接戦の先
休憩を挟んで二回戦。
間隔的にも一番手で来ると思っていたトーゴの二戦目は無く、それどころか中々呼ばれる気配が無い。
その間に先程一回戦最終試合を行っていたロイド、ジオール共に二回戦を勝利で飾っている。
特筆すべきことはないが、強いて言うならモーリアがジオールに善戦していたぐらいか。威圧無しでは負けていた可能性も少なからずあったと再認識できた試合だった。
二回戦が始まって現在十試合目。
残る人数はトーゴ含めて十二人。
その中で特に気を付けるべき人物は、満場一致でリッカになるだろう。一回戦目の試合から全員の対策を考えているが、リッカの場合はあまりにも決着が早すぎて底が全く見えない。
次点でルイだ。
彼女はリッカに瞬殺されてしまったが、身体強化以外に装備を強化する魔法が使えた場合その強度は計り知れない。強化される前に倒すのが一番だが、リッカみたいな速攻性を持たない以上相性は良くないと見ている。
できればその二人以外がいいなあ。
そんな軽い気持ちで考えていたトーゴだったが、
「次。トーゴとルイ。舞台へ」
遊び心があるのかそれとも別の意図か、注意人物その二が来てしまった。
どちらかは当たると思っていたためリッカではないだけマシだが、それでも外れと言えば外れの部類だ。
勿論、対戦相手という意味合いで。
ルイの鎧は先程の氷柱牢によって数か所破損しているが、それでも耐性の高さは健在と言ったところか。正々堂々という図式で見れば卑怯かもしれないし女性の肌を傷つける行為はあまり良くないが、そこの箇所を狙うのもトーゴは考慮している。
だが残念なことに、その穴を狙ったところで勝敗を決める致命傷には成り得ない。
あくまで動きを止める、という役割で放たれた氷柱牢がルイにとっては不幸中の幸いと言った感じだ。
ルイが持っている武器は剣。
それも装飾品が施されている意匠物で、見ただけで切れ味が鋭いと分かる一級品だ。
こうなればなおさら打ち合いは得策じゃない。
だから取れる手段は一つ。
「では、始め!」
「身体———強化ッ!!」
「くッ……!」
「物質強化!」
速攻。
威圧で魔法の遅延をさせて、肉体活性と抜刀術・速で身体強化をされる前に決めきる。だがそんな思惑が通ることはなかった。
「うわわわわわ! こっわー!」
(物質強化前でも刃が欠けた……やはり鎧は無理か)
一瞬の攻防に対する反応は対照的だ。
身体強化が間に合って何とか踏みとどまったルイはそのまま鎧に強化魔法を掛け、その厳つい鎧から出ているとは思えない程の活発な声で騒ぎ始めた。先程の試合は一瞬過ぎて何も反応できなかっただけで、本来は快活な少女であることが伺える。
トーゴはトーゴで思惑通りにいかなかったこと、予想通りの鎧の硬さだったことの負の二段構えに歯噛みしている。
いまさらどうしようもないが、初戦で威圧を見せたのは大きいハンデになってしまった。
「あっぶなー! またすぐに負けるとこだったよー!」
「そのまま負けてくれると助かるんですけど———ねえ!」
「それは無理な相談だね!」
ガキンッと甲高く鳴り響く金属音。
再び鎧を斬りつけたトーゴの手には、半分に折れた剣が握られている。
その片割れは無惨にも地面に転がっていた。
「ふふん。硬いでしょー」
「ええ、とても」
「武器が無くなっちゃったけど大丈夫なのかな?」
「大丈夫です。これがあるので」
そう言ってトーゴが取り出したのは、折れた剣よりもさらに短い小刀。
明らかに役不足なその得物を見て笑いが込み上げてきたのはルイだけではない。
「そんな短い剣で私の鎧を斬れるわけがないじゃないですか」
「そうですか。実はこれあらゆる物も切れる魔剣———」
「ええ!? 私のよりも凄いじゃないですかそれ!」
「———と言われて売られていたただの短刀です」
あらら、とズッコケたような仕草をするルイに。
トーゴはその隙を見逃さずに一気に肉薄して、鎧のところどころから見える白い肌にその短刀を突き立てた。
「おととと、危なッ!」
「チッ」
「私これでも女の子なんだけど、容赦の欠けらもないね!」
だがその不意打ちも反射的に振られた剣によって防がれてしまう。
バックステップで距離を取ったトーゴの額には汗が浮かんでいた。反射的に振られた剣、という割には正確無比に放たれており、その剣を受けてはいけないと本能的に感じ取ったのだ。
ルイの持つ剣の切れ味は、見た目以上に鋭いと。
それを感じ取った以上下手に詰めることができなくなってしまった。
「はッ!」
スパッと。
間合いを測っていたトーゴに向けて放たれた一撃は、舞台を割るでもなく壊すでもなく、ただスッパリと一直線に切り裂いた。
詰められないという考えを早々に見抜かれたのだとトーゴは理解したが、それが分かったとしてもやれることは変わらない。
本当にただ相手が攻めてくると分かっただけだ。
攻め立てるルイの攻撃をとにかく避け続け、ただただ隙を伺う。
避けられないわけではない。
速さは勝っていて戦闘経験でもトーゴが圧倒的に上。
だがこのまま鎧に阻まれて攻めることができなければ、制限時間があるこの試合においては恐らく負けとなる。
学び舎に負けても良いなんて考えを持って来ている人はいない。
それはトーゴとて同じこと。
直撃したら試合終了の即死攻撃。
当たったら負けだが逃げ回っても負け。
守りに徹していれば確実に避けられる攻撃も、自ら接近すれば直撃する可能性はいくらでもある。勝利条件はルイの剣を折るなり奪うなりして使えなくする事だろうか。
だが折るという選択肢はないに等しい。
折る場合、その切れ味を完全に使えなくするために刀身を根元から折る必要があり、舞台を切り裂いている以上剣の強度は計り知れない。今のトーゴではそもそも折れない可能性も考えられる。
そうなると残る選択肢は奪うことだ。
チャンスは一度きり。
今でも奪われることについては警戒されているだろうが、バレたらもうチャンスは無い。
時間はあと三分。
圧倒的不利な状況で、出来るかもわからない隙を作り出し、そのチャンスを絶対に見逃さずに決めきる。
条件としてはあまりにも厳しい。
だがそれ以上に———面白い。
劣勢に立たされているはずなのに沸き立ってきた高揚感にトーゴは口角を僅かに上げた。
「やる気ですねッ!」
その雰囲気の変化を敏感に感じ取ったルイもまた、好戦的に嗤う。
トーゴが狙うのは先程と変わらず鎧の隙間から見える白い肌だが、その箇所は限定されている。
武器を握っている右肩から右肘にかけての穴。それがトーゴの狙う場所だ。
しかしそこまで簡単に入り込ませてくれるほどルイは甘くない。
だからトーゴも先程とは違い致死の一撃以外を避けることはせず、ただただ愚直に突っ込む。
直撃以外は全て無視した捨て身の猛攻を仕掛け、代償に切り傷を増やしていく。
「その覚悟、受け取りましたッ!」
その狙いに早々に気が付いたルイもまたその意思を尊重するかのように、退くことをせずにどっしりと構えた。
先程とは違い横の動きが少なくなった代わりに激化する打ち合い。
避けても攻撃できないなら突っ込んで浅い切り傷で少しでも攻撃のチャンスを、受け止められないなら致命傷にならない程度に身体で受けつつ少しでも隙を。
そんな暴挙を繰り返していたトーゴの眼前に。
ついに、鮮血が辺りに飛び散った。
この試合で初めて明確にダメージを与えたのはトーゴだ。
予期せぬ外傷は身体を硬直させ、重心を狂わせて隙が生まれる。
その隙が、唯一の勝ち筋。
トーゴは短剣を引き抜き右腕へと突き立てようとして———何かが強く右手首を抑え込んだのを感じた。
それに伸びているのは手だ。
トーゴの右手首を掴んで押し込んでいるその手は、ルイの左手。
「捕まえた」
勝ちを確信した声音でルイはそう告げた。
隙を作るために無理をしたのはトーゴだけではなかったのだ。
近接戦でトーゴが付け入る隙を見つけられるようにし、防げたはずの一撃を足に直接受けることで確実にトーゴを掴める距離へ誘う。
駆け引きはルイが勝った———
「はあッ!」
———それはトーゴがそう見せていたものだから。
ルイが振り下ろそうとした直後、その身体が明確に固まった。
勝ったという思考が先行してしまい完全に失念していたのだ。
威圧の存在を。
「らああああ!」
トーゴは掴まれていた腕を振り払いながら短剣を足から引き抜き、そのまま右腕へと突き刺した。ブシャッと飛び散った鮮血を気にすることなくなお一歩踏み込み、完全にルイの右腕を短剣で固定。鮮血を浴びて赤く染った左手を強く握り、剣の柄を下から力強く殴り飛ばした。
威圧を受けたルイにその一連の攻撃を避けることはできず、ついにその剣が右手から離れる。
すぐさま剣を拾い、トーゴは構えた。
「あちゃ。これが絶体絶命ってやつだね?」
形勢逆転。
誰の目から見ても状況は一気にひっくり返った。
だがルイの声に、焦りはない。
それは能天気だからとかではなく、剣を取られても問題ないという明確な余裕が感じられる。
しかしその余裕がハッタリにしろ事実にしろ、今トーゴがやれることは一つだけしかない。
———自身のスキルの中で最も速く、最も強い一撃を叩き込むのみ。
ルイが思わず目を見開いた。
それは今日見せたどの初速よりも早い、トーゴの中で現状扱える最速かつ最重の一撃。
槍の初級スキル疾風突きで懐まで一気に潜り込み、剣の初級スキル
剛力水平斬は一見力任せに刀を振るう技術の欠片も感じないスキルだと思われるが、実際は熟練度が上がるにつれて自身の力以上に破壊力を生み出すシンプル故に力量が顕著となるスキルだ。
斬るという分野を剣の切れ味に任せて、自身は鎧を叩き割る要領で刀を振るう。
ガキンッという金属が壊れる甲高い音と共が舞台上に鳴り響いて。
その刀身が、真っ二つに折れた。
「ふふん! 惜しかったけど残念! その剣は特注で、私の魔力に反応して切れ味が———ッ!」
変わらない、という言葉は続かない。
ハッとしたような表情を浮かべた彼女を瞳には、薄い笑みを浮かべたトーゴが映っていた。
そこでルイは、トーゴの本当の狙いに気が付く。
狙っていたのは剣を奪って鎧ごと叩き切ることではなく、完全な隙が出来た際にゼロ距離にいること。ルイがトーゴを観察していたようにトーゴもルイを観察しており、たった今見事に嵌められているこの現状を。
その全てを理解したと同時に、ルイの身体は宙を舞っていた。
それが投げられたのだと理解できたのは、首元に冷たい感触が当てられてから。
「油断大敵ですよ」
「……参ったよ」
「そこまで。勝者トーゴ」
試合終了の宣言。
顔と銅の繋ぎ目、その隙間から短剣を抜いたトーゴはふぅと一息吐いて、その場に座り込んだ。
第二回戦を終えて休憩を挟み、第三回戦へ。
先ほどの試合で剣を折ってしまったトーゴは貸し出されている剣を持って舞台前に待機しているのだが、ルイの剣は恐らくオーダーメイドなので貸し出されている剣では力不足か———などと思っていたら次の試合ではその守備力の高さで力押していたので案外武器は関係なかったようだ。
現在二連勝をしているのは四人。
少なく感じるかもしれないが、対戦形式がトーナメント形式こと、さらに二回戦はトーゴとルイのような一回戦の勝者対一回戦の敗者という一定の基準があったことも起因している。
つまり新入生の実力は相性で勝ち負けがついているが、ある程度拮抗しているとも言っても差し支えないということだ。
ただしその中で抜き出て強い者も勿論いる。
トーゴの目線で言うなら、リッカ、ジオール、ロイドの三名だ。
特にリッカは異常な程までに強い。
一回戦二回戦ともに氷柱牢のみで相手に勝敗を決める決定打を与えており、加えて確実に勝利するために追撃も抜かりない。ジオールやロイドと比べても圧倒的だ。
装備を実力とするなら一勝二敗と負け越しているルイもその部類に入る……のだろうが、彼女は如何せん戦闘中の油断が多いため何とも言えないというのがトーゴの見解。
トーゴ自身は威圧と戦闘経験によって優位に立てるが、鎧や剣を含めた総合的な実力ではルイと拮抗している程度だ。
それにしても———と周囲を見渡す。
三回戦も終盤に差し掛かり試合が終わって一息ついている者が多数みられる中、迫りくる三回戦に備えて各々の準備をしている者もいる。
ここまで来るとそろそろ誰が対戦相手なのかが分かってくるものだ。
そしてその対戦相手は神様の悪戯か、それとも仕組まれているのか。
二回戦の状況を見るに恐らく後者だろう。
最後の四人の中からトーゴ以外の二人が選ばれ、舞台に上がっていった。
ふうと深呼吸をしてから準備運動を行い、その場に座り込む。
感覚を研ぎ澄まし、集中力を高めるための瞑想。
トーゴの三回戦は最終試合に確定した。
当然その相手もこの場には居る。
確定した対戦相手を見てみると、向こうは見る前からペコリとお辞儀をしていた。
鮮やかなピンクの長い髪が特徴的な魔法使いの少女。
「最後だ。トーゴとリッカ、舞台へ」
一番注意すべき人物と戦うことになってしまった。
トーゴは舞台に上がって指定の位置へと付き、再度深呼吸をする。
注意人物その一が相手だ。
覚悟を決めて、リッカを見てみる———と、何やらスラスラと指で何かを書いているようだ。空中に光の文字みたいな何かが浮かんでいる。
食い入るように見ていたからか、リッカはトーゴの視線に気が付きニッコリと笑顔を浮かべ、指をスワイプした。
スッとこちらに飛んでくる謎の光。
それはやはり、文字だった。
『トーゴ君よろしくお願いします』
「あ、はい。よろしくお願いします」
しかもただの挨拶だった。
付随するのは非常に可愛らしい笑顔。
ニコニコとそれはもう華が咲いたかのような笑顔で見られて、トーゴはどんな顔をすればいいのか分からなくなってしまった。何に対してそんなに笑っているのか分からないが、何もしないのも気が引けるのでトーゴも笑顔で対応しておく。
多少ぎこちないのは愛嬌だろう。
それにしても戦闘意欲を抜かれたというか何というか、もしかしたらそれが狙いなのだろうかと勘違いしてしまい程だ
「あの、なんでそんなに笑顔なんですか?」
「…………??」
一回戦も二回戦もかなりの無表情だったと記憶していたため、トーゴもつい質問してしまった。
しかしその意味分からないのか、リッカは可愛らしくコテンと首を傾げるだけでそれ以上のことは答えようとしない。
特に意図はない、と解釈した。
それはそれで対応に困ってしまったトーゴは、真剣な表情へと切り替える。
変わらない事実としてリッカは相当な実力者であり、そのリッカと今から試合を行うのだ。
トーゴが剣を抜いて戦闘態勢に入ると、その闘志を感じたのかリッカも笑顔を崩して杖を構える。
「準備は良いか? では、始め!」
「はあッ!」
開始と同時に、氷柱牢がトーゴを突き刺さんと舞台から突き出す。
一回戦、二回戦共に同じ手法を取っているため勿論想定済みであり、トーゴはその全てを避け、壊し、絶対に捕まらないようにステップを踏みながら肉体活性を発動した。
威圧は既に対策を取られているみたいだが、それでも第一関門はクリアだ。迫りくる第二関門の対処へと入る。
初級氷魔法、
氷の粒は一つ一つの威力は小さくとも速度と数が伴えば大きな脅威となる。その弾幕をサイドステップで避け———ようとして、トーゴは目を見開いた。
がりがりと舞台を削れるような音を立てながら挟みこむように大きな壁が二つ現れ、その弾幕の逃げ道を塞いだのだ。
逃げ場を失ったトーゴに肌を引き裂く魔の風が吹き荒れ、防御態勢を取ったと同時。
その全てが消え去った。
そこでトーゴは自身の失敗に気が付いた。
答え合わせをするかのように三方向から伸びた氷柱がトーゴへと突き刺さり、氷の牢屋へと閉じ込められる。
致命傷ではない。
何とか身体を捻じり軽傷で済ませることができた。
だが逃げ道も無いし、完全に囚われてしまい身動きも取れない。
このままでは一回戦、二回戦同様頭上から氷塊を落とされるのは明白だった。
スゥー。
ハァー。
その深呼吸を、そして続いた言葉を聞いたのは、審判であるギルドマスターのみだった。
「マジックボール」
戦いの最中に目を閉じた。
その事実にリッカの眼がスッと細められ、何人かは諦めたのだと断定する。
しかしトーゴは決して諦めてなどいない。
あまり人の目があるところで使うことをレイオスからは推奨されていないため、ほんの少しの葛藤があっただけだ。使えるときに使わずして負ける状況ならば使っても構わないと、使った程度で分かるような人はいないと、そう言われている。
そしてルイの時のような不利な状況とかではなく、使わなければ負けが確定する状況がまさしく今だ。
先程霧散した氷粒の魔力が、舞台に残る三回戦四十七試合分の残留していた魔力が、トーゴへと集まる。
同時、トーゴの頭上には巨大な氷塊が生成された。
上級氷魔法、
小さいものは中級氷魔法、
その大きさから潰されればひとたまりもなく、結界魔法があるにも関わらずギルドマスターが生成時点で勝敗を決める試合が二連続続く原因となっている魔法でもある。
だが今回、試合終了のコールが出ることはなかった。
代わりに中庭全体に響き渡ったのは、破壊音だ。
氷の壁も、氷塊も、その全てが崩れ去る轟音と白い霧によって中庭は騒然となった。
舞台全域が霧に包まれ、目先でさえ何も見ることができない白い世界が広がる。何が起きたのか、そんな理解をする前にリッカはすぐさま魔法を発動した。
氷中級魔法、
先程トーゴを捉えた二つの壁の正体であり、本来は防御としての役割を持つこの魔法を自身の周りを囲うように生成。
視界不良の中でも攻撃に対応できるように発動した完全防御の構えだったのだが、その氷壁の全てが再び爆音を鳴り響かせながらすぐさま崩れ去った。
「マジックボール」
「…………!!」
すぐ近くで聞こえた声に、リッカは目を見開いた。
杖を掲げ、魔法を発動。
荒れ狂う風が舞台を駆け抜け、包み込んでいた霧全てを吹き飛ばす。
パッと一気に開けた舞台。
全容をようやく確認できたリッカは、その光景に目を疑った。
火の塊がトーゴの周りを意思があるかのように浮遊しており、それを動かしているであろう本人は淡い光を纏って立っている。氷柱牢で出来た傷は完全に癒えており、傷一つ見当たらない。
「あまり魔力も無いんですよ。次で終わらせましょう」
「…………ッ!」
たった一瞬。
先手で発動した氷柱牢の足止めを全てなかったかのように躱されて、迎撃用の氷塊石もトーゴの周囲を浮遊していた中級火魔法、
リッカはまともに時間稼ぎをすることもできず、その一瞬で完全無防備な姿でトーゴの接近を許してしまったのだ。
魔法での対処はもう間に合わない。
身体強化をかけているとは言ってもここから致命傷を避けるのは不可能だ。
刹那の時間でそう判断したリッカは、右手に持つ杖を素早く手放した。
目の前で行われている試合に誰もが目を奪われていた。
お互いに無詠唱で発動される魔法と魔法がぶつかり合い、キラキラと輝きを持ちながら砕け散る光を縫うように移動する二つの影。舞台上で火花を散らしながら一進一退の攻防繰り返しているその戦況で優勢に立っているのは、トーゴだった。
しかし表情は対照的で、トーゴはこの状況に焦っている。
その焦りが見え始めたのは、確実に決まったと思われた一撃を防がれた瞬間からだ。
氷柱牢も氷塊石も対処して見せたトーゴの一撃は間違いなく勝利を掴む会心の一手だった。その不可避に思えた一撃を、リッカは防いで見せたのだ。
絶対にあり得ないタイミングで放たれた高度な防御魔法。
超級魔法、ファランクスを、彼女は杖を離すというプロセスたった一つ介すだけで発動させた。
今まで一切表情を変えずに審判をしていたギルドマスターですらその表情を変えたと言えば、その魔法がどれ程異常なものだったのかが良く分かるだろう。
加えてリッカが握っているのは氷の剣。
トーゴの実力は誰の目線から見ても新入生トップクラスであり、魔法戦でリッカと並ぶ以上近接戦で勝るトーゴが勝つというのがその場の認識だ。
しかし蓋を開けてみればどうだろうか。
杖を捨てたリッカの姿は完全に戦士の出で立ち。
トーゴと比べて速さ、力どちらも劣っていることは間違いない。
だが彼女は決して打ち下がることはなく、前へ前へと踏み出していた。
リッカの得意な魔法戦を抑えたトーゴと、トーゴの得意な近接戦を抑え込んでいるリッカ。
勝敗はお互いの魔力が尽きるのが先か、時間が経つのが先か。
凄まじい速さで行われる剣戟と魔法の乱舞は、しかし突如として終わりを迎える。
何の兆候も無しに魔法の相殺が無くなった。
舞台から消えた色は赤だ。
障害が無くなった氷塊石はトーゴへと着弾し、追撃をするかのように全身に冷気が迸(ほとばし)った。
凄まじい乱打戦とは打って変わって呆気ない幕切れ。
ギルドマスターの宣言と共に、トーゴは舞台に崩れ落ちた。
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