第5話 ギルド街
初めて常在遺跡を攻略した僕達は、その後も毎日一つ定期探索依頼を成功させていった。その結果、たったの七日で新人である七等級を脱し、六等級への昇級を果たした事を先程受付嬢から伝えられた。
本来昇級には複雑な条件があるのだが、駆け出しである七等級から六等級への昇級のみ依頼を規定数達成する事だけが昇級の条件となっているらしく、毎日の様に遺跡に向かう僕達は割と驚異的な速度で六等級への昇級を果たしたそうだ。
……確かにベテランの探索者でも毎日遺跡に潜る訳では無い。
彼らは道具を十全に揃え、十分な休息を取り、万全の状態で探索へと赴く。
そう考えると如何に自分達が非常識な事をやっていたか分かる。
道具の買い込みや装備の点検ばかりに意識が向いていた結果、大切な自分の身体の事を完全に度外視していたのだ。
本当は今日も依頼を受けるつもりだったが、予定を変えゆっくりと休む事にしよう。
「やったね、私達昇級だって。これでもっと凄い遺跡に行けるよ!!」
「そうだね。……でも、今日はギルド街に買い物にでも行こうか」
「あれ? 今日も遺跡に行くんじゃ無かったの?」
僕が当初の予定と違う事を言った事でリベラは困惑する。
何気に今の一言で今日も遺跡に行こうとしていたのが受付嬢にばれ、彼女は正気を疑う様な目で僕達を見る。
「ここ数日、毎日遺跡に行ってばかりで、ちゃんとギルド街を見た事無かったからね。丁度昇級した事だし、ここらで一度しっかりと街を見て置きたいと思ってさ」
その眼差しを背に受け、何とかリベラの意識を遺跡から逸らそうと話を続ける。
「う~ん……。そうだね、そうしよっか」
少し考える素振りを見せた後、リベラもギルド街を見て回る事にした様だ。
彼女の意識を逸らせた事にほっと安堵のため息を吐き、僕達はギルド街へと向かうのだった。
この探索者ギルド本部はアセンブル大陸の中央に位置し、その地理的に様々な国が貿易の際の中継点としてこの場所を通る。
誰もがより安全に、より快適に。そんな数多の商人や探索者の思惑や願望が入り混じった結果、いつの間にかこの周辺が一つの街となる程に発展したそうだ。
「街へ行く前に宿に戻りたいって言ってたけど……何をするんだろう?」
僕達がここに来てからお世話になっている宿屋も、その発展の影響の一つ。
遺跡の調査を終えた探索者や他国へと商品を売買しに行く商人。彼らが寝泊まりする為に建設された数多の宿屋は、探索者や商人であれば比較的安値で利用出来る事で知られている。
そのお陰で新人探索者の僕達も安心して夜眠る事が出来ているのだ。
「お待たせお兄ちゃん。この服どうかな?」
「うん。よく似合ってるよ」
しばらくしてようやくリベラが出て来た。
どうやら街へ向かう為に着替えていた様で、先程とは全く雰囲気が違っていた。
クルクルと回りながら楽し気に服を見せるリベラに、僕は率直な感想を伝える。
褒められて嬉しそうに笑う彼女は、ふと何かに気が付いたようで回転を止め、僕に向かって疑問を投げかけて来た。
「それで、お兄ちゃんは着替えないの?」
「え?」
「……え? まさかその
「うん……。探索者なんだし、別に問題無いよね?」
いつも道具の調達をする時もこの格好だったので、特に着替える必要性を感じない。
そんな僕を見たリベラは、この世界に在るどんな遺跡よりも深いため息を吐く。
「うん、分かった。今日はお兄ちゃんの普段着を買おうね」
「え、何で?」
「何でも!! 良いから行くよ!!」
何故か僕の私服を買う事を決意したリベラは呆気にとられる僕の手を引き、足早にギルド街へと向かって行く。
街の中心へ辿り着くと、そこはいつも通りの賑やかさで僕達を出迎える。
