくれた人を、そのまま帰すほど岡山県人は鬼じゃないから」
「そうか、鬼退治をするほうだった」
オヤジか、とミアは笑った。もう外は夕暮れだった。
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