謎の力

 あれから試験は順調に進んだ。

 結局デボットと実際に戦闘をしたのはトーゴのみ。

 トーゴとの戦いや先程のデボットの姿を見て気合いで立ち向かった者もいたが、あまりにも腰が引けておりデボットは投げ飛ばすだけに留めた。

 戦闘とまではいかない、ただの根性試し。

 だが次はそうもいかないだろう。

 トーゴに次ぐ、むしろ本命と言っても差し支えない注目のカードがやってきたのだ。


「ホルン。もしかしたら次も本気を出すかもしれないから、一応伝えておくぞ」

「はーい」


 ロイド対デボット。

 殺す気で来いとデボットが言った瞬間から誰もが気にしていたカードだろう。

 本気を出すかどうかの評価点は、重圧が効くかどうか。

 効くならどれほど効果があるかによると言ったところか。


 ———もしかしたら勝てるかもしれない。


 トーゴも先程の件もあって自分が勝てなかった相手に勝たれるというのは気に入らないが、そんな薄汚れた気持ちよりも期待の方が大きかった。


「何とかついていけるように頑張ります」

「先程とは違って腰が低いな。慢心している訳では無いと分かって安心したぞ」

「先程の戦いを見て考えを改めたということにしてください。それと残念ですが、教官の本気を出させることはできそうもありません」

「弱気だな。どうしてだ?」

「スキルに対して耐性を持ち合わせていないので、乗り越えることはできても先程の剣技が使えないのです」


 耐性の有無は戦闘に大きく関わる。

 特に精神系は冒険者に必須とも言える耐性だが、鍛えることが難しいため取得が難しいスキルだ。それは魔物や魔族にも言えることであり、重圧の熟練度が高いことはそれだけで大きなアドバンテージを得ることができる。

 良く言えば状況把握が出来ているが、悪く言えばデボットの言う通り弱気だ。


「でも、可能な限り足掻いて見せますよ。こんな機会そうそうないですから」

「その一言で安心した———ワド」

「始め!」




 赤い夕陽が黒い街並みを幻想的に照らし始める。

 入舎式は無事に終わり、現在試験の集計と明日から始まる個人戦の割り振りが中庭で行われていた。

 室内で堅苦しくやるより外気に当てられながらやった方が集中できるという如何にも冒険者らしい意見が多数だったための措置だが、実際室内よりも設備が整っている中庭は意外と適当な場所だったというのが例年共通される感想だ。


「さてデボットさん。あの場では聞きませんでしたが、いくつか伺いたいことがあります」

「奇遇だな、ホルン。俺もだ」

「分かっている。むしろその場で質問しなかったことを感謝しているくらいだ」


 全員の視線がデボット、ホルン、ワドに向けられた。

 例年通り集計と共に行われる知見交換で例年通りの景色が広がっていたが、その雰囲気は例年とは違った緊張感あるものになっていた。

 何かがあったということがすぐわかる主語の無い質問と雰囲気。

 注目を集めるのは必然だ。


「まずあそこに集まっていたのは魔力を持っていない新入生のはずです。ですがトーゴ君の周囲に集まったのは間違いなく魔力でした。しかもあれはトーゴ君からではなく周囲の魔力を集めている感じでした。あんな芸当、私は勿論私の師匠もできません。あの時の反応からしてデボットさんは何か知っていますよね」


 それだけを聞いた者は、頭に大量のハテナが浮かんだことだろう。

 デボットが担当する新入生は皆魔力を持っていないため、デボットの管轄で魔力の話が出ること自体がそもそもあり得ない。

 だがホルンが問い詰めている現状から実際に起きたこともまた間違いないと分かる。


「そのことについてはトーゴの許可———というより、トーゴの師匠から許可を貰ってからじゃないと後が怖い。そして何か知っているかと言われれば、詳しくは知らないが答えだ」

「相変わらず回りくどい言い方ですね」

「いつもはそうかもしれないが、今回に限って言えばそうじゃない。知らないが、考えられる選択肢が一つだけあったというだけの話だ。実際に見たこともあったが、本当に片鱗しか似ていなかった」

「彼の師匠は誰か知っているのだな。俺も近くで見ていたがさっぱりだった。あの歳であそこまで肉体活性を使えるのだから、彼の師匠は相当の手練れであり、かなりスパルタ指導者のようだ」

「知っている……というか、何て言えばいいのか……あー、チクショウ」


 デボットは頭をガシガシと搔きながらため息を漏らした。

 口下手で回りくどく言う事は多くても、ここまで判断に迷っているデボットはとても珍しいことだ。トーゴがやったことはそれだけ重大なことだったとも言える。


「すまん、やっぱり俺には言えない。唯一言えるのは、俺の担当は魔力を持っていない新入生なだけで、魔力を使えない新入生ではないということだ」


 持っていないことと使えないことは別問題というデボットに、全員が疑問符を浮かべる。魔力を持っていないものが魔力の使い方を知っているというのはあり得ない話だ。感覚的には全く知らない言語を喋っているのと同じだろう。


「それだけ重大なこと……という認識で大丈夫ですか」

「重大という程でもないが、俺達に情報が回っていない時点で隠すべきことだとは考えている。俺はトーゴと元々知り合いだったから何をしたのか想像がついただけで、知っていたわけではないからな」

「分かりました。その件はもう良いです。あともう一人だけ、伺いたいことがあります」


 あと一人。

 これも見ていた者なら誰もが分かる人物だった。

 トーゴと並び明らかに異常だったと言わざるを得ない存在。


「申し訳ないが、それはこの場を交えて議論したい点だ。俺の知識だけでは足りない部分が多すぎる」

「私もそう思います」

「お前達本当に災難だったな……」


 思わず他の教官から同情が漏れだした。

 デボットは魔力を持っていないため、魔力を使わないスキルは粗方知識として入れている。またホルンも魔法のスペシャリストだ。その二人がかりでも分からない問題が二つも起きているのは、第三者視点から見ても不運としか言いようがない。


「そいつはロイドというんだが、まず剣のスキルの熟練度が異様なほどに高い。それこそ俺が何のスキルを使われたのか分からない程度にはな」

「加えて彼は剣のスキルについて特異体質を持っていると思います」

「俺も審判をしていて感じた。あれは加護だな」

「そうですね。それも二つ以上は確実に」


 加護とはその使用魔法やスキルの強化、魔力消費の低減、専用魔法やスキルの使用可能などその性能を開放、特化してくれる特異体質の事だ。

 たとえばレイオスは精霊の加護を所有していると言われており、他にも勇者の加護などの職業的な加護やその分野に特化した加護など様々な種類の存在を確認しているが、絶対不変の規則があることも分かっている。

 それが、同じ加護が二つはないということ。


「そして間違いなく分かる加護が一つある。それが、剣の加護だ」

「———いやそんなはずはないだろう。剣の加護は英雄イース様が持っている」

「ですが剣に関する加護で現状確認できているのが剣の加護のみです。私もワドさんもそれが剣の加護であることは同意見です」

「見ていた限り、そうとしか言い様がない。同種の加護の可能性は否定できないがな」

「三人が言うのであれば、その根拠があるという認識で良いのか?」

「ああ、だがまずは実際に戦った俺からその内容をおおまかに話す」


 三人もそう判断しているのであれば信用度はかなり高いと言えるが、前例がないことをおいそれと納得がいくはずもない。証拠を問うのは当然だろう。


「まず少年の名前はロイド。第三試験開始直後、いつも通りに重圧を使って試していた。ロイドは自分で言っていたように耐性が無いらしく、他の新入生と同様に最初は止まったがすぐに私に立ち向かってきた。まあここまでは第二試験までを見て想像は付いたのだが、そこからがあまりにも異常だった」


 数時間前に起きたことを語るデボットは、本当に信じられないものを見たという表情でそのまま続けた。


「ここにいるやつはほとんど俺の第三試験を見たことがあるから分かると思うが、攻撃の際に俺はいつもどおり最初よりも強力な重圧を合わせて動きを鈍らせようとした。だがロイドは全く同じタイミングでその重圧から逃げるように横に逸れ、それを躱したのだ」

「しかも発動直前に完全に読まれていたかのように、重圧の範囲ギリギリで避けましたね」

「そうだな。だから俺も肉体強化を使って戦った。重圧も本気で使っていたし、フェイントも使った。肉体強化は本気を出してはいないが、それでもロイドは肉体強化も使っていない生身だ」

「最後はデボットさんが本気を出して結果的に決定打にはなりましたが……」


 言い淀んだホルンにまさかと思った教官は少なくない。


「あくまで受け流しきれなかっただけだった。肉体活性をある程度使えたなら、それも決定打には成り得なかっただろう」


 ここまで言えば誰もがその真意に気が付くだろう。

 この場の全員がデボットの本気を生身で受け流せるかどうかと聞かれれば否と答えるが、それが来ると分かっているのであればやりようはいくらでもある。

 つまりはそういうことだ。


「その一分間の試合全ての動きを見切られていたということか」

「見切られていたのではない。完全に予知されていた。俺が攻撃する前にその攻撃の対策行動を取っていたのだ」

「それが二つ以上加護を持っていると考えている理由か」

「そうです。あそこまでデボットさんの動きを避けられるのは予知系の加護しかあり得ないと考えました。ですが予知系の加護など種類が限られていますし、何よりその全員の使い手が判明しています。そうなると———」

「新しい加護の可能性もあると」


 加護の存在が明らかになったのは天職が分かるよりも前だ。それから何百年とかけて様々な事象が加護と判定され、十二年前に判明した精霊の加護を最後に新しい加護は見つかっていない。

 新しい加護の可能性というのは景気の良い話ではあるが、彼らはそれよりも前に問わないといけないことがあることに気が付く。


「一先ずその件は置いておいて、剣の加護だと考えられる理由はなんだ」

「ああ、それはロイドの使うスキルが関係している」

「スキルか。武器のスキルはどれも取得がとても難しいが、どんなスキルを使ったのだ?」

「それは見ていた俺から言おう」


 デボットから引き継ぐ形でワドが疑問に答えた。

 見たのにも関わらず、俄かには信じられないと言った様子で。


「一刀無極、陽炎万刀ようえんばっとう雲竜風刀うんりゅうふうとう、そしてこれは確実ではないが———」

「ちょっと待てワド!」

「———恐らく剣舞けんぶを使った可能性が高い」

「ッ!? デボット、ホルン! それは本当なのか!」


 それを聞いていた教官の一人が怒鳴るように問い詰めた。

 今名前を挙げたスキルは全て剣の最上級スキルであることに加えて、全て魔力消費があるスキルたち。全て英雄イースが扱うとされる剣の最上級スキルであり、先に挙げた一刀無極が彼の代名詞というのであれば剣舞は彼の奥義だと言われている。

 最もその奥義を見たことがある者はほんの一握りのため噂から判断しているだけではあるが。


「すみません、私は剣のスキルに関しては疎くてあまり分かりませんでしたが、魔力を使うはずのスキルが魔力なしで行使されたことに関してはそうだと言えます」

「俺も厳密に言えば違うと思うが、ルーツとなっているのは今言ったスキルで間違いないと思っている。実際肉体活性を使っていたから力業で対処できただけだ。剣舞に関しては何とも言えないが、全て見たこともなくとも聞いたことはあるスキルではあった」


 情報から考えるなら確かに剣の加護を持っていると考えるのが普通だ。

 普通なのだが、前提として加護が被ることは無いという概念が存在している以上こうやってこの場に話を持ち込んできたんだろう。

 新しい加護かもしれないという期待や何故魔力の必要なスキルを使えるのかという疑問など、様々な感情によって雰囲気が定まらない中庭。

 そこに、一つの人影が現れた。


「何か考えこんでいるようだな。私が聞こうか」


 その声音と共に、教官全員思考がクリアになっていくのを感じた。

 全員が聞き馴染みのある声で、この学び舎においてもっとも権威を持っている女性。


「ギルドマスター」


 全員が即座に立ち上がった。

 バルカンのギルド統括人であり、学び舎の学長。

 ギルドマスターの中ではかなり若手であるが、十二年前にバルカンへ現れたドラゴン襲撃ではバルカンの守護者と呼ばれる人物とレイオスの三人で撃破しており、五年前の第五次バーン大陸奪還戦では上位魔族を単独で撃破している実力者だ。

 バルカンのでは例の魔力を持たない戦士が最強と言われているが、バルカン全体で見た時の最強はギルドマスターかバルカンの守護者のどちらかだと言われている。

 さらに加えるなら三十年程前の第二次バーン大陸奪還戦から参加しているため最低でも齢四十の半ばと言われているが、溢れる漢気と見た目二十代後半にしか見えない姿から詳しい年齢を知る者はいない。名前を知っている者も非常に少ない謎に包まれている人物と言える。


「バルカンには明日お戻りになる御予定だったとお聞きしておりましたが」

「気になる奴が数人いたのでな。急ぎで帰ってきたのだがこんな時間になってしまった。それで話題になっているのは何人だ?」

「トーゴとロイド。その二名です」


 何人いるかという問い掛けにより再び全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 その二人以外にもこれほどの話題になる新入生がいたということなのだろうか。

 少なくとも三人以上いなければその聞き方にはならないはずだ。

 それを聞いたギルドマスターは教官全員の目を一巡し、納得したかのような表情で続ける。


「そこの二人か。トーゴはデボットが知っているだろう。どこまで話した?」

「私の独断では話せないことだと思ったので、詳しいことは何も話していません」

「良い判断だ。ロイドについては?」

「恐らく二つ以上の加護を持っていること。そのうち剣の加護と相手の行動を予測する、または未来を予測するなど予知系の加護はあるのではないかという話になっています」

「予知か……なるほどな」


 何とも意味深な反応だ。

 剣の加護を持っていると聞いた際には一切反応を示さなかったギルドマスターは、予知の加護の話を聞いた瞬間に考え込む仕草を見せた。


「トーゴ君には師匠がいると伺いましたが、ロイド君にも師匠はいるのでしょうか。それこそイース様やレイオス様とか」

「いや、イースもレイオスも違う。イースはフェンナン大陸で沿岸の防衛をしているし、レイオスはバーン大陸の防衛と治安維持に忙しいからな」


 英雄を呼び捨てにすると周りから白い目で見られることが多いのだが、彼女もまた英雄級の強さを持っていること、その両名と面識があることは周知の事実であるため全く気にならない。

 それにしても何とも流れるような嘘だろうか。

 真実を織り交ぜた嘘程分からないというのは本当だったとデボットは実感した。

 だがもしイースが師匠ではないとするなら、いよいよロイドの熟練度高さに説明がつかなくなる。


「二人ともその実力を得るためにかなりの苦労をしている。向こうが自分で話すまでは詮索せずに普通の生活を送らせてやってくれ。他にもそういった者はいるが分かったとしても同様に頼む」

「分かりました」

「それに強さだけで言うならミルキやアルスの方が上だろう」

「それは……そうですね」

「明日は個人戦だ。これから組み合わせを決めるのだから早々に結果を纏めた方がいいぞ」


 気になることは多いが確かに実力でいえばミルキやアルスの方が上だ。

 人に言えないことはたくさんあるし、教官たちにも当然いくつかある。

 ギルドマスターは激励(?)の言葉と共にその場を後にして、中庭には教官達が取り残された。


「さあ続きをしようか。個人戦のトーナメントも作らないと———」

「個人戦についてですが、私から一つ提案があります」


 再発の腰を折られたデボットは一瞬顔を顰めた。

 だが提案があるのならば聞かなければならない。


「どうした?」

「ギルドマスターは気になる新入生が何人かいるような言い方でした。正直議題に挙げるまでも無いと思って言いませんでしたが、確かに気になる人物はいました」


 ホルンに続くように、数人の教官が同じように声を挙げた。

 そう何かしら一芸を持っている人物を比較的見慣れている教官たちがそう言うということは、つまりはギルドマスターが言っていた気になる人物に当てはまる可能性が高い。


「その子達を全員同じグループにしませんか? そこでライバルと巡り合って切磋琢磨できる環境が生まれると思いますし、対抗戦で有用な人物も見つかりやすいと思います」

「ふむ、一理あるな」


 ホルンの提案はそのまま採用され、結局作業は一時中断となった。

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