エキスパートクラス
「うげ」
「顔を見てその感想は流石に失礼だとは思わないのか」
「あれだけのことをしておいてそんな態度は失礼だと思わないんですか」
「思わん」
クラス分け。
個人戦による評価を元にしてクラスが分けられ、そのクラス単位で過ごしていくのがこの学び舎の日常となる。通常は同級生同士で、つまり新入生は新入生でクラスを組むのだが、ギルドマスターから認可を受けた者は例外で一つのクラスに所属される。
それがエキスパートクラス。
一年生から四年生まで全ての生徒が一つのクラスに統合される特別クラスであり、昨日リナが言った答えだ。
そんなクラスの中では現在、二人の生徒が言い争いをしていた。
ミルキはトーゴが憤慨している姿を物珍しそうに見ている。それほど彼が温厚であるとも言えるのだが、そんなトーゴがこの短期間で憤慨するような相手は一人の男しかいない。
言うまでも無くロイドだ。
だがトーゴも意味もなく怒っている訳ではない。
むしろ誰もが納得するだろう理由が彼にはあった。
何を隠そうこの男、
「僕の荷物、勝手に開けてこれでもかと散らかしていましたよね!」
「そんなことしていたのかよお前……」
実はロイド、トーゴと同じ部屋だったのだ。
トーゴもどうせ部屋で会うだろうと名前ではなく人柄を聞いていたのだが、昨日帰宅した際にも初日と全く同じ状況になっていたことからマーサに名前を聞いたところ、同居人がロイドであることが判明した。
流石に度が過ぎているためマーサから厳重注意があったのだがロイドに反省の色は無く、ラインの部屋が空いているということもあって昨日付けでトーゴは引っ越しを行っていた。
入舎二日目で別の部屋に引っ越し。
恐らく、というか間違いなく学び舎史上初の出来事だろう。
「そういえば昨日帰ったら荷物が減っていたな。おかげで部屋が広くなった」
「汚くしていたのも狭くしていたのも貴方ですけどね! なんであんなことしたんですか!」
「こっちにも事情があるんだ。察しろ」
「できませんよ!」
そりゃそうだ、と全員が全く同じことを思った。
初日から荷物を散乱させた理由を察しろという方が馬鹿げている。
だがお互いが引く姿勢を見せない以上、このままでは議論———というには内容があまりにも馬鹿げているが———は平行線を辿り続けるだろう。
そろそろ止めに入るべきだ。
全員がそう理解した矢先、二人の間に壁を作るかのように一つの光がふわりと現れた。
『ひとまず落ち着きましょう』
「リッカさん……」
争う者を仲介する際に、お互いの視線を遮るというのはとても有効だ。
遮る、とはいかないまでも気を紛らわせる程度の効果があったその光の文字は、見事にトーゴの熱を下げていく。
内容はどうであれ、言い争いに良いイメージなどありはしないことをトーゴは身を持って理解しているからだ。
「普段は無表情なのに案外子供っぽいんだな。そっちの方が年相応で良いと思うぜ?」
「僕は普通に子供ですよ、ジオールさん」
「そうかそうか。まあこれから同じクラスとしてやっていくんだからよろしく頼むよ、トーゴ」
「こちらこそよろしくお願いします」
「あのー、そろそろ良いですか?」
ロイド以外とはとりあえずやっていけそうだ。
そんな思考は、突如としてかけられた声によって打ち消された。トーゴたちが驚きながら振り向くと、そこには何とも幸薄そうな男性が立っていた。
冒険者、にしてはあまりにも覇気が感じられないのだが、それを考慮しても一体いつからいたのだろうか。トーゴ、ロイド、ジオール、リッカと向かい合う形で別々の方角を向いているため死角などないはずなのだが、四人ともその存在を認知できなかった。
「こんにちは。一応このクラスの担任をやらせて貰っているデルノといいます」
「デルノさんはしっかりと担任をやられていますよ」
「ありがとうリナさん。それではホームルームだけささっと行いますので、一旦席にだけついていただけませんか?」
