第6話 沼地にて

 ギルド街で充実した休日を過ごした翌日。

 英気を養った僕達はいつもより軽い足取りでギルドへと赴いていた。


 六等級へ昇級した事もあり、以前よりも更に選べる依頼の幅が増えた事もあり、僕達はボードに貼りだされている依頼書を見回しながら、どの遺跡へ行こうかと頭を悩ませる。


「む~ん……どれにしようか迷っちゃうね」

「もし心配だったら、また常在遺跡の探索依頼を受けるのも手だけど……」

「えー、折角昇級したのにそれじゃあ勿体ないよ」


 無理せず堅実に依頼をこなすのも一つの手だが、リベラはそれでは満足出来ない様だ。

 かく言う僕も、今より上のレベルの遺跡を攻略してみたい気持ちは少なからずある為にそこまで強く彼女を止めたりはしない。


 悩み抜いた末、今回は新しい遺跡の調査依頼を受ける事した。


「この依頼お願いします!!」

「はい、かしこまりました。……こちらの遺跡には、既にもう一組の探索者の方達も向かっています。もし遺跡内で出会う事があれば、協力して調査を進めて下さい」

「分かりました!!」


 どうやら僕達以外にもこの依頼を受けて居る探索者が居る様だ。

 早速目的の遺跡へと向かうと、そこには確かに先客が入った痕跡が残っていた。


「うわぁ、この地面ぬかるんでるよ……。凄く歩き辛い」

「足を取られない様に気を付けるんだぞ」


 遺跡の内部は湿地帯の様になっていて、掻き分けられた草や折られた低木が既にこの道を通った者がいる事を示している。

 転ばないよう慎重に進んで行くと、次第に開けた場所に辿り着いた。


「あ、魔物が倒されてるよ」

「本当だ。……凄いな、殆どが拳打で倒されてるみたいだ」


 水生魔物の巣窟だったのか数多の魔物の姿が見えたが、そのどれもが先にこの遺跡に入った探索者に倒され、討伐証明となる部位を剥ぎ取られていた。


「うー、つまんないなぁ……」

「そう言わずに。それにそこまで時間が経ってる訳じゃ無いみたいだよ」


 先程通った場所で折られていた枝葉やこの魔物の様子を見る限り、先客との距離はそこまで離れていない。このまま行けば普通に合流するかも知れない。


 魔物の亡骸を通り過ぎ、再び鬱蒼とした湿地へと戻る。

 罠は仕掛けられている様子は無く、先に解除されている訳でも無さそうだが、この沼地では足元すら見通せず動きも鈍る為、万が一引っかかった場合、対処は困難だろう。


 気を引き締めながら歩いて行くと陸地が見え始め、そこで何かを引っ張り上げようとしている少女が居た。


「エルン、そのまま捕まってて!! 私がどうにか引っ張り上げるから……!!」

「ははっ、わたしゃここまでかも知れんね。レナちゃん、例え底無しの沼に沈んでいったとしても、私は命尽きるその時までレナちゃんの事が大好きだよ」

「ふ、ふざけてないで助かる努力をして!!」


 ……一瞬痴話喧嘩かと思ったが、割と危機的な状況の様だ。

 陸地へ登った僕達は直ぐレナと呼ばれていた少女の元に駆け寄る。


「あ、貴方達は……いえ、それよりこの縄を引っ張るのを手伝って!!」

「ああ、言われなくともそのつもりだよ」

「結構どっぷり浸かっちゃってるっぽい? これは気合を入れて引っ張らなきゃだね!!」


 三人がかりで沼に嵌っている少女を引っ張り上げる。

 一人ではビクともしなかった縄はスルスルと引っ張り上げられ、少女は無事に沼からの脱出を果たした。


「いやーありがとう、お陰で助かっちゃったよ。こりゃ私の悪運もまだまだ尽きそうにないね」

「エルンってば、もう少しで沈んじゃう所だったのよ。その事をちゃんと分かってるの?」


 エルンと呼ばれる少女は中々にマイペースな様で、危うく底無し沼に呑まれそうになっていたと言うのに飄々とした雰囲気を崩さない。

 レナはそんな彼女を嗜めながらも、助かった事に安堵している様子だ。


 そうして短い間会話をしていた二人は、少し真面目な雰囲気に切り替わってこちらに向き直る。


「さて、では改めて自己紹介でも。私はエルン。元シスター見習いの六等級探索者だよ。助けてくれてありがとう、ここを出たら一緒にご飯でも食べに行かない? 勿論、私がご馳走するよ」

「エルンを助けてくれてありがとうございます。私はレナ。エルンと同じく元シスター見習いで、今は探索者をしています。等級も彼女と同じ六等級です」


 見習いではあるけど元シスター、か。随分珍しい人達だ。


「僕はリオン、探索者だ。等級は君達と同じで、こっちは双子の……」

「妹のリベラだよ!! エルンちゃんにレナちゃんだね、よろしく!!」

「リオンくんにリベラちゃんか。よろしくねー」


 リベラとエルンは波長が合うのか、自己紹介を終えてすぐに握手を交わす。

 互いに挨拶も済ませた事だし、早速この底無し沼を突破する方法を考え無ければ。


「二人はどうやってここを渡ろうとしてたのか聞いても良いかな?」

「はい。この沼に魔物が居ない事を確認した後、エルンが向かい側まで渡ってそこから縄で荷物や私を引っ張って貰おうとしたのですが……」

「思った以上に足を取られちゃってね。半分まで行った所でうんともすんとも言わなくなっちゃったって感じかな」


 たははーと笑うエルンだったが、僕もリベラも彼女がこの沼を自力で半分も渡れていた事に驚きを隠せない。

 掴み所の無い少女だが、探索者としての実力は意外にも高いのかも知れない。


「うーん、私達の使える魔術の中でこの沼を渡るのに使えそうなのってあったかなぁ?」

「どうだろう。氷魔術だったら、水面を凍らせて通れたかも知れないけど……」


 生憎、僕とリベラは氷魔術を扱う事は出来ない。

 ちらりと二人を見てみると、どうやら二人も使えないらしく力無く首を横に振る。


「私は風の魔法……じゃなかった、魔術なら使えるんだけどね」

「私も扱えるのは水魔術のみですね」


 どうやらエルンは風、レナは水の魔術なら扱える様だ。

 四人の出来る事を纏めて、どうにか対岸へと渡る事は出来ないか考える。


「エルンちゃんの風で一気に向こうまで飛ばせ無いかな?」

「うん、リベラちゃん。流石にそれは私には出来ないし、もし出来たとしてもそれは止めておいた方が無難かな。凄い勢いで地面にぶつかると思うよ」


 若干一名、明らかに危ない方法を試そうとする者も居るが、他三名できちんとした案を出し合い、最終的に一つの案が試される事となった。


「それじゃあ、行くよー」


 気の抜けた声を出しながらも、エルンは風魔術を使って縄を対岸へと放り投げる。

 風で加速された縄はギリギリ対岸へ届いた様だが、沼に浸かってしまった部分から徐々に水中へと引き込まれて行く。


「リベラ、行けるか?」

「うん、任せて」


 縄が完全に沈む前に、輪になった先端が引っかかる様リベラが『岩針』を刺し込む。

 標的が小さく離れた距離だったためか、いつも以上に集中力を要求されたリベラは魔術を使い終わった途端地面へと座り込む。


「ふぅ……次はお兄ちゃんだね」

「あぁ、行って来る」


 向かい側がしっかりと固定されているのを確認し、こちら側から縄を引っ張ってピンと張り詰め、その縄に捕まりゆっくりと、着実に向こう岸まで近づいていく。


 少しだけ時間はかかったものの、無事に陸へ足を付ける事に成功した。


「よし、行けるぞ。次はエルンが来てくれ」

「ほいほい。直ぐそっちに行っちゃうからね~」


 相変わらずふわふわとした返事をするエルンだったが、僕が渡るのに掛かった時間よりも圧倒的に早くこちらへと向かって来た。

 その光景を見て唖然としたのもつかの間、直ぐに意識を切り替え、レナが魔術で保護した四人分の荷物を縄で引っ張りこちら側へ引き込む。


「さ、後は二人だけだよ。落ち着いてこっちに来てね~」


 荷物を運ぶために解いた縄をもう一度固定し、今度はレナがこちらへと向かって来る。だが、


「んっ、ぷ……ぁ!!」

「まっず、今引き上げるよ!!」


 渡りきるまでに腕の力が保たなかったのか、危うく縄を離してしまいそうになったレナを急いで引き上げる。

 間一髪の所で陸へ上がれた彼女は、少しだけ泥水を飲み込んでしまった様だが、自分の魔術で体内を浄化した様で大事には至らなかった。


「ごめんなさい、ご迷惑をお掛けして」

「そんなこと無いよ。レナのお陰で僕達の荷物も汚れなかったしね」


 正直、泥沼に浸かって荷物の一部がダメになる事を覚悟していたので、彼女の魔術はとてもありがたかった。

 あとはリベラが渡りきれば全員渡れるのだが……。


「お兄ちゃん、私も引っ張って」

「何で?」

「私もちょっと渡り切れる自信ないかも……」


 リベラが弱音を吐くのは意外だが、確かに精密な魔術を使ったばかりでは厳しいかもしれない。

 結局、こちらにいる三人で何とか引っ張り上げ、無事に僕達は底なし沼を抜けたのだった。

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