個人戦

 翌日の朝十時。

 新入生は再び中庭へと集まっていた。

 宿舎は宿屋よりも近くなって便利になったが、トーゴが唯一気になったのは結局同居人に会えなかったことだ。ガツンと一発言ってやりたかっただけに気分は晴れない。宿舎に入っているのは確実だから絶対に帰ってくるタイミングがあるので、今はそれを待つことにしている。

 集まる昨日と場所は同じだが、違う点はグループが八つから六つに減ったこと、六つの舞台が準備されていること、そしてメンバーが混ざり合ってそれぞれ均等に分かれていることだろうか。

 グループにつき三十二人。一人三試合するということは四十八試合一気に行うわけだが、本当に大まかな評価でグループを分けたのだろうとトーゴは考えた。

 各グループ評価上位者を二名ずつというのを根本に、トーゴと同じグループの者や魔法もそこまで強力ではなく近接戦も苦手な者などはある程度固めている感じだろう。


 ざっと見たところトーゴ達のグループにはトーゴとロイド、隣のグループにアイビス、一番離れたグループに評価が芳しくなかった人たちがいるのを考えると、このグループは一番上のグループとなる。

 他にはラインが上から三番目のグループにいることぐらいか。

 そのグループ分けにある程度の基準が設けられているのは明確だった。

 だがそれは実際知ったところで何か変わるようなものでは無く、新入生たちもこれがどういうメンバーなのか、という懐疑的な視線から、誰と戦っても良いように探るような視線へと変化している。

 若干視線を集めている量に違いがあるとトーゴが感じているのは、決して気のせいではない。


「それでは個人戦を始める。私はバルカンのギルドマスター兼学長をしている者だ。何人かは知っていると思うが好きに呼ぶと良い。各グループに試験官が配置されているから、彼等から個人戦の内容説明を良く聞くように」


 突如として現れた大物の存在に、ざわざわと中庭に波紋が広がった。

 冒険者の統括を行っているだけあってバルカン内の知名度はかなり高いのは勿論のこと、彼女が成し遂げてきた実績はギルドマスターの名前に箔を付けていることもあって羨望の眼差しが多く向けられている。

 英雄級。

 彼女は嫌っているようだが、英雄と同列視している冒険者達も少なくはない。


「というわけで、このグループは私が担当することになった。ギルドで会ったことがある奴も多いが改めて、バルカンのギルドマスターだ。適当に呼ぶがいい。このグループは評価が高い者が集められているから、今からの個人戦は期待しているぞ」


 このグループは予想通り評価が一番上らしく、それに伴って冒険者として活動している者も多いらしい。

 つまり先程の視線の向く先が決まっていたのは、冒険者として活動をしている者の中での有力候補、または冒険者として見たことがない人に視線が集まった、とトーゴは結論付けた。

 そうなると他よりも視線を向けられていたのはトーゴ含めて五人。

 裏を返せばその五人以外はほぼ確実に冒険者だと判断しても良いということだ。


「分かっていると思うが、このメンバーで一人三試合行う。試合時間は一試合五分。十六試合ごとに十分の休憩を挟んで二試合目に入る。他のグループを見に行くのは構わないが、どんどん試合をしていくから遅れることがないように。十分遅れたら敗北になるから気を付けろよ」


 チラッと他のグループを見る。

 同じタイミングで他のグループもルール説明を始めており、上から二番目のグループには脇にホルンが控え、上から四番目のグループにはデボット、一番下のグループではワドがそれぞれ説明を行っていた。

 他にはラインのグループにアルス、デボットのところにミルキ、ワドのところに昨日司会をしていた女性がそれぞれ脇に控えている。全員試験の補助を担当しているのだろうが、こうやって実力ごとにグループ分けされているところを見るとこの三人は教官たちと同レベルの実力を持っているということなのだろう。

 トーゴはこの三人の中で唯一ミルキの本気だけは見たことあるが、単純な力量勝負ならデボットと互角以上に戦えると考えている。

 勿論実戦経験の差でデボットが負けることはまずないこともだ。


「ルールは簡単だ。武器は自由。自分が得意な戦い方で好きにやるが良い。相手を場外に落とすか降参させるか、致命傷を与えたら勝ちだ」


 中庭全体が緊張に包まれた。

 致命傷を与える。

 同じタイミングで話し始めたこともあって、他でも同じような説明を行ったのだろう。

 その言葉は明確に新入生の表情を変えた。

 だがそれは例年通りなのか、教官たちは意に介した様子もなく説明を続ける。


「安心しろ。この舞台には魔法陣が施されている。お前達の全身に結界魔法が展開され、戦闘不能の攻撃を受けた際には結界が攻撃を受け止め私達に知らせてくれる仕組みになっている。言葉で言うのは難しいが、たとえば試験中に首が飛んだら困るだろう。それを未然に防いでくれるのだ」


