第12話 天井の仕組み
規則的な動きで上下を繰り返す天井。
それは床に接触する度に重く響く音を立てて僕達の恐怖心を煽る。
「私達が部屋の前に辿り着いた瞬間、中の罠が作動したんです」
「魔力感知式っぽいから、多分解除出来ない気がするなー」
解除出来ないとなると、あの仕掛けが起動した状態でこの部屋を通り抜けるしかない。
だが、あの勢いで叩きつけられる天井と地面に挟まったら助かる見込みは無い。
失敗が許されない以上、一度体力と気力を回復させるためにも、部屋の直前で一度休憩を取る。
「あれは凄いね……、私でもちょっと恐怖を覚えちゃうよ」
「でも動きは規則的に見えるから、法則を割りだせば安全に抜けられそうだ」
休憩の為に地面に魔除けの杭を打つが、あまり意味は無いかも知れない。
と言うのも、この遺跡が魔物の出てこない遺跡である可能性が出て来たからだ。
最初の通路に設置されていた宝石の接触感知式の罠に、次の部屋の魔力感知式の罠。そのどちらも露骨に侵入者を意識した配置だ。
そう考えると、この遺跡は罠による防衛に特化した場所である可能性が高い。
魔物が居る可能性も無くなっていないが、少なくともこの付近に居る気配はない。
それでも用心の為に杭を打ち終えた僕は水筒を取り出して水を一口含む。
今回も果実水を作って持って来た。疲れた体に甘味が染み渡り、疲労が一気に抜ける様な感覚を覚える。
一息ついた所で、僕は改めて内部の仕掛けを観察する。
八つに分かれて動いている天井は一つ一つ落下のタイミングが違う様で、一番手前の天井が落下した後に幾度か連続して重低音が遺跡内に響き渡っている。
「どうしよう、一番手前が最初に落ちて来る所為で奥の落下の法則が分からない……」
「全部同時に元の位置に戻ってるから、下手な事するより走り抜けた方が早いんじゃない?」
エルンはけろっとした顔で言って見せるが、この部屋はかなり長い。
走り抜けるにしても間に合うかどうか……。
「その必要は無さそうだよー。あそこ見える?」
リベラが指差す場所をじっと見てみる。
壁を指している様だが、一体何があるのだろう?
「あ、リオン君。あそこに窪みがあるの見えるかな?」
「……本当だ。二人共よく気が付いたね」
よく見てみると、両方の壁に人一人程が入れそうな隙間がいくつか並んでいる。そこに避難すれば迫って来る天井に押し潰されずに済みそうだ。
「僕が先に行こうか?」
「それは構いませんけど……大丈夫ですか?」
「分からない。けど、誰かが行くしか無いから」
まずは僕が部屋へ進み、仕掛けの攻略を試みる。
部屋の内部でもう一度壁の窪みを確認すると、思ったよりも大分狭い。遠目で見た時にも感じたが、身を寄せる際に気を付けないと鞄を挟まれそうだ。
数回程、天井の一連の動作を見聞きし、身体で天井の動く感覚を捉える。
そして何度目かの上昇を始めた瞬間、この部屋を抜けるべく駆け出し始めた。
「ふっ!!」
まず一つ目の窪みに身体を滑り込ませる。
天井が落ちて来るにはまだ時間があるが、焦って動くよりも余裕を持って行動した方が安全だ。
少し間を開けて天井が落ち、その衝撃の強さに身体が強張りそうになるのを抑えて再び動き出す。
窪みは全部で三つ。
直ぐに二つ目の窪みまで到着したものの、一つ目の時よりも落下が早くなった気がする。
(これは、行けるか?)