力の抜ける人だな、というのがデルノに対する四人の第一印象だ。
だが同時に何処か安心できる声でもあり、言い争っているのがあまりにも不毛に思えてしまうようなそんな声の持ち主でもあった。
トーゴも冷めた熱を再熱させる気力もなければ理由もなく、そんな雰囲気でもない。
ロイドは最初から言い争う気など毛頭なく、リッカとジオールも特段何かしている訳ではない。
指示に従わない理由もないため、四人はおとなしく指定されたひな壇の席へと移動した。
全員が席についたのを確認したデルノは、それではと前置きを一つ、
「改めまして、エキスパートクラスを担当しているデルノといいます。まず今回新たに入学された四名の方、そして今年から編入された六名の方を歓迎します。このエキスパートクラスは通常一学年四クラス編成なのに対して、全学年混合の特殊クラスとなっています。学園内で定められたある一定の基準を満たした者のみが編入されるクラスであり、冒険者として即戦力になれる人材育成を行うために設けられたクラスです。ただ基準とは言っても様々あり、強さだけが理由でこのクラスに入れるわけではないので慢心などせず前向きな姿勢で取り組んで頂けることを望みます」
果たしてそれは表向きな理由なのかそれとも事実なのか。
これでもしトーゴが精霊魔法を使わずにこのクラスに編入できたのなら事実だと捉えられるが、使ってしまった現在に判断する材料は一切ない。
しかし表向きの理由にしろそうじゃないにしろ、最低限の実力が必要なのは間違いないということだけをトーゴは理解した。
「通常のクラスと違う点はいくつかありますが、最も大きい違いが一つあります。それがギルドの高難易度クエストの受注権。この学び舎では課外授業の一環として最大D級までのクエストを受けることがありますが、エキスパートクラスは条件付きで最大B級までのクエストを受けることができます」
「……マジかよ」
ジオールが驚く理由は単純だ。
B級クエストとは
そのためB級からは『C級以上の冒険者五人以上のパーティーであり、尚且つB級以上の冒険者が三人以上いるパーティーのみ受注可能』という条件が存在している程だ。
デボットが一人では限界があると言っているラインも、このB級クエストのこと。
そんなクエストを、このクラスにいるだけで受けられるというのだから驚くのも頷ける。
「先に言っておきますが、B級クエストは滅多に許可を出しません。条件も非常に厳しくしていますし、可能な限り安全を考慮しているとはいえ必ず生きて帰れる保証はありません。残念なことに生涯癒えることのない傷を負ってしまった者、命を落としてしまう者が例年出てしまっています。しかし君達にはそこまでする価値があると、ギルドと学び舎の双方が判断した上での特別待遇だということを忘れないでください」
それも全てが即戦力として使えるようにするための教育。
バルカンのギルドマスターが学長を兼任しているこの学び舎だからこそできたことであり、バルカンの冒険者が優秀だと言われる所以の一つだ。
「皆さん、ここまでで何か質問はありますか?」
そう言いながらも、その視線はトーゴ達四人へと向けられている。
今までの説明はトーゴ達に充てられたものであり、他の生徒にとっては確認程度のものということだ。
それにしても、とトーゴは顎に手を当てる。
質問はあるかと言われればあるのだが、このタイミングで来るとは思っていなかったため用意をしていなかった。
それはロイドやジオールにも当てはまり、ジオールはデルノの視線から逃れるように目を伏せ、反対にロイドはジッとデルノと見つめ合っている。
そんな不甲斐ない男たちを尻目に、一筋の光が教室内を走った。
「これはこれは……この魔法はリッカさんですね」
おお、という感嘆が教室内から漏れた。
それは目に新しい魔法だからか、その煌びやかさからか。
どちらにしても人並外れた魔力操作を行わなければならないのは明白であり、それだけでもリッカの力量が高いことの証明にもなっている。
光る文字に書かれている質問内容は『B級クエストを受ける条件を具体的に教えてくれますか?』というもの。
先の説明を受けたら真っ先に思い浮かぶ疑問だろう。
そしてこの質問は毎年飛んでいるのか、その場の全員が何かしらのアクションを見せていた。
「そうですね……最低条件はC級クエストを十個以上達成すること、とだけ言っておきます。それ以降の条件は話せないのではなく、クエスト内容や一緒に行く人によってどうしても変わってしまうので教えられません」
『ありがとうございます』
「いえいえ。他に質問はありますか?」
「俺からも一ついいか?」
「ジオールさんですね。どうぞ」
「もしこのクラスでB級クエストをクリアしたとして、クリア後、または卒業後に冒険者の階級が上がったりするのか?」
「その質問に答える前に、先に説明することがありますね。通常クラスを卒業した生徒にはそのままG級冒険者の階級が与えられますが、エキスパートクラスを卒業した生徒はE級冒険者の階級を与えられ、その中でもB級クエストをクリアした卒業生は一つ上のD級冒険者の階級が与えられます。現在ジオールさんはD級冒険者であるため、B級クエストをクリアして卒業した場合はC級冒険者の階級になりますね。しかしC級冒険者の方が卒業後にB級冒険者になることはありませんので、その点はご注意ください」
つまりB級冒険者というのはそれだけ意味のある階級ということであり、冒険者として一つの目標ということだ。
そしてB級冒険者の実力があると予想されるリッカ、B級冒険者の実力があると言われているミルキ、そのミルキですら勝つことのできないアルスの実力がどれ程異常なものなのかを再認識することにもなった。
「それと舎長、副舎長はC級冒険者に少しだけ“箔”が付くこともお伝えしておきます。トーゴさんとロイドさんは大丈夫ですか? ジオールさんやリッカさんも引き続き質問は受け付けていますよ」
入舎式の際に説明があったギルドからの評価、というのは今濁した箔に関係している部分ということだ。
再度の確認。
しかしこれ以上の質問は出なかった。
「気になることがあったら遮って構いませんので、適宜質問してください。次に講義についてですが、通常のクラスよりも課外講義の比率が非常に多くなっています。ですが最低限の座学も備えていただくため、決められた講義は受けて頂きます。講義は通常クラスに混ざって行いますが、同学年との交友関係を深めるという観点からも講義ごとにそのクラスは異なります」
「そのクラス分けはどのように行われるんですか?」
一段落ついているだろう、というタイミングで質問を投げたのはトーゴだ。
遮って構わないと言ってくれているのだから、本当に遮ることはしなくてもその節々で質問を投げかけるのは失礼でもなんでもない。
デルノも質問ありがとう、と笑みを浮かべていた。
だが同時に申し訳なさそうな表情も浮かべてしまっている
「それは学び舎の方で勝手に決めさせていただきますので、もし何かしらの希望があったとしても添えない場合があります」
「特に希望は無いです。ありがとうございます」
「講義の内訳やクラス分け、その他詳細な概要を記した資料を後程渡しますので、詳しいことはそちらで確認してください。また受けられるクエストの難易度が通常クラスとは異なるため、課外授業の形態も少し異なります。通常クラスでは基本的に学び舎が用意したクエストをパーティーで受けるのですが、エキスパートクラスではパーティーでギルドに貼り出される通常のクエストを受けていただきます」
「そのパーティーはどうやって決めてるんだ?」
「基本的には自由に組んでもらっていますが、アルスさんやミルキさん、リナさんなど高い実力を持っている方には申し訳ないのですが分かれてもらっています。誰かと組みたいという要望があれば私に直接言うか、アルスさん、ミルキさん、リナさんに言ってもらえれば大丈夫です」
「リナに頼む」
「リナさんにお願いします」
「じゃあ私かリナさんにお願いします」
「はあ……」
大きいため息が、教室内に響いた。
アルスとミルキの擦り付けに間髪入れず選択肢から外しているあたり、デルノもわざとやっているのだろう。
案外ユニークな人なんだな、と第一印象を改めることになった。
「本来クエストを受ける際にお金が必要になりますが、そちらは学び舎で負担します。その代わりにクエストクリア時の報奨金の取り分は通常の半分程度だと思ってください」
「結構取るんだな」
「本来なら受けることができないクエストを特権で受けることができていること、クエスト失敗してもお金の問題が発生しないことなど融通は利かせているので、その点は我慢していただくしかないですね」
「それもそうか」
特別クラスの名に恥じない程の優遇度合いだ。
この制度を採用していてもし結果が振るわないのであればかなり問題があるが、事実として学び舎対抗戦は連覇している。
実力と実績が全てであるこの世界において、結果を残している以上は誰も文句は言えない。
「このクラスについて現状で説明するべき点は説明しましたが、ここまでで何か質問はありますか? さっきの内容のことでも大丈夫ですよ———特にないようですので、次の説明に移ります」
その後も学び舎や講義の時間、休暇についての説明をテンポ良く行っていき、合間にジオールが質問を投げかけてデルノが答えるという時間が続いた。
率先して質問していたのは意欲がある人間だから、という殊勝な心意気からではなくただ年長者としての自覚がそうさせているだけだ。
だが理由関係なしにジオールのおかげで非常に意義のあるホームルームになったことは間違いない。
「———以上でホームルームを終わります」
「よし、では行こうか」
終わりの合図とともにアルスから号令がかかり、全員が立ち上がった。
「行くよ、トーゴ」
「お前は絶対に逃げると思ったぞ、ロイド」
「チッ」
トーゴの隣にはいつの間にかミルキが、そして何かを察して逃げようとしたロイドはアルスが取り押さえるような形で捕まっている。
逃げられない———別に逃げる必要はないのだが———と判断したリッカとジオールも、おとなしくアルス達の元へと集まった。
何をするのか。
そんな雰囲気を察したアルスがニヤっと笑みを浮かべる。
「今日お前達は学び舎の中でも特に優秀な生徒という部類に分けられた。デルノさんは強さだけが条件じゃないと言ってはいたが、例外を除いて最低限の強さは必要だ。つまりお前達は新入生の中でも強い部類に入る」
『何が言いたいんですか?』
リッカが身構えるのも無理はない。
明らかに不穏な空気が流れ始めていた。
特にアルスからはこれから一戦交えようか、という苛烈な雰囲気すら漂わせている。
「安心してください。ギルドの酒場でただの歓迎会をするだけですよ」
だがその雰囲気も、安易に行われたネタ晴らしによって一気に霧散した。
「おいリナ。何勝手にネタ晴らししてるんだ」
「無駄に怖がらせないでください」
「まあいい。他のクラスにそういったものがあるのかはそのクラス次第だが、エキスパートクラスは四学年合同クラスということもあって例年歓迎会を行っている。このクラスに一年から入れるのは決まって何かしらに秀でた奴だからな。編入した奴含めて丁重に祝うんだよ」
「そうなんですね。ミルキさんも去年やられたんですか?」
「うん。やられたよ」
「ちなみに私達の代は普通に歓迎会をしてくれました。だからこのやり方は二回目になりますが、私達は全く関係ありません」
「俺だけがやっているみたいに言うなよ」
「違いますか?」
「いや合っている」
つまり完全にアルスの独断でやっているということだ。
それが分かった瞬間に、リッカの白い眼がアルスへと向けられる。
『なんでそんなことするんですか? 怖がらせるため?』
「別に怖がらせたくてやっている訳では無い。それで本当にやる気になってくれたら受けて立つだけの話だからな」
その瞬間、トーゴとリッカの思い浮かべる風景が合致した。
昨日感じたアルスへの認識は、決して間違っていなかったのだ。
「去年はミルキさんと一悶着起きそうでしたからね。結局私が冗談だということを伝えて何とか収まりましたが、もし二人が本当に喧嘩を始めたらと思うとぞっとします」
「リナさん、私は悪くないです。悪いのはアルス」
「おいおい、俺はやる気がなかったらやらないぞ。買おうとするからだろ」
「そもそも喧嘩を売ってきた方が悪い。私は新入生として舐められないためにも引く訳には行かなかったという明確な理由がある」
「なあト―ゴ。お前ってミルキさんと仲良いんだよな?」
「うん」
「最初見た時静かな人なんだろうなって思っていたんだけど、もしかして結構好戦的なのか?」
ワイワイと周囲を置いて言い合い始めた二人からさりげなく逃げてきたトーゴに対して、ジオールが近寄ってくる。
確かにミルキの第一印象と今目の前にいるミルキの印象は正反対だ。
「好戦的かどうかは分からないですけど、負けず嫌いではありますね。だから喧嘩を売られたらとりあえず買う人だと思います」
「やはりそうなのか……」
ジオールに限らずミルキの第一印象とのギャップに驚く人は少なくない。
トーゴ自身も初対面の時にはそのクールな見た目から開口一番勝負を挑むという戦闘狂とも呼べる一面とのギャップに困惑していた。
トーゴは完全初対面の時だからまだ良かったが、新入生組は対抗戦での前評判、副舎長という立ち位置に先日の挨拶、そのクールな印象を与える容姿も相まってよりギャップを感じるかもしれない。
そう考えれば容姿で損しているとも捉えられるが、それを判断するのは第三者ではなくミルキ本人だ。
「はいはい、新入生の前で恥ずかしいのでこれ以上は辞めましょう。それよりも待たせちゃうので早く行きますよ」
「リナさんに免じて今日のところは退いてあげる。感謝して」
「別に俺は一戦やっても———冗談だリナ。悪かったって。おらロイド行くぞ」
「分かったからいい加減離せ」
「離して欲しければ逃げようとしないことだな。まあ逃げてもすぐ捕まえるが」
流石のロイドも逃げられないと分かったのか、分かりやすくため息を付きながらも抵抗はしないという意思表示で全身の力を抜いてアルスに連行———雰囲気の問題———されていった。
アルスが早々に移動すればここに留まる必要は無く、リナに続いてトーゴ達も教室を後にした。
歓迎会は近くの酒場で行われ、酒類の提供は流石に控えられたがそれでも終始楽しい雰囲気で進行していった。
しかも経費は学び舎から落ちるというのだから何とも羽振りが良い。
アルスの言っていた通り、学び舎としても歓迎しているということなのだろう。
ちなみに通常クラスも同様に経費から落ちるようなのだが、それを知らない新入生は行うにしても自腹を切っているらしい。
こういうのは最初から上の学年がいるエキスパートクラスだから知り得たことかもしれない。
そして翌日からは早速講義が始まった。
学び舎で行う講義内容は全学び舎で共通しており、魔法学、スキル学、魔物学、冒険者学、植物学、生物学、軍事学、人類学の八つの学問と特別課外講義の計九項目から成り立つ。
魔法学、スキル学は魔法やスキルについて学ぶ学問であり、人によって適性が異なること、そもそも魔法やスキルを扱えない者がいることも考慮して知識を蓄える意味合いが大きい。
魔物学は魔物や魔族についての学問で、その魔物が何を好むのか、危険度、対処法などを学ぶものだ。特に新種の魔物や強大な魔族が発見された場合は優先的に学ぶことになるが、対応できる冒険者の階級もあって座学が基本となる。
冒険者学、植物学、軍事学、生物学は冒険者として生きていく必要な知識であり、計算、その地域で食べられる植物や生き物、天候、特徴、パーティーで動く際の戦略理解度を深めるなどの実戦や実地を想定した学問だ。
そのため座学よりも実技を優先しており、課外講義が比較的多い学問でもある。
最後に人類学は人類の歴史を学ぶ学問であり、言わずもがな座学しかない。
この中でエキスパートクラスが受ける講義は冒険者学、生物学、植物学、軍事学、人類学の五つ。
配属されるクラスは左からA、B、C、D、Aだ。
冒険者の階級のようにA、Bなどと使われているが、Aだから成績が良いとかそういうことではなくエキスパートクラス以外のクラスは平均的な実力になるようにされている。
だからこそ人類学を除く四つの学問は、平等に刺激を与えるという意味でも均等にクラス分けされているのだ。
それ以外の学問は実戦で学ぶことが可能だということで、本来その講義に充てられていた全ての時間が特別課外講義になっている。
本来ならば人類学も切り捨てるべきだが、それでは歴史を繰り返す可能性もあるという上からの判断故に仕方なく入れられているとはデルノの談。平等に、と四つの講義をクラス分けしていたのにも関わらず人類学をAに振り分けたことからも、学び舎が人類学をそこまで重要視していないことが良く分かる。
特別課外講義は基礎トレーニングなど実技を中心としたものであり、これは入舎式に振り分けられた試験グループで行われる。
こちらは学問ではないため天職に沿った専門的なものを中心と学んでいき、基本はその試験で教官を務めたものがそのまま務めることとなっている。
トーゴはデボットが教官ということだ。
そしてエキスパートクラスに振り分けられる残りの特別課外講義が、全てギルドのクエストやパーティーで基礎トレーニングなどをする時間となる。
初めはジオールがD級冒険者ということもあって、新入生組はジオールをリーダーとしてトーゴ、ロイド、リッカの四人でパーティーを組みクエストに慣れる作業に入った。
最初の七日間で採取や落とし物、掃除、人探しなどあまり危険は伴わないクエストを中心に行い、それ以降はE級までの討伐クエストを行うという階段方式だ。
当然といえば当然だが、元々D級冒険者故にE級クエストは何度もこなしているジオールを筆頭に、同じく経験のあるトーゴ、ジオールと実力が同じのロイド、新入生最強という地位を確立しつつあるリッカという四人が遅れを取るはずもなかった。
「昨日も一人学び舎辞めちゃったよ。エキスパートクラスの人を見ていると力の差を感じちゃうらしいんだ」
「確かに僕も思うよ。なんで僕が入れたのか分からないぐらい皆強いからね」
「トーゴも十分強いと思うよ」
そして学び舎に入舎してから、一か月の月日が経過した。
アルスの言った通り、最初の個人戦、そしてクラス分けのシステムを知ってから学び舎を去る者はそれなりに居た。その理由は様々だが、最初に去った大半の者は冒険者業をやっていた者達。良くも悪くも冒険者という自負があるため、評価されなかったというのが気に喰わないなどの理由や、単純に力量の差を感じてしまって去る者などもいた。
エキスパートクラスのトーゴは全てのクラスを回っているため人数の把握ができるが、今のところ学び舎を去ったのは一割強。そう考えれば今回の代は根性がある方なのだろう。
そして一か月もすれば新入生もある程度学び舎に馴染み始めている。
例えば今トーゴがいる食堂だ。宿舎の食堂は本棟にしかないため、そこには必然と宿舎生が集まることとなる。宿舎に泊まっているのは学び舎の生徒であるため、講義の時間が始まる時間が同じな以上基本的にご飯を食べる時間は同じだ。
つまりこの時間が一つの交流できる場であり、普段関わりの無い人物と接点を持てる可能性もある時間でもあった。
しかしまだ朝早く、と呼称するに相応しい時間でもあるためか、食堂はまだ閑散としている。精進料理を食べているラインと少し赤みの強い料理を食べていたトーゴの会話は、食堂によく響いていた。
「そういえばBクラスは今日からようやくクエストを一つやるらしいんだけど、トーゴのところはどうなの? まだあれから進展はない感じ?」
「今日から新しいパーティーでクエストをやるって言っていたかな」
この一か月でトーゴの周りに起きた変化と言えば、友人と呼べる人が出来たことだろう。ロイドの一件からラインと同室になったトーゴは同年代ということもあり、今では毎日食堂でご飯を共にするのが日課になりつつあるほど親しくなっていた。
入舎初日に話したから、というのもあるかもしれないが、それ以上にラインの人柄の良さが起因しているだろう。
もしロイドを最悪の同居人と評するなら、ラインは間違いなく最高の同居人と言える自信がトーゴにはあった。
特に洗濯はトーゴの中で革命が起きていた。
宿屋に泊まっていた時からレイオスの指示もあって洗濯を自分でしていたトーゴなのだが、宿舎生活になってからは全部ラインがしている。
トーゴが面倒だからしていないのではなくラインの苦手な水魔法が洗濯に丁度良くて準備運動にも最適だという理由からなのだが、その仕上がりがあまりにも完璧なのだ。
ラインは洗濯に以前ホルンが使ったブラッドボルテックスを使っているのだが、適性も無く魔法が未完成ということもあって刃の無いただの渦を生成するので精一杯らしい。さらにディソリューションという物を溶かす水を生成する中級水魔法も威力が弱すぎるため物を溶かすには至らないのだが、丁度汚れを落とす程度ならできたために併用してみたら完璧な洗濯ができた、というのがラインの談だ。
偶然に偶然が重なった高性能洗濯代行業者が今の彼である。
器用というかその二つを併用できるならブラッドボルテックスかディソリューションのどちらかは一つなら扱えても良いと思ってしまうが、「僕は器用貧乏だから」と苦笑交じりに言っていたのはトーゴの記憶にも新しい。
「確か昨日ミルキさん達で集まっていたから、これから発表されるんだと思うよ」
「そうなんだぁ!?」
閑散とした雰囲気に突如として現れた喧騒は、数少ない食堂の視線を全てかき集めた。
いくら人が少ないとは言っても大声でを出してしまったことには間違いがないため、恥ずかしそうに俯きながらラインは座り直す。
本来ならその後に原因となった対象へ何かしらのアクションを起こすのが正しい流れだろう。
しかしその原因は軌跡を残しながら消えてしまい、その原因の元となった人物に何かを言えるかといえば否だった。
「いい加減慣れなよライン。おはようございます、リッカさん」
『おはようございます。ライン君、毎回驚かせてごめんね?』
「い、いえいえ気にしないでください」
それがもし初回ならまだ文句を言う余地はあるかもしれないが、実はこの一か月間結構な頻度でこの食堂にはラインの声が響きわたっていた。
トーゴ達がご飯を食べる時間はいつもこの時間なため、食堂にいるのもある程度決まった生徒が多い。つまり彼等にとっては結構見慣れ始めてきた光景でもあり、彼等にとってはその光景を眺めるのが一つのルーティンと言えるのかもしれない。
リッカもリッカで一応反省しているように見せてはいるが、たとえば今回はラインの目の前にいきなり文字を出現させるなど若干の悪戯を仕掛けている節がある。
『隣良い?』
「どうぞ」
しかし食堂にいるということは、当然だが目的は食事を取ること。
手に持っていたお盆には料理が乗せられている訳だが、それを見たラインは思わず口を引き攣らせる。
「いつも思うんだけど、トーゴもリッカさんも辛いの好きなの……?」
「んー、大好きって程でもないけど」
『どちらかと言えば好きですね』
見る限りの赤。
そこに最早男女の食事量など関係なく、ただただ痛々しい色の料理が広がっているだけだった。
少なくとも朝に食べていいような色合いはしていない。
「ラインも食べてみる?」
「うーん、遠慮しておこうかな」
「そっか」
黙々と食べ始めるリッカとトーゴを横目に、ラインは水へと手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます