第13話 迫り来るもの


 宝石型の作動スイッチが仕掛けられた通路、天井が落ちて来る広い部屋を抜けた僕達を待っていたのは、真下にマグマが見える一本橋。

 下から途方もない熱気が立ち込めるそこに掛かった橋は、木製なのも相まって今にも落ちそうだ。


「……ここを通るの?」

「そう、じゃないかな……」


 今まで通って来た所も中々に危険な場所だったが、ここはその中でも断トツで危険だ。


「ここを一気に行くのは流石に危ない、かぁ」


 先程と同じ様に一気に通ろうとしていたエルンも、橋の状態を見てそれを躊躇う。

 強度の問題もあって四人で通るのも避けた方が良いだろう。


「取り敢えず、橋全体を私の魔術で保護しておきます」

「ありがとうレナ」


 箸を渡る前に、レナが壊れそうな橋を魔術で補強する。

 水の膜で覆われた事で下から迫る熱気からも橋を守ってくれるはずだ。


 それにしても、これだけの大きさの物を対象に魔術を使っても魔力切れの気配を見せないレナは一体どれ程の魔力を保有して居るのだろうか。

 ……まぁその疑問はともかくとして、今回はエルン、レナ、僕、リベラの順で渡る事にした。


「じゃ、お先に行くね」

「いってらっしゃい、エルンちゃん!!」


 意気揚々と橋を渡るエルンは、眼下のマグマにも臆せずどんどん進んで行く。

 だが彼女が半分ほど渡った所で異変が起こった。


「あれ、さっきまで火の粉なんて舞って無かったよね?」

「本当だ。まさか……」


 異変に気が付き下を見ると、大分下にあったはずのマグマが次第にせり上がって来ていた。

 もしこの高さまでマグマが迫って来たとしたら、レナの掛けた魔術だけでは到底橋を防ぐ事は出来ないだろう。


「この遺跡、流石に難易度高過ぎない!?」


 エルンもそれに気付いた様で、壊さない様に注意しながらも素早く橋を駆け抜ける。


「補強してあるお陰で二人までなら行けるはず……。レナも急いで行った方が良い」

「はい、分かりました!!」


 彼女がもうすぐ渡りきる、と言う所でレナも橋を渡り始める。

 魔術で補強したのが幸いしてか橋が延焼する気配はなく、強度についても二人までなら何とかなりそうだ。その間にも眼下のマグマはジリジリと確実にこちらへ距離を詰めている。


「あ、熱くなって来た……」

「流石にマグマを想定した道具は無いし、不味い……」


 せり上がって来るマグマの熱気が僕達を襲う。

 じわじわと焼ける様な熱さが身体を包み、このままだと荷物にも火がついてしまいそうだ。


「二人も早く!!」

「「分かった!!」」


 先に渡っていたレナも無事に対岸へ辿り着いた様で、切羽詰まった表情で僕達を呼ぶ。

 急いで二人の下へと走り出した僕達に向かって、今度は左右から火球が飛んで来る。


「うあっ、今度は火の玉!?」

「急ごうリベラ!!」


 僕達を狙って飛来する火球だったが、それを見たエルン達が魔術を使って幾つもの火球を撃ち落とす。レナ自身は攻撃魔術を扱えない為、彼女の支援を受けたエルンが水球を投げつけ、的確に火球に向かって叩き込む。


「『水鏡』!!」


 それでも抜けて来た幾つかの火球を、僕が唯一使える水魔術で防ぐ。

 魔術の行使中は足を止めなければならない為、火球に対抗出来る術を持たないと言う点も加味してリベラを先行させて橋を進む。


 向こう側への距離はあと僅か。

 リベラは一気に橋を駆け抜け、無事に二人の下へ辿り着いた。


「お兄ちゃん!!」

「今行く!!」


 残る一人となった僕は、迫る火球に意識を向けずに走りきる事だけに集中する。


 マグマはもう足元まで迫っているのか、熱気で体中が汗ばむ。必死に脚を動かし、橋の真下までマグマが辿り着いた所で僕も三人の下へと倒れ込む様に飛び込んだ。


「よし、急いで先に向かうよ!!」

「ごめんなさいリオン君、ちょっと引っ張ります」

「立ってお兄ちゃん!! このままマグマが上がって来たら危ないよ!!」


 マグマの上昇は止まっている様に見えるが、再び上がって来たらこの場所も呑まれてしまう。

 それに加え、ここで休んでも熱さでまた体力を持って行かれるだけだろう。


 レナとリベラに手を貸して貰い立ち上がると、三人で先導するエルンの下へと駆け込みこの場所から脱出を果たした。


「さ、流石に疲れたね」

「私も今は立ち上がれません……」


 遺跡はまだ続いている様だが、流石に今すぐ進む気にはなれなかった。

 二度目の休憩を取ってしっかりと回復した後、残りの道を踏破すべく進みだす。


「今度は水場か」

「それにこの奥に最後の部屋が見えるよ」


 そして最後に僕達を待ち受けていたのはとても深い水場。

 水はとても澄んでいて美しくはあるが、それだけに底が見えない恐怖が真っすぐ伝わって来る。


「新しく編み出した魔術でしたら泳がずとも進めますが、どうしますか?」

「そうして貰えるとありがたいけど、魔力の方は大丈夫?」

「はい。先程の休憩で少しは回復しましたから、まだまだ残ってますよ」


 泳ぐのにまた体力を削られるな、と考えていた所でレナが魔術を使ってここを突破する事を提案する。彼女も遺跡内で大分魔力を消費しているはずだが、先程の休憩で幾分か持ち直したようだ。


「それじゃあ、お願いしても良いかな?」

「ええ、勿論。―――『浮水の輪』」


 レナが魔術を使うと、僕達の身体に水の輪っかが形成される。


「これで水に触れても沈む事無く進めるはずです」


 そう言われて試しに水場へと足を踏み出すと、不思議な感覚と共に自由に水面を歩けるようになっているのが分かった。


「やっぱりレナちゃんは凄いよねぇ。こんな魔術まで使えるなんて」

「攻撃魔術が扱えない分、この位のサポートは出来る様にしたくて……。この前の沼地みたいな場所の為に生み出した魔術でしたけど、こんな形で役に立つとは思いませんでした」


 初めて会ったあの時、沼地に沈むエルンを一人で助けられなかったのを気にしていたのだろうか。探索の助けになる様にと新たな魔術を編み出した彼女の姿は、とても頼もしく思える。


「それじゃあ張り切って行こう!!」


 先程までの部屋と同じ様に何かしらの罠が設置されているのかと思ったが、どれだけ進んでも仕掛けが動くような気配はない。

 そのまま泳ぐ事無く水場を進んだ僕達は、何事も無くこの水場を踏破してしまった。


「あれ、何か最後なのにあっけなくない?」

「まぁまぁ。何も無くて何よりだよ。それより、お宝はもう目の前だよ」

「うわーい、お宝だー!!」


 余りの呆気なさにエルンは拍子抜けするが、帰りの厳しさを考えればここくらいは何も無い方がありがたい。早々にこの場から離れ、遺跡最奥の宝箱の前へと進んで行く。


 この遺跡の事だ、宝箱にも罠を仕掛けて居るだろう。

 そう思って確認をしてみるが、どうやら箱には何も仕掛けられていない様だった。


「さぁ、何が出るかなー?」

「楽しみですね」


 確認を終えて皆で箱の蓋を持ち上げる。

 すると、そこには一振りの美しい刀と、光を反射して紅の輝きを放つネックレスがあった。


「うわぁ……綺麗……」

「この刀も凄いね……。素人目に見てもよく業物って感じがするよ」


 皆が宝に見惚れていたその時、急に遺跡内が激しく振動し始めた。


「な、何これ、罠!?」

「分からない。この場所が崩れてる訳では無いみたいだけど……」


 遺跡全体が震えて居るせいで動きたくても動けない。

 帰り道が塞がれているかも知れないと言う不安を抱くも、そうなって居ない事を祈るしかない。


 しばらく経ち、振動が止まった所で急いで部屋を出ると、そこには先程まで広がっていた水場が消え、何の変哲もない通路へと変化していた。


「これは一体?」

「……取り敢えず、気を付けながら帰ろう」


 遺跡から脱出するため、通った時とは違う場所を慎重に進む。

 だが罠の類は完全に排除されているのか、何かが反応する気配は無かった。


「もしかして、遺跡を攻略した結果罠が消失したのでは?」

「どうだろうね。次の所で分かるかも」


 水辺の先には煮えたぎるマグマ地帯が広がっているはず。

 そう思って進んだ先では、先程の水場と同じ様に何の特徴も無い通路が僕達を待っていた。


 せり上がるマグマも、壊れそうだった木橋もここには見当たらない。


 変化は他の場所でも起こっており、今まで通って来た道全てがただの通路へと変わり果てていた。そのお陰と言って良いのか、帰りは最後まで何も起きることなく出口へと辿り着いた。


「よく分からなかったけど、あの難易度の場所をもう一度通らなくて済んだのは良かったね」

「うん、流石に帰りもあれを通るのは厳しかったからね」


 何はともあれ、今回も無事に遺跡から帰って来れた。

 依頼の達成報告をする為にも、僕達は早々にギルドへの帰り道を歩き出したのだった。

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