戦いの後に

 正直言えば、勝ったと思った。

 油断も慢心もしていない———とは言い切れないが、少なくともその場ではしているつもりはなかった。

 僕の最大限、精霊魔法というにはあまりにも拙いが、それでも分類的には精霊魔法に属する魔法を使ったのだ。

 僕には生まれつき精霊というスピリチュアル生命体と意思疎通することができる。念じれば届く、その動きで何を言いたいのかがわかるというもので、彼等は意思疎通が取れるものにだけ力を貸してくれると師匠から聞いている。それによって発動されるのが精霊魔法だ。


 誰もが羨ましいと思える体質。

 しかしどういうわけか、僕は精霊魔法が部分的にしか使えなかった。

 マジックボールも本来は精霊が周りの魔力をかき集めつつ、精霊自身が所有している魔力も行使して詠唱と同等威力の魔法を無詠唱で発動する精霊たちの戦闘舞踊だ。

 だが僕に魔力を集めてくれていたのは精霊ではなく自身では魔力を持たない妖精。

 魔法を行使しても魔力が無くなった瞬間から彼らはその場を離れてしまう。


 それでも精霊魔法は精霊魔法。

 補助魔法を全て精霊に任せるもよし、攻撃魔法を全て任せるもよし、陽動に使うもよしと万能の名を欲しいがままにしている魔法だ。

 使用者がもしも近接戦を得意としている場合一対一では基本負けることはない、というのはたった今近接戦で負けた僕が言っても説得力はないが、事実として魔法にリソースを割く必要が無い分アドバンテージは大きい。

 では何故負けたのか。


 ———最初から精霊魔法を使わなかったから負けたのか。


 それは違う。

 使わなかったのではなく、使えなかった。

 僕の精霊魔法は詠唱によって周りの妖精に語りかけ、魔力を集めさせながら呼び寄せる過程を完全に静止して行う必要がある。

 後は念じることで妖精が魔法を発動してくれるのだが、精霊を宿している師匠ならまだしも、精霊も宿っておらず、魔力もない僕には過程の省略はできない。

 むしろ魔法が使えるだけ有難いと感謝しなくてはならないほどだ。

 とりあえずそれは原因ではない。


 ———視界不良の際に決めきれなかったのがいけないのか。


 それも違う。

 一回目のマジックボールの時は氷塊と氷壁を壊すために集めきれていない魔力で無理矢理魔法を放った。

 追撃を仕掛けても半端な出力しか出せないため耐え凌がれる可能性が多いと判断しての行動。結果的にその判断は間違っていないと今も思っている。

 だから再び静止して残りの魔力を集めたことも正しいだろう。


 魔力はトーゴの詠唱に呼応して妖精が集める。

 残留する魔力は所謂魔法の残骸だ。

 それを妖精たちが魔力に変換して僕の元へと集まってくる。

 一度強制解除して魔法を発動したため一からプロセスを組み立てる必要があったが、それでもある程度変換が終わっていたためか舞台上の残留魔力を全て集められた。

 故に追撃をしなかったのではなく、出来なかったが正しい。


 ———受け止められることを予測できなかったからか。


 一番に原因を挙げるとしたら恐らくこれだと思う。

 妖精にかけて貰った身体強化と肉体活性で強化した力を受け止められるはずはないと勝手に判断した結果、隙を作ってしまい立て直す時間を与えてしまった。

 彼女が使ったのは無詠唱魔法といえばそうなのだが、分類的にはまた別種の魔法。

 予め魔法を魔道具に付与して魔力を込めるだけで発動できる付与魔法というもの。付与魔法は通常よりもかなり多い魔力を消費する分、無詠唱で詠唱と同等の力を引き出すことができるという魔法だ。

 それだけ聞けば魔力さえあれば強力な魔法が使えるのでは、と思うかもしれないが、その魔法を覚えていなければ付与することができないため実用できるのが最低条件でもある。

 加えて彼女の付与魔法はその中でもさらに制約を課すことで魔力の消費を大幅に抑える制約魔法というものであり、今回の制約は恐らく杖を手放すこと。

 魔法使いにおいて杖は魔法の威力を増幅させる、魔力の消費を抑えるなど生命線と言っても過言ではない物なのだが、彼女はそれを手放すという制約を課すことで超級魔法を発動させた。


 それでも扱う魔力は普通に超級魔法を発動するのと同程度の量。

 彼女はそこから僕と剣戟を演じ、魔法の相殺も行っていた。

 魔力の総量で言えば学び舎でも間違いなくトップクラスだろう。

 そもそもの話受け止められる前提であればその後のスキルで何とかなった可能性が高い。というよりも、それが唯一の勝ち筋だったのだ。


 それほどまでに彼女は強い。

 恐らくミルキとも互角に戦える実力がある。

 精霊魔法が無ければ僕は戦う以前の問題ということだ。

 悔しいとは思う。

 だがそれ以上に尊敬の念を覚えた。


 僕は六歳のころから師匠から師事を受けながら各地を旅していた。それこそフェンナン大陸、ミクニヤ大陸の全土は回ったし、奪還直後のバーン大陸にも立ち寄った。

 クエストも幾度となく受けてきており、その際に下位魔族とも戦ったことがある。魔力が無いながらもその分身体を鍛え、スキルを身に付け、実戦経験を積んだ。そして習得は不可能とまで言われた精霊魔法も本当に少しだけなら使えるようになった。

 実戦に集中できる環境が、僕にはあったのだ。


 だが彼女はどうだろうか。

 喋られないためまずコミュニケーションが取れない。文字を魔力で書いているみたいだが、それができるようになるためにどれほどの努力をしたのか。

 戦闘面においてもそうだ。魔法は無詠唱でしか使えないため他の人よりも威力は数段劣ってしまう。体格も良いとは言えないため、あそこまで近接戦ができるようになるまでに血が滲むような鍛錬があったと簡単に想像が付く。


 学び舎はいい刺激になると、師匠は言っていた。

 まさかこんな初めの方から刺激を感じるとは思っていなかったが、確かに同年代の刺激は効果的だ。これからの行動が特段変わるわけではないが、気持ちの持ち方は変わった。

 少なくとも英雄に教えられてきたから学び舎でも大丈夫だろう、という慢心は完全に無くなった。

 せめて精霊魔法無しでも彼女と対等に戦えるようになりたい。

 だからもっともっと努力すると心に決めて。

 僕は意識が浮上していくのを感じた。





 脳を大きく揺らされたため多少の体調不良は覚悟していたトーゴだったが、その心配は無かった。ギルドマスターが例に漏れずしっかりと回復魔法をかけてくれたようだ。気持ち的な倦怠感はあるものの、痛みは一切ない。

 段々と意識が覚醒していくのを感じ、太陽が身体全体を照らしているのを感じる。

 どうやら仰向けになっているらしい。

 ふう、と体内に溜まっている熱の籠った息を吐き、身体を横に倒す。

 ジャリっと砂の感触が頬から伝わるのを感じてから、下が砂であることに気が付いて目を開けた。


「…………」

「おはようございます。今はどんな感じですか?」


 隣にちょこんっと座っているリッカに挨拶をしつつ、ゆっくりと身体を起こした。

 身体についた砂をぱっぱと振り払って、もう一度ふうと息をつく。

 視線をリッカへと戻して、一通りの動作中に書いたであろう文字に目を通した。


『一応解散にはなっていますが、全力を出して戦った後ですからね。案外残っている人も多いみたいです』

「なるほど……ありがとうございます」


 言われて周りを見てみれば、確かに何かを話し込んでいる集団や会話が終わったのか中庭を出ていこうとしている集団が見られた。

 リッカもその一人、ということなのだろう。

 トーゴの眼前にふわりと光の文字が飛んでくる。

 トーゴとリッカは何事もなく普通に会話ができているが、この光の文字は魔力で作られている。つまり精密な魔力制御があってこその芸当だ。さらっとこなしている彼女がどれだけの時間を費やしたのか、その苦労は想像の域を超える。


『とても強かったです。負けるかと思いました』

「僕もあの瞬間は勝ったと思いました。あの剣を受け止められるなんて考えてもいませんでしたし、まさか制約魔法で超級魔法を扱える人が同級生にいるとは思いもしませんでした」

『そこまで分かるんですね。流石です』


 正解、とリッカは微笑んだ。

 目は口よりも物を言うと言われているが、彼女の場合は喋られない分それが顕著に表れている気がする。


「一応魔法の知識も教えられているので……まあ使う機会は基本的にないですけどね」

『使う機会がない……ですか?』

「あの魔法は条件が厳しくて滅多に使えないんですよ。普段は近接戦闘のみです」

『なるほど。確かに近接戦は今まで見た方の中でも一、二を争うレベルでした』

「それでもリッカさんには近接戦で勝てませんでしたから。近接戦も凄いんですね」

『いえいえ。そのまま受け止めていたら私の腕が壊れちゃいますよ。身体強化と物質強化で強化しながら、攻撃を受け止める際は風魔法を重ね掛けして威力を抑えていました』


 そのせいで疲れた、とでも言いたいかのようにリッカは地面に身体を預けて横になった。

 しかしその言葉だけも色々と読み取れるものがある。

 まず速さに関して、使っている魔法が風魔法と物質強化、身体強化ということは速さを強化する魔法が身体強化のみということ。対してトーゴは肉体活性と身体強化を重ね掛けしている。

 見た目は細い腕にスラッとした体形だが、見た目に騙されてはいけないということだろう。


 次に剣のスキルに反応している反射神経。

 それも視覚強化系がないということは何もない状態で見切っているということになる。

 最後に適材適所で魔法を使用する判断力と魔法力、そして持久力だ。

 トーゴは妖精に魔法攻撃を一任しているが彼女はそうではない。

 総括すると妖精の魔法攻撃を相殺しつつ、トーゴの動きを見切り、攻撃に合わせて風魔法で正確に対応をしていたということになる。


(あれ、魔法が無くても強い……?)


 無詠唱とは思えない威力で放たれる魔法に目が行きがちだが、こうして並べてみると身体強化のみのリッカと肉体活性のみのトーゴで同程度の実力ということになるだろう。

 頭を振り、トーゴはそれ以上考えるのをやめた。

 先程立てた精霊魔法無しでもリッカと対等に戦えるようになるという目標が早くも壊れる気がしたのだ。


『私としてはトーゴ君の魔法の方が気になりますね。やっぱり秘密ですか?』

「そうですね。リッカさんのファランクスと同じで僕の奥の手なんです。でも発動条件としては最高だったのにも関わらず勝つことができませんでした」

『そんなことありませんよ。トーゴ君の魔力切れが後数秒遅れていたら私が魔力切れを起こしていました。本当にトーゴ君との試合が三回戦で良かったです。魔力の総量には自信があったのですが、もし一回戦や二回戦で当たっていたらその後に試合なんてできませんでした』

「それでもリッカさんなら勝てそうですけどね……」


 トーゴは思わず苦笑してしまった。

 そもそも一回戦や二回戦だったらあそこまで善戦できない。

 残留魔力が多い三回戦の最終試合だったからあそこまで戦えたのであって、一回戦で戦っていた場合氷塊を精霊魔法で相殺すらできないだろう。

 むしろ今よりも余力を残して次の試合に挑んむ姿すらも容易に想像ができる。


『そう決めつけるのはよくありません。不測の事態はいつでも起こるのです』

「そうですね……そうでした」


 それでいて心意気も高いのだから本当に尊敬にできる人だと再認した。

 今から学び舎を辞めて冒険者になると言っても誰も反対しないだろう。

 たとえばジオールが自分をD級冒険者だと言っていたが、これは新入生としてはかなり高い部類だ。

 冒険者とはG級からS級までの八段階あり、身近な人で言うのであればギルドマスターがS級冒険者、デボットがA級冒険者だ。トーゴも精霊魔法無しの総合的な実力はD級冒険者程度だとレイオスから言われているため、階級的にはジオールと同等。

 しかしジオールはD級冒険者の中ではC級冒険者に近い実力を保持しているため、実力だけで見ればC級冒険者程度、それと同等の力を持つロイドもC級冒険者程度で、ルイはギリギリD級冒険者程度と言ったところだろうか。


 補足程度に、周囲の魔力が尽きない、最初から精霊魔法が行使できるという条件下であればトーゴもなんとかA級冒険者の足元に届くが、そんな状況はまず起きないため今の実力ではどうあがいてもB級冒険者が限界、ともレイオスから言われている。

 さらにB級冒険者とは言っても幅は広く、たとえばミルキもB級冒険者程度の実力があると言われているため、そのミルキに精霊魔法込みで一度も勝ったことが無いトーゴではB級冒険者でも下の方だ。

 つまり本気のリッカに勝てる新入生がいるとするならば、その人はB級冒険者中位からA級冒険者程度ということになる。


『すみません。そろそろ魔力が完全に枯渇しそうです……まだお話したか……念です……』

「分かりました。リッカさんは寮ですか?」

「…………」

「そうなんですね。僕も寮なので折角ですから一緒に帰りましょうか」

「…………」


 質問に対してリッカは全て首肯で返した。

 それにしてもところどころかすれ始めた文字といい首肯に切り替えたことといい、本当に魔力がないということが良く分かる。加えるなら後数秒で尽きたはずの魔力量でここまで会話できたということは、文字で消費する魔力量は案外少ないということもだ。

 トーゴが腰を上げるとリッカも腰を上げ、歩みをすすめるとその後ろをぴったりと付いてくる。

 傍らから見たら少し微笑ましい光景にも見えるだろう。

 しかし、その歩みはすぐに止まった。

 校舎から近づいてくる三つの影を二人が認めたからだ。


「帰るの、トーゴ?」

「ミルキさん。はい、今から帰るところです。それとアルスさんと……リナさんでしたっけ」

「名乗っていなかったのによくわかりましたね」

「ミルキさんからお話は伺っていましたし、先日話していましたからね。それで分かりました」

「そうでしたか。改めて、アルスと同級生で舎長と副舎長の補佐役をしているリナと言います」


 その三人は、ここの学び舎で最も有名な三人だった。

 リナに関しては初対面ではあるが、ミルキからある程度の話が聞いている。

 ミルキよりも一つ上の学年。つまりトーゴの二つ上でアルスと同学年である彼女はこの学び舎の頭脳であり、集団戦において無類の強さを持つと言われる才女。

 対抗戦においてもアルスやミルキではなく彼女が指揮官を務め、作戦やその他補助を行っていたという。

 佇まいの節々からどこか品性や知性が感じられ、階級が上の出身であることも伺える。


 そして何より、ミルキとリナの間にいる男だ。

 隣にいるリッカも同じことを考えているに違いない。

 学び舎史上最強と称されている舎長、アルス。

 相対しているだけで肌が粟立つような感覚を覚えてしまう程彼の存在感は圧倒的だった。


「良い目だ、二人とも」

「……はい?」

「…………?」


 当然の迷言に、思わずトーゴが聞き返してしまった。


「一切逸らすことなくこちらを見つめ返すその目。気に入ったぞ。トーゴとリッカだったな。お前達と戦える日を楽しみにしている」

「……驚かれたかと思いますが、アルスはいつもこんな感じです。私達は普通なので勘違いしないでください」

「リナ、お前も戦いたいとは思わないのか?」

「思いません。勝手に戦闘狂にしないでください」

「うむ……でもミルキは同じだろ」


 何言っているんだコイツ、というような顔でため息を付くリナに気圧されているような感覚は無い。ミルキにも似たようなことを問いかけているが、最早日常茶飯事なのかミルキは無視を決め込んでいる。

 現在も威厳たっぷりの佇まいなのにもしかしたら残念な人なのかもしれない。

 トーゴとリッカがそう考えるのは自然な流れだった。


「トーゴはリッカさんと帰る?」

「そうですね。同じ寮なので一緒に帰ろうかと」

「そっか。私はまだ仕事が残っているからまた明日だね」

「別に帰っても良いぞ」


 ミルキは余計なことを、とでも言いたげな目でアルスを睨みつけた。

 男女二人の仲を取り乱したくはないという粋な計らい———もとい余計な計らいのつもりだったらしい。別にリッカとトーゴは恋仲でもなんでもなく、ただ今日出会い真剣勝負をしただけの、なんとかこじつけて称するなら戦友ってやつだからそんな気遣いは無用だ。


「そうですね。残りは私達でもすぐ終わるので大丈夫です」

「でもお邪魔するのも……やっぱり戻ります」


 踵を返したミルキに、がしりと引き留める腕。

 リッカがミルキを引き留めてブンブンと首を横に振りながら一緒に帰りたいという意思を示す姿は一見微笑ましいが、喋られないという枕詞が付くだけでなんとも形容し難い雰囲気が漂う。

 だが本人はそう思われることを望んでいないはずだ。

 それがミルキにも伝わったのか伝わっていないのか、


「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」

「そうしてください」


 その硬い表情を解いてポンポンと頭に手をやっていた。

 目を閉じて受け入れるリッカ。

 思ったより感触が良かったのか、ミルキはおおっと目を開いてさわさわと頭を撫でまわし始めた。

 それにしても身長差からだろうか。

 髪色は違うが、姉妹みたいな雰囲気が感じ取れる。


「ではミルキ、また明日。トーゴさんとリッカさんも明日からよろしくお願いします」

「あ、はい。よろしくお願いします———明日から?」

「…………??」


 何処か引っかかるような言い方はトーゴだけではなくリッカも気になったようだ。校舎へと戻る二人を見送りながらその言葉の意図を探ろうとするが、判断材料があまりにも少ないため全く意味が分からなかった。

 とりあえず二か月後に対抗戦の予選が控えているだけで、その間に何かあるとは言っていなかったはずだ。

 そう思案に耽るトーゴの肩にポン、と優しく手が置かれた。


「そんな変な意味じゃない。明日から同じクラスになるってだけだよ。勿論私もね」

「同じクラス……? どういうことですか?」

「明日になれば分かる。帰ろうか」

「…………!」


 リッカは納得が言ったように頷いているが、トーゴはいまいち理解が及ばない様子だ。だがミルキからこれ以上話す様子もなければ、話を終えたミルキは聞いても答えてくれないことは知っている。

 気になることは気になるが明日分かることならば我慢するしかない。

 そう切り替えて、まだ慣れない寮への帰路へとついた。

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