第4話 道は様々


 魔物との戦闘を終え、探索を続ける僕達の前に現れたのは二つに分かれた道。


 そこだけ明かりがついておらず、懐中電灯を取り出して照らしてみると、どうやら二つの道に対した違いは無く、どちらを通っても同じ道に出る様だ。

 あまり意味の無さそうな不思議な構造をしているが、何にせよどちらを進むか決めなければ。


「私は右が良いと思うよ」

「どうして?」

「う~ん、何となく? どっちも罠は無さそうだし直感で好きな方で!!」


 適当に思える事を言うリベラだが、感覚で生きている彼女の直感は割と信用出来る。


 とは言え危ない目に遭う可能性は無いに越したことは無いので、改めて二つの道を見比べる。すると、左は地面から小さな石が所々顔を出しているのに対し、右はそう言った物も無く安全に進めそうな事に気が付いた。


 ただの石とは言え、それに足を取られて転ぶ事も在り得るだろうし、わざわざ怪我をしそうな道を選ぶ必要は無いだろう。


 結果として最初にリベラが選んだ右の道を進む事にした。


「おぉ~。さっきまでと違ってふかふかな土だ!!」

「……確かに、かなり柔らかいな」


 見た目だけでは分からなかったが、練り固められた土の様なしっかりとした感触では無く、踏み込む度に浮遊感にも似た不思議な柔らかさがこの道からは伝わって来る。


 リベラにとっては歩きやすい道の様だが、僕は足が深く沈み込む感覚がどうにも苦手だ。だが、それ以外に特筆するべきような罠や特徴も無く、あっさりと分かれ道の合流地点へと辿り着いた。


「今の道面白かったー!! 帰る時もまた通ろうっと!!」

「リベラが気に入ったのならそうしようか」


 はしゃぐリベラを横目に僕はもう一つの道の地面を触ってみる。

 先程の道と触り心地が違い、少し硬めの感触が返って来る。

 どうやら土の中に砂利が混じっている様で、手から零すとパラパラと落下していく。


 その違いが何となく気になった僕は、空の試験管に両方の土を入れて蓋をして解り易い様に張り紙をする。


「むん? お兄ちゃん何やってるの?」

「いや、この土質の違いが気になってさ。持ち帰ってみようかなって」

「ふ~ん。お兄ちゃんって変な収集癖あるよね」


 変なとは何だ、変なとは。まぁ、確かに普通の探索者は遺跡の物とは言え、宝でもない土を採取しようなんて考えないだろうけど……。


 妹の何気ない一言に傷付きながらも土を採取し、改めて探索を再開する。

 先程まではゆったりとした下り坂が続いていたが、今度はしばらくの間平らな道が続く。


 途中で明らかに地面が盛り上がっている所があり、そこに魔術で岩を落とすと壁から水が噴き出して来た。一瞬毒の可能性も疑ったが、本当に只の水の様だ。


「……子供の悪戯かな? もっと怖い罠を想像してたのに……」

「まぁ危険が無いのは安心だ」


 何故危険を求めるのかと思わなくもないが、その性格からしてリベラは父さんの血を濃く受け継いだのだろう。


 その後も何度か仕掛けられていた単調な罠を次々と解除して行く。

 罠の種類だけで言えば、訓練用の遺跡の方が遥かに変化に富んでいた。


「むぅ~、ちょっと飽きて来たかも……」


 暇を持て余したリベラがそう呟く。

 一応罠を見つけるのは彼女の担当なのだが、この遺跡の罠は素人でも簡単に分かるくらいに優しい物ばかりだった。


 彼女が歯ごたえの無さ過ぎる探索に飽きを覚えるのもしょうがない事と言える。


「そう言わずに。ほら、取りあえず水飲んで元気出しなよ」

「うん……分かった」


 丁度良い頃合いなので体力を回復させるためにも一度小休憩を取る。

 休憩中に魔物が寄って来ない様、四方の地面に魔物除けの魔術付与エンチャントが施された鉄杭を打ち込んでおく。


 一言に魔物除けと言っても、魔物には様々な種類が存在し、効果のある魔術もそれぞれ異なって来る。


 この杭はそれぞれ視覚、聴覚、嗅覚、そして魔術による感知を妨害する魔術が刻まれている。魔術は打ち込まれた場所を中心に影響を及ぼし、この遺跡で戦った魔犬に対しても存分に効果を発揮するだろう。


 杭を打ち終え地面に腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せて来る。

 単調な罠しかなかったが、それを確認するのに神経をすり減らし、加えて魔物と一戦交えただけでなく長い距離を歩いてきた。


 簡単な様に思えていたが、実際には心身共にかなり疲弊していた様だ。


 バッグから水筒を取り出して二口だけ水を飲む。

 遺跡があとどれだけ続くか分からないので、必要最低限の水分補給に留める。

 リベラも割と勢いよく水を飲んでいたがちゃんと帰りの事なども考えているようで、水筒にはまだ半分以上の水が残っていた。


「大丈夫そうか?」

「うん、ちょっと元気出て来た」


 先程まで萎れていたリベラだったが、休んだ事で少し回復した様だ。

 知らず知らずの内に彼女も疲労が溜まっていたのかもしれない。


 通常の常在遺跡であれば、そろそろ終わりも見えてくる頃だろう。

 休みも終わった所で魔物除けの鉄杭を回収し、気合を入れて探索を続行する。


 しばらく歩くと途中で緩やかな登り坂が見えて来た。

 その坂を越え、再び曲がり角を見つけたその時、リベラは進行方向から不穏な音が聞こえるのに気が付く


「……お兄ちゃん、魔物の声が聞こえる。さっきのよりも大きな奴だよ」


 恐る恐る角から顔を出して確認すると、そこには遺跡の最奥と思われる部屋とその前で番犬の様に立ち塞がる巨大な犬の魔物が居た。


 魔物は匂いでこちらを認識しているのか、唸り声をあげて威嚇をしているものの自ら近付いて来る気配はない。


「どうする? さっきみたいに角まで引き寄せる?」

「……いや、それは意味が無いと思う」


 少し考えた後にリベラの案を退ける。

 遺跡最深部の部屋の前には、よく番人の様な魔物が存在していると聞く。


 番人は自分の持ち場からあまり離れず、誘導しようとしても一定距離までしか動かない事が多いらしい。あの魔犬もそう言った習性を持つ魔物の一体なのだろう。


 そうなると正面から迎え撃つしかない訳だが……。


「……今回はリベラがあの魔物を牽制してくれないか?」

「お兄ちゃん何するつもり?」


 怪訝な表情で問いかけて来る彼女に作戦を伝えると、不安そうな顔でこちらを見つめる。


「それ、本当に大丈夫?」

「確かに危ないけど、やるしかない」

「……分かった。お兄ちゃんを信じるよ」


 どうにか納得してくれたようで、リベラは早速魔術行使の準備をする。

 いつもであれば気が散って魔力をしっかりと制御出来ない彼女だが、今はそんな気配を微塵も感じさせない。


「いつでも行けるよ」

「了解……―――行こう!!」


 リベラが魔術の準備を終えたのと同時に、僕達は魔物へ向かって一気に駆け出す。

 侵入者が近づいてきたのを感知した番犬はのっそりと立ち上がり、外敵に向かい鉄剣にも劣らぬ鋭い牙を剝いて襲い掛かる。


「―――『岩針』!!」


 リベラは動き出した魔物に向かって魔術を放つ。

 大量に飛び出した石礫は、その巨体故に避けきれなかった魔物の顔面に数多の傷を生み、その両目から光を奪う。だが……


「……案の定、ここの魔物は嗅覚が鋭いみたいだな」


 異常に発達した嗅覚と強い痛覚耐性があるのか、番犬はