春季都大会

第87話 都大会ドロー抽選会

 ゴールデンウィーク前の平日。

 都内のとある講堂にて、高校テニス春季都大会団体戦ドロー抽選会がおこなわれた。

 ドロー抽選会とは、都大会に出場するすべての学校の代表者が集まってクジを引き、トーナメントを決める会である。昨年度都大会の上位に君臨する学校は『シード校』として、ほかの学校よりもひと試合少なくなる。

 とはいえシード校がひと試合目で負けることもあるので、かならずしもシード校がいつでも上位に勝ちあがれるとは限らない。十年前の才徳学園のように、秋季神奈川県大会においてノーシードからのし上がり、県大会優勝、関東大会優勝、全国優勝という快挙をなし遂げた例もある。

 さすがにそこまでは望まないものの、今春季大会では我らがどうにか爪痕を残したい──と野望を抱く凛久と蓮である。


「抽選会なんてはじめてだー。個人戦のときは谷先生が引きに行ったから──」

 桜爛テニス部部長として、凛久が来た。

 おなじくサポート役でついてきた副部長の蓮が、講堂に書かれた矢印に従って桜爛大附の席へと凛久を誘導する。きょろきょろとせわしなく周囲を見わたして、まったく前を見ないで歩くものだから危なっかしくて見ていられないのである。

「ちょっと落ち着けよ。田舎からのおのぼりさんみたいで恥ずかしいだろ」

「お、おう」

 そうだな、と凛久は席につくなりシャンと背筋を伸ばす。

 ちなみに個人戦は四月末ごろに開催された。桜爛からは雅久、秀真、新名、乙幡の四人がエントリーし、そのうちの雅久はベスト4にまで入ったため、つぎの関東大会への進出が決まったところだ。雅久が大会を勝ちあがるのはそれほど珍しいことではない。とはいえ、桜爛大附から関東大会へ進出するのは数年ぶりの快挙。校内ではすっかり大盛り上がりである。

 さて、ほかの学校の代表者たちも続々と講堂へ集合した。周囲の席が埋まっていく。ほとんどの校名は聞き覚えのないところばかりだが、いずれにしろふたりの目にはすべての代表者が強者に映る。

「高校受験のときも、こんな感覚になったよな」

「うん。まわりの人がみんな優秀に見えるってやつだろ、オレそれだけで緊張しちゃったよ」

「こんなに参加校がいるなかで──おれらの目標、こいつらの頂点に立つってんだろ。だいじょうぶかなァ」

「え~ッ、蓮は弱気になるなよ。弱気になるのはオレの役目だろ!」

「どういうことだそれは」

「オレが弱気になってるところを、いつでも励まして背中押してくれるって役目なんだから。蓮が弱気になったらオレもっと弱気になるぞっ」

「威張って言うな、そんなこと。でもしょうがねえよな、こんだけみんな強そうなんだもん」

「そうだよ。しょうがねーよ──」

 なんて頼りない発言だろうか。

 このままどんどん自信を失くしそうなので、凛久と蓮は周囲を見ることをやめた。すると背後から、

「よっ。早かったな!」

 おもむろに肩を叩かれた。

 ふたり同時にくるりと振り向く。

「アッ」

 凛久がパッと笑みを浮かべた。

「白泉の伊達さん!」

「よかったー知り合いに会えて」

 蓮もホッと肩の力を抜く。

 そこにいたのは白泉大附高の伊達公貴と、もうひとり見知らぬ女子生徒。気の強そうな瞳の女子は、桜爛のふたりを一瞥すると「またあとで」と伊達に声をかけ、そそくさと別の場所へ移動した。

「高宮兄、関東進出したな。おめでとう」

「あっ、伊達さんもでしょ。おめでとうございます! それよりいまの人──マネージャー?」

「え。ちがうよ、うちの女テニ。抽選会って団体戦は男女おなじ会場でやるんだよ」

「へーそうなんだ!」

 どうやら男子テニス部からは伊達のみが来たようで、桜爛大附のとなりにドカリと腰かける。

「忽那先生が言ってたけど、桜爛ってむかしは女テニも強かったんだろう。いまはないの?」

「うーん……女テニはおれらが入学したときからもうなかったよな、蓮」

「ああ。男テニよりずいぶん早くに廃れちまったみたいで」

「そっか。まあでも七浦コーチがいるうちに、おいおい女テニも復活するといいな」

「そっすね。つってもまず、男テニのレベルが確立されるまでは七浦コーチには男テニに注力してほしいっすけどね」

 と、蓮がわらう。

 それを聞いた伊達は「楽しみだなあ」とすこしさみしそうに笑んだ。

「七浦コーチにしごかれたお前らが今年度の秋季、どれだけ活躍するのか──現役で見たかったよ」

「そっか、伊達さんって今年の夏には引退……」

「ああ、この春季がさいごの大会になる。うちも去年忽那先生が赴任してきてようやく勝てるようになってきたところだから、これからがもっと楽しみなんだ。羨ましいよ。うちの後輩たちも、お前らも。まだあと丸一年以上あの人たちとテニスできるんだから」

 昨年末の強化合宿に参加したメンバーのなかで、唯一の二年生だった伊達。

 四月から最高学年となり、この春季大会で敗北すればその時点で引退となる。個人団体のどちらかで勝ちあがり、夏のインターハイまで残ったとしてもそれまでだ。九月からは本格的に受験生へと転身することになる。

 凛久は眉を下げた。

「伊達さん、進路はもう決まってるんですか?」

「うちはエスカレーター式だからね。内部受験はあるけど、まあそれなりに勉強すればふつうに持ちあがれるよ。受験に関してはそこまで心配ないんだ」

「じゃあ引退してからもOBとして部活に遊び来られるわけですか」

「まあな。でも、先輩がいつまでも居座ったらやりづらいだろ。参加するにしてもたまにだろうな」

「えー、桜爛はぜんぜん気にしないッスよ。だっていまもしょっちゅうだれかしらコーチ陣が遊びに来るんだもん。いちばん多いのは姫川コーチだけど──今後は伊達さんも、伊達コーチとして待ってますから!」

「あっはは、そう言ってもらえるとうれしいぜ」

 といって伊達は無邪気にわらった。

 それからまもなく、講堂ステージ上にあがった大会運営者の掛け声により、高校テニス都大会トーナメント抽選会がはじまった。


 校名を呼ばれた選手が立ちあがる。

 初めにクジを引くのはシード校ではなく、一般校らしい。席順で決められた順番により、テンポよくクジが引かれてトーナメント表に校名が埋まってゆく。

 凛久はわりかし早い方だった。桜爛と白泉が立てつづけに呼ばれたため、凛久と伊達はそろって壇上へとあがってゆく。蓮はあくまで付き添いのため席で待機だ。ちなみに白泉大附は昨年度の都大会でベスト8入りこそしたものの、実績が多くなかったためシードではない。

 ひいたクジを運営者に渡す。

 トーナメント表に名前の札が貼られてゆく。なんと幸運なことに、Eブロックの大山を引き当てた。ほかのブロックではシード校がおさまる場所だ。つまり小山を引いたほかの一般校より、一ラウンド勝ち上がった状態からのスタートということになる。

 つづいて伊達が引いた。

 白泉大附はBブロックの小山だった。凛久は内心でホッとする。BブロックとEブロックならば決勝戦まで当たることはない。ふたりは互いに顔を見合わせて改めてほう、と安堵の息を吐いた。

 それから十五分ほどしたのち、シード校の抽選がはじまった。


「愛染学園、Aブロックシード」


 会場がざわつく。

 愛染学園といえば、凛久と蓮にも聞き覚えのある名前だった。関東大会でもベスト4に残っていたかなりの強豪校といえる。

 愛染はAブロックか、と伊達は苦々しくつぶやいた。

「こりゃあ準々決勝あたりで当たるな」

「関東でベスト4に入ってた学校ですよね。都のなかだとやっぱり優勝候補ですか」

「ああ、昨年度の秋季都大会では優勝していたっけな。あそこは桜爛がまだ王者だったころも、つねにベスト4圏内には入る実力をもった学校だ。十何年もコンスタントに実力を継続しているチームだから、油断できないって忽那先生はおっしゃってた」

「愛染学園──たしか関東大会で蜂谷コーチと黛さんが偵察してたよな、蓮」

「うん。まあ、おれらは幸いに決勝まで当たらねえよ。白泉が早々に愛染をつぶしてくれたら、ずいぶん楽になるんですがね。伊達さん」

「俺だってそうしたいさ。そうでもしなきゃ、そこで団体は引退だからな。……」

 と言って、伊達は苦笑した。

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