客引きの声や道行く人々の足音。飛び交う音の一つ一つがこの街の活気を僕達に知らしめる。
「相変わらず人通りが激しいね」
「あぁ。それだけ重要な場所だからな、ここは」
ギルド街を重要視するのは探索者や商人だけでは無い。探索者ギルドを設立したギルド長は、貧しい思いをしていた者達をこの場所で働き手として雇い、彼らの生活の安定化を図ったと言う。
この噂を聞き付けた者達も我先にとこの地に集い率先して開拓を手伝った結果、驚くべき速度でこの街の開発は成されたそうだ。
「……と言う訳で、それだけこの街は様々な人にとって重要なんだ。僕が特に凄いと思うのは、大勢の人を上手い事動かして見せたギルド長のその手腕で―――」
「ウン、スゴイスゴーイ……。あ、見て!! イマアの実を使ったお菓子があるよ。ねぇねぇ食べてみよう!!」
「んぇ? あぁ、そうだね。食べてみようか」
僕がこの街の歴史について語っていると、露店に売られていたお菓子が気になった様で、リベラは僕の服の袖を引っ張りながらそのお店を指差す。
折角なので寄って見ると、このお店は様々な果実を使ったお菓子を売っている様で、近寄っただけでも果実由来の芳醇な香りが漂って来る。
「あら、いらっしゃい。随分と可愛いお客さんだね」
「こんにちは!! このお菓子、二つ下さい!!」
「毎度。お嬢ちゃん元気ねぇ。おまけでもう一つ付けちゃうわね」
「本当!? やった、ありがとう!!」
リベラは持ち前の愛嬌で店主に気に入られた様で、おまけでもう一つお菓子を貰えて上機嫌になっていた。
一方、僕は店に置かれていた果実入りの瓶が気になり、じっくりと観察する。
「おや? 男の子の方は果実水が気になってるみたいだね」
「果実水、ですか?」
「あぁそうさ。果実の甘味が溶け込んでいて美味しいから探索に持って行く人も結構居るんだよ」
「なるほど……。確かに、それは良いかもしれない」
遺跡に潜る時にどうしても気になるのが食料品の味の単調さだ。
食事は過酷な探索を行う探索者たちにとって、その心を支える為の僅かな娯楽の一つ。
だが、遺跡から出られなくなる等の万が一の事を考えると、どうしても食料は日持ちする物を持ち込みたくなり、日持ちする食料と言うのはどうしても味が淡白になる。
その問題を緩和するのがこの果実水であるらしく、探索前にこれを仕込んでおく事で遺跡内での食事に彩りを齎してくれるそうだ。
「割と簡単に出来るから自分でやってみるのも良いかも知れないね。うちには新鮮な果実も揃ってるから、それでやってみると良いよ。ほら」
「え、良いんですか?」
「ああ。構わないよ。無事に帰って来て、またお店にいらっしゃい」
「ありがとうございます」
イマアの実を店主から受け取った僕はお礼を告げ、僕達はお店を後にする。
買ったお菓子を摘まみながら街を巡って居ると、また別の露店に目が惹かれる。
「ねぇねぇ、あれも食べてみない!?」
「え、良いけど……」
「やったぁ!! 行こ行こ!!」
僕の手を引くリベラは、僕の服の事等すっかり忘れて食べ歩く事に夢中なようだ。
そんな彼女の姿を見て苦笑いを浮かべながらも、たまにはこういう日も悪くないと思うのだった。
「んにゃぁ……。もう食べられないよ……」
夜。宿に戻ると、ギルド街でたらふく食べ歩いたリベラは直ぐに寝てしまった。
寝言を呟きながら幸せそうに眠る彼女を横目に、僕は両親への手紙を書き綴る。
六等級へ昇級した事や、実際に遺跡を攻略して来たこの七日間の出来事。
一枚の紙では書ききれないそれをゆっくりとしたためた後、僕も彼女と同じように深い眠りに付いた。
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