窪みは残り一つ。そこを越えたら、後はもう全力で走るしか無い。
再び天井が上昇を始めると同時に次の窪みへと駆け出す……が、
「リオン君、落ちて来るまでが速くなってる!!」
「気を付けてお兄ちゃん!!」
やはり落下までの間隔が短くなっている様だ。
「急がないと……!!」
どうにか三つ目の窪みに身体を滑り込ませた瞬間、全身に響く様な衝撃に襲われる。あと少し遅れて居たら、と考えると残る僅かな距離ですら進むのを躊躇いそうになる。
「落ち着け、大丈夫、きっと出来る……」
窪みで立ち止まっている間にも、間近で何度も音が鳴り響く。
それから意識を逸らす様にしながら息を整え、気分が落ち着いて来た所で、目指すべき終点を見据える。
安全地帯まではそこまで遠く無い。だが、天井の落下速度が最初とは比べ物にならない程速くなっている所為で、全力で走ってなんとかと言う所だろう。
慎重にタイミングを見計らい、ここぞと言う所で一気に飛び出した。
「く、おおおっ!!」
背後から迫る轟音が身体に響く。
あっという間に距離を詰められ、間もなく頭上から天井が落下するギリギリの所でどうにか部屋の反対側側へと辿り着いた。
「はぁ、はぁ……。何とか、なったな」
無事に仕掛けを越えた事で安心してしまい床に倒れ込む。
だが、まだみんながここを越えた訳じゃない。
気合で身体を起こし、こちら側に仕掛けを止めるものが無いかを確認する。
しかし僅かな期待も虚しく、この罠を停止させられるような物は見当たらなかった。
「お兄ちゃん、何かあったー!?」
「何にも無かった!!」
天井へと仕掛けが戻って行く間に言葉を交わす。
遠くに居ても響くリベラの声に負けないよう、腹の底から声を張り上げる。
罠は再び元の位置に戻ると、最初と同じリズムで地面への落下を始めた。
「後は皆を信じるしか無い、か」
既に三人もこの仕掛けの要点については分かっている筈だ。
心配なのはレナがここまで辿り着けるかどうかだが……。
そう考えている間にリベラがこちらに向かって手を振る。
どうやら彼女から先にこっちに向かって来る様だ。
リベラはタイミングを見計らい、危なげなく一つ目の窪みへと身を隠す。
彼女がそこへ辿り着いた事で再び落下速度が早まるはず……。
緊張しながら天井が上昇するのを見ていると、リベラは反対方向の壁に向かって指を差す姿が視界に入る。
「あれは、何をするんだろう?」
一人、何も知らない僕はその意味が分からずに首を傾げる。
そんな僕に構わず、通れる程の隙間が出来た瞬間にリベラは走り出した。
ーーー反対方向の窪みへと向かって。
「え?」
何故かこっちに向かう事なく反対の壁を目指した彼女は、多少落下が速くなった天井もするりと躱して窪みへ逃げ込んだ。
再度天井が床を打ち、仕掛けが上昇しなおす。
だが、そこでリベラは動く素振りを見せずにその場に留まり続ける。
そして再び天井が落下を始めた時、ようやく彼女の行動の意味に気が付いた。
「落下速度が変わって無い?」
僕が一つずつ窪みを進んで行った時にはどんどん加速していた落下速度が、今回は変化していない。
リベラにとっては想定通りだったのか、今度はまた一つ進んだ所へと滑り込んで行く。
今度は天井の落下速度が上がり、床を叩く頻度が増え始めた。
恐らく、ここの窪みには魔力感知で天井の動きを変化させる仕組みが組み込まれているのだろう。
窪みへ身を寄せると、進んだ距離に応じて天井の落下速度も次第に速くなって行く……そんな仕掛けだ。
「これなら、エルン達も大丈夫そうだね!!」
その事が分かると共に、リベラはさっさとこの場所を突破し、難なく僕の所へと辿り着いた。残るはエルンとレナだが、何やらレナが荷物に魔術を掛けているのが見える。
「お兄ちゃん準備しておいて。エルンちゃんからお届け物が来るよ」
「えっと、わ、分かった」
何をやらかすのか分からないが、取り敢えずリベラの言う通りに身構える。
「どっせぇい!!」
すると、野太い掛け声と共に、水の膜で覆われた二つの荷物がエルンの手から放たれた。
風魔術を使用してあるのか、鞄は物凄い速度で天井の落下をものともせずにこちらに目掛けて突っ込んで来る。
「嘘でしょ!?」
「来た!! ほら取って!!」
余りの暴挙に驚きながら、超速度で向かって来た荷物を受け止める。
危うく後ろにすり抜けそうになったが、どうにか二人の鞄を受け止める事が出来た。
「それじゃあ次は横に逸れて」
「は、早くない?」
「ほら急いで!!」
今度は何をするのかと向こうに居る二人を見ると、どうやらエルンがレナを抱えているらしく、首元と膝裏に腕を添えて持ち上げている。
レナはそんな彼女の首にしっかりと腕を絡め、振り落とされない様にしている。
「あー、本当にやるの?」
「本気も本気だよ、お兄ちゃん」
最早ここまで来れば何となく察しがつく。
案の定、魔術で身体能力を底上げしたエルンは、天井が上がり始めたと同時に地面を蹴り出しこちらへ向かって突っ込む。
その勢いに初期段階の落下速度では到底間に合うはずも無く、呆気なく罠は通り過ぎて行かれた。
「……最初からエルンに任せておけば良かったのかな?」
「いやいや、リオン君とリベラちゃんが身体を張ってくれたお陰でこの方法でも行けるって分かったんだよ? それに、どう頑張っても私じゃ二往復が限界だしね」
「そうですよ、リオン君とリベラちゃんのお陰です」
二人に励まされた僕は、何となく照れ臭くなって頭を掻く。
「さ、早く進もうお兄ちゃん」
「うん、そうだね」
こうして無事に罠を抜けた僕達は、遺跡の更に奥へと歩みを進めるのだった。
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