 それは困るで済むのだろうか。

 その心配がないと言ってくれるのは有難いが、それでも心配なものは心配だ。

 話を聞くだけでは結局のところどこまで安全が保障されているのかが定かでは無い。

 そんな不安を的確に感じ取ったギルドマスターは、


「ふむ……ちょっと見ていろ」


 自分の腕、足、首と順に斬りつけたのだ。

 そこを追撃するように、ギルドマスターの全身を爆炎が包み込む。


「えっ!?」

「ギルドマスター!?」


 悲鳴にも似た驚愕が中庭全体に響き渡った。

 それ以上に響き渡った轟音と喧騒に中庭全ての視線が集まる。

 しばらくは灼熱の炎が舞台上を包み上げて火柱を作り上げていたのだが、その業火は突如として綺麗サッパリと消え去った。

 先程の説明からして結界魔法が発動したことが分かる。


「今見たように死ぬようなことも無ければ不治の怪我をすることもない。首へ刃は届かないし腕と足が断ち切られることもなかっただろう。燃えたり溺れたりすればある一定水準、つまり後遺症が残るような怪我や続けたら生死に関わると結界が判断した瞬間、今見たように結界が魔法を弾き飛ばす。結界の発動は私が感知できるようになっているから、私がそれを感知した瞬間もまた試合終了だ」


 しかしそこから出てきたギルドマスターは、何というか満身創痍と表現した方が正しい形相となっていた。

 首は刃が届く前に結界が発動して受け止められていたが、腕、足からは鮮血がどくどくと溢れ出ている。

 つまり明確に致命傷になり得ると結界が判断したら勝手に発動するというものだ。

 肉の焼ける臭いは人の身体から発せられてよいものでは無く、人からそれが発せられていると知覚した者は段々と顔色を青く染めていく。

 耐性が無いと精神的に来る程度にはショッキングな映像になっている。


「多少痛いし苦しいがそれくらいは我慢しろ。これは試験だからな。女は勿論、男も女に対して躊躇うなよ。私から言わせてもらえば、冒険者をやっていく以上男も女もこれくらいの痛みに耐えてもらわなければ困る。回復は私が行うから安心しろ」


 だが戦々恐々としていたはずの新入生の表情は、恐怖から驚愕へと変わっていった。

 ギルドマスターは痛がる様子もなく淡々と喋ってはいるが、見て分かる通りに傷はかなり深い。

 結界が発動しているのだから少なくとも致命傷になる手前だったのは確実だ。


「回復魔法を……無詠唱で……」


 それほどの傷が、一切の詠唱を行うこともなくあっという間に癒えていく。

 無詠唱ということはそれだけ魔法の威力が低減するわけだが、それでもこの精度を保っているのは熟練度の為せる業か。

 結界に加えて高度な回復魔法。

 恐怖が完全に消える訳では無いが、ここまで見せられたらもしもの心配はないと言っても過言ではない。

 説明も終えたことにより、試合が始まる。


「それでは早速始めるぞ。まずはトーゴとモーリア、舞台へ」


 トーゴは試合の雰囲気を決める大事な一番手に指名された。

 初戦というだけあって最も注目を集める試合になる。

 周囲を見渡してみると、先程までポツポツと点在していた上級生たちが回廊を埋めるように見下ろしていた。

 その上級生たちの視線は一番上のグループ、つまりトーゴとモーリアへと注がれている。

 毎年ここのグループが一番上のグループになっていることがわかる視線だ。

 他のグループを脇目に、観察するような視線が多数向けられていた。


 そこでトーゴは対戦相手へと目を向ける。

 モーリアと呼ばれた男子生徒は見た目トーゴよりもかなり年上。

 周りから軽い野次が飛んでいるところを見ると冒険者なのは間違いないだろう。

 トーゴと同じ剣を扱う近接型で、昨日同じグループに居なかったという事は身体強化魔法を行使して戦う戦士か。

 どちらにしろトーゴが本気で挑むことに変わりはないが……。


 先程から嘲笑うかのような野次が非常にうるさい。

 歳も下で体格も負けており、さらに冒険者じゃないのだから下に見られるのは仕方が無いし気にしない。冒険者とそうでない者の差は実戦経験という面で確かに存在するのだ。

 だが先程のギルドマスターの説明を受けた直後だというのに「手加減をしろ」という野次はトーゴとしても少し来るものがある。


「試合時間は五分だ。死ぬことは無いから両者殺す気でやれよ———始め!」

「身体強化!」


 開始の合図と共に魔法を行使するモーリア。

 魔法の発動方法はおおまかに詠唱魔法、簡略詠唱魔法、無詠唱魔法の三段階に分かれており、魔法の性能を十全に引き出せるのが詠唱魔法だ。しかし魔法はランクが上がるにつれて詠唱も長くなり、速さが勝負の戦闘では扱いづらいものとなっている。

 逆に無詠唱は発動が早い代わりに効果が半分以下にまで低下してしまうことからあまり使われることがない。しかしその間の簡略詠唱魔法———略称簡略魔法———は、魔法名を唱えることで最低限の効果を維持しつつ素早く魔法を発動できる。


 以上のことから集団戦においては詠唱魔法、戦闘中は魔法名だけを唱える簡略魔法が主流として使われており、簡略魔法は先日ホルンが使ったように日常的に用いられている最も一般的な使用方法だ。

 単純な威力で表した場合、詠唱魔法を十とするなら簡略詠唱は七、無詠唱魔法は三となっているが、無詠唱魔法は魔法をどのようにイメージしているかで発動速度が変化するため人によっては簡略魔法よりも発動が遅く、基本は簡略魔法が扱われる。

 それだけに先程のギルドマスターが起こした無詠唱での火炎魔法や治癒魔法がどれほど常識はずれなものだったのかは理解に難くないだろう。


「どうした坊主。魔法は使わないのか? あ、もしかして使えないんだな?」


 嘲笑。

 身長差もあって、殊更見下されているというのが良く分かる。

 トーゴは肉体活性を使い、腰を少し落として静かに臨戦態勢へと入った。

 魔法に対してスキルは基本的に詠唱が無く、無詠唱の代わりに熟練度がものを言う。

 肉体活性は日々の鍛錬により身に付く基本スキルだが、成長期が終わった者が厳しい特訓を重ねることにより身に付くとされている。

 学び舎に入ってすぐ身に付ける者もいれば卒業してからようやく身に付く者もいるスキルで、誰でも身に付くからこそ日々の積み重ねで差が生まれるスキルとも言えるだろう。

 積み重ねが少なければ無詠唱の身体強化よりも効果は小さく、多ければ詠唱の身体強化よりも効果は大きくなる。

 積み重ねをしたスキルは、時に魔法の強化をも上回る。


「そうかそうか、それなら仕方が無い。ほら、俺は攻撃しないからどこからでもかかってくるがいいさ」


 モーリアは完全に慢心している。

 手加減するなと言った試合でそれをするということが相手にとってどれほど失礼なことか分かっているのだろうか。

 百歩譲って一度勝ったことの相手にするのであればまだ分かる。

 勝負の世界において負けた方が悪いという意見も納得できる。

 だが戦う前からそれをするのは話が違うだろう。


「どうした。攻撃することもできないのか? そんなんじゃ冒険者として———」

「よく口が回りますね。冒険者って世界を回るんじゃなくて口を回す職業だったんですか。勉強になります」


 ピキッと、何人かの額に青筋が浮かんだ。

 冒険者にすらなっていない少年に、誇りに思っている冒険者を侮辱されたのだ。

 嘲笑っていたモーリアも、みるみるうちに眉間にしわが寄っていき、口角を下げてついに剣を構えた。

 ようやく本気で戦う気になったようだ。


「———言うねえ。あまり舐めてんじゃねえぞガキが」

「それはこっちの台詞です」


 一触即発。

 一瞬の睨み合いから、先に動いたのはモーリアだ。


「ファイアーソード!」


 詠唱と共に顕現した炎はモーリアが持つ剣を纏った。

 そこから踏み出したスピードは、身体強化をしているだけあってとても早い。

 だがそれはあくまで、魔法を使っていない時と比べたらの話だ。

 付け入る隙は作るまでも無くあるが、隙を大きくするに越したことはない。


「ッ!?」


 勢いよく飛び出したはずのモーリアが何かを感じ取ったかのように急ブレーキをかけた。

 トーゴが使ったスキルは威圧。

 デボットが使った重圧の一段階下のスキルで物理的効果はなく、精神的効果しか望めないが耐性を持っていない者に対しては目に見える効果を発揮する。

 デボット程の精神的負荷は無い。

 しかし一瞬を足止めてしまう程度には十分な威力を持っていた。

 まだまだ未熟で範囲の指定ができないため観戦している者にまで影響を与えてしまうが、それはそれで先程の嘲笑が無くなるのであれば別に良いとトーゴは判断した。そして生じた隙はどれ程小さいものでも、決して逃さない。

 斬っても死なないと分かっているなら、と鞘に添えていた手を強く握りしめた。


「ぐあッ!!」


 剣のスキル、抜刀術ばっとうじゅつそく斬烈ざんれつの連続使用。

 理解が及ぶ前に全身を斬り刻まれたモーリアは血反吐を吐きながら勢いよく突っ伏し、そのまま起き上がる気配はない。結界に剣を止められた感覚はあったから気絶はしても死んではいないだろう。

 触れた際、衝撃が上手く突き抜ける感覚があったのにモーリアにはその衝撃が伝わっていないことから、結界には空間魔法も混ぜ込まれていることをトーゴは理解した。

 守勢側だけでなく攻勢側の負荷も無くすための結界。

 本当に優秀な結界魔法だと実感する。


「そこまで。勝者、トーゴ」


 上級生からはワッという歓声が、同グループから悲鳴に似た声が同時に上がった。

 無詠唱であっという間に切り傷を癒したギルドマスターは気絶しているモーリアを教官に預け、手際よく舞台の血糊を洗い落として何事も無かったかのように新たな二名を舞台へと招く。

 どんどん試合を行っていくという言葉通り、本当に試合を消化していくのだろう。

 トーゴも邪魔にならないように素早く舞台を降りて先程の位置まで戻った。


 待ち時間も試合の集中力は欠かない。

 行うのは反省と対策だ。

 今回は威圧が効いていたことに加えて相手に慢心があったから良いが、これで手の内はある程度バレてしまったという懸念もある。

 これがトーゴの威圧の欠点だ。

 正直威圧には重圧のように物理と精神の乗数効果がないため、心の持ちようで普通に耐えられる。それでもデボットレベルになれば効果は絶大だが、トーゴレベルでは精々不意打ちで耐性が無い者を足止めできるかどうか。

 魔法による耐性付与もある以上次からは使えないと見るべきだろう。


 ふと、トーゴは後ろへ振り向いた。

 視線を感じたのだ。

 振り向いた先には、トーゴをじっと見つめる一人の少女がいた。身長はトーゴより少し小さいくらいで、赤く光る石が取りつけられた身長と同じくらいの大きさの杖と、水色を基調としたローブを身に纏うピンク色の長い髪が特徴の少女。魔法使いだろうか。

 視線が合った瞬間にニッコリと微笑まれたため軽い会釈を返しておくが、全く顔を知らない。先程の戦闘を見ていたからだろうか、それとも以前どこかであっていたのだろうか。

 そんなことを一瞬だけ考えた後に早速集中力を切らそうとしてしまっている自分を戒めて、目の前で繰り広げられている戦いへと目を移す。


 まだモーリアを除いたこの中の三十人から二人と戦うのだ。

 ここは新入生の中でも実力者が集っている。相手は自分の動きを知っていて自分は相手を知らないという不利状況を模倣した実戦をしたいのなら別に構わないが、そんな縛りを課す程実力差は無いし自惚れてもいない。

 こういった試合形式の場合、一人一人どんな戦闘スタイルが得意なのかを見極め、どう戦うのかを軽くイメージすること大切だ。

 初戦は威圧によって勝つことができたが、これからは上手くいかない前提で進めなければいけない。精神耐性は必須と言われているように、魔法を扱う者は身体強化よりも優先して覚えさせられているし覚えようとする。


 慢心と不意打ち。

 二つの条件が重なったため絶大な効果を発揮したに過ぎないことはトーゴが一番よく理解している。

 威圧がない場合、純粋な実力は拮抗しているか少し遅れを取っている程度だろう。

 そんな考えをしているトーゴを他所に試合は進行していき、舞台の掃除と両者の治療が行われていく。


「次。リッカとルイ、舞台へ」


 だが次の試合は、何処か雰囲気が違った。

 それを示すかのように名前を呼ばれた二人は視線を集めている。

 一人は全身を格式高そうな重鎧で固める重戦士型、ルイ。

 そしてもう一人は先程視線が合ったピンク髪の少女、リッカ。

 二人を知っている訳では無く見た目で判断するため本当に予想の域を出ないが、リッカは魔法でルイが物理だろうか。魔法で攻撃するとなれば重鎧の防御力と耐性を超える出力が必要となるが、ルイは魔法で強化する重戦士。防御力や耐性を増強させることもできれば身体強化で素早く動くこともできる。

 ぱっと見の相性は片や最高であり、片や最悪と言ったところ。

 どのようにして打開するのか、二人の腕が分かる注目の一戦だろう。


「では、始め!」

「身体———」


 女性だとすぐわかる凛とした声。

 あのいかつい鎧の中身が女性という意外な事実は、しかし舞台下からルイを鎧ごと貫くいくつもの氷柱の顕現によって全員の意識から消え去った。

 相手の動きを拘束しつつ無数の氷柱で突き刺す氷中級魔法、氷柱牢アイスプリズン

 そして間髪入れず頭上に現れた巨大な氷塊が身動きを取れないルイに襲い掛かり、


「———そこまで。勝者、リッカ」


 その全てがギルドマスターによって一瞬で破壊された。

 ペコリと頭を下げてリッカは舞台から降り、ギルドマスターはルイに回復魔法を施し始める。

 瞬間、中庭が喧騒の渦に巻かれた。

 今目の前で起きたことはまさしく常識から外れたものだ。


 無詠唱による魔法攻撃。

 それならいくらでもあるが、無詠唱であの威力を出せる魔法使いがどれ程いるか。身近な人でたとえるならミルキの無詠唱魔法では魔法耐性があるだろう重鎧を貫く程の威力は出せないし、簡略魔法でようやくと言ったところだ。

 つまり彼女が詠唱をした場合、単純計算で今の三倍強。

 戦闘中では詠唱ができないとしても、簡略詠唱ならできる。

 それでも単純計算で二倍強の威力だ。


 魔力の量にもよるが、はっきり言えばミルキやアルスとも互角にやりあえる可能性がある。

 その事実に観客の上級生やそれを見ていた教官を含め、誰もが驚愕と感嘆を溢し沸き立っていた。


「次、ロイドとジオール。舞台へ」


 唯一、ギルドマスターだけが何食わぬ顔で進行を続ける。

 本人の前では絶対に言えるものではが、これが所謂年の功というやつか。

 ギルドマスターの一切動じない進行に、しばらくは収まらないと思われた喧騒はあっという間に鳴りを潜めた。


 トーゴとしても先程の試合は気になるところだが、今気にしているのはやはり第一回戦最終試合。トーゴとしては因縁のある相手でもあり、一番気になっていた人物の登場だ。

 ロイドの相手ジオールは鉄製の長槍を持っていることから、距離を取りながら戦うスタイルを得意としているのだろう。顔だけならトーゴも知っている。

 以前レイオスと共にバルカンのギルドに行った際にレイオスに猛烈アタックしていた冒険者で、レイオス曰く見かけたら毎度アタックしにくるためその都度断っているとのこと。

 仮にも英雄を前にして物怖じしないところは美点だと思うが、所構わず見かけたらというのは些か常識に欠けている。だが冒険者というよりは人としてできているのか、レイオスと一緒にいるトーゴに羨望などはあれど敵対心のような悪意は向けていない。

 それがトーゴだと理解しているのかどうかは、些細な問題だろう。


「始め!」


 開始の合図と同時にロイドが大きく踏み込んだ。

 だが、踏み込んだだけでその勢いを即座に殺し、足を止めた。

 ジオールはロイドの踏み込みに即座に反応して構えを取っただけ。ただそれだけで、ロイドはこれ以上踏み込めないと判断したのだ。


「我が身体に敵対する者への力を、我が対敵に勝る力を求める。身体強化」


 その隙にジオールは身体強化を詠唱で発動。

 身体強化は詠唱自体もそこまで長いものではないため、このような隙を与えてしまうとあっという間に詠唱されてしまう。構える速さからして無詠唱で先に身体強化を発動した後に詠唱で上書きしているのだろうとトーゴは考えている。

 身体強化は自身の肉体を強化するというイメージがしやすいこともあって一対一の場合最初は無詠唱で使われることが多い。手の内を明かさず様子見もできるという利点が共通認識としてあるためだ。


 一対一の戦い、特に魔法を扱うものに詠唱で身体強化を使われてしまったロイドは完全に後手に回ることになる。

 ジオールの強化された疾風突きをギリギリで躱し、なんとか間合いに入ろうとするも長槍のリーチと素早い牽制によって近寄ることができない。

 身体強化を使っているジオールの攻撃を悉く躱しているのはやはり凄まじいと言えるが、反撃しなければ勝ちは無い。それはロイドも理解している。故にロイドは重心を落とし、剣先を構えて、一歩前へと踏み出した。


「危ね!」

「チッ」


 鳴り響く金属音と、両者の漏れだした声。

 前者が詰めてくると思わなかった距離を一瞬で詰められて防御態勢を取ったジオールで後者が奇襲を失敗したロイドだ。

 スキル、というよりは所謂錯覚を使った移動方法。

 ジオールの反応からしても一瞬で目の前に現れたように見えたのだろう。


 防御の態勢に入ったのを確認したロイドは、スキルを用いて一気に畳みかける。振り下ろされた槍をギリギリで避けながら首を狙い、首を守ろうとしたのを確認してグイッと重心を落として一閃。

 先日の試験とは違い、しっかりと構えた本気の一刀無極。

 その一振りによって発生した斬撃の嵐は容赦なくジオールに襲い掛かり———ロイドが吹き飛ばされた。

 急激に訪れた衝撃に為す術無く地面に叩き付けられ、ただ二回目のバウンドはさせずに態勢を立て直すために剣を舞台へと突き刺す。その隙をジオールが許すはずもなく疾風突きで一気に距離を詰めるも、ロイドはそれを敢えて剣で受けることで勢いを上手く逃がしながら吹き飛ぶことで距離を取り、態勢を整えた。

 そこが一つの区切り。


「すげえなお前。俺よりも年下でそんなスキルを持っている奴がいるなんて、悔しくなるぜ」

「……あんたも強いよ」


 わははと笑いながらそういうジオールに対して、ロイドは冷や汗を流した。一刀無極はその研ぎ澄まされた一撃によって発生する斬撃の嵐で敵を斬り刻む剣の上級スキル。云わば先程トーゴが使った斬撃の上位互換スキルだ。

 故にその大本となる一撃は「海を割る一撃」と評されるほどのものだが、その大本の一撃は不味いと瞬時に察したジオールは即座に回避行動を取り、斬撃の嵐を一身に受けながら柄の部分でロイドを突き飛ばすという対応を見せた。

 魔法も身体強化のみ、スキルは疾風突きのみという長槍にとっては不向きなものではあるが、ジオールにはそれを補ってあまりある防御力と判断力が備わっていたのだ。


「これでもD級冒険者の中では結構強い方なんだぜ。自信無くすわ」

「冒険者には興味がない。強くなりたいから俺はここにいる」

「そうかい。じゃあ続きをしようか」

「ああ」


 一瞬の沈黙。

 動いたのは、ほぼ同時だった。

 鳴り響く金属音と激しく入れ替わる攻守。

 懐へと何度も潜り込みながらも決定打を撃てないロイドと、長槍というリーチを活かすためにカウンターで距離を離しながら間合い外から攻撃を仕掛けるジオール。その凄まじい攻防に全員が閉口してその行く末を見守っている。


 実力は完全に互角と言っても良い。

 互いが短期決戦を仕掛けた故に生じた長期的消耗戦。

 それはつまり、お互いに決定打が足りないことを意味している。

 だが違和感があるのは、ロイドの方だ。決定打が足りない、とは表現しているが使っているスキルは一刀無極のみ。それ以外のスキルを使う素振りすら見せていない。

 しかしそのことを知っているのはほんの一握りであり、本人が使わない以上はわざわざ指摘することでもない。


 試合時間は残り一分程。それが分かっているのかいないのか、そのタイミングで両者は再び距離を取った。

 交錯する視線。

 数瞬の空白時間が過ぎ、二人とも同じタイミングで愚直にも突っ込んだ。

 これで決めるという両者の決意が生み出した最後の一撃は、


「そこまで。この試合は引き分けだ」


 その言葉と共に崩れ落ちる両者。

 リーチが長いジオールとスキルの練度が高いロイド。そのお互いがお互いの長所を尊重した最後の一合は、相打ちで幕引きとなった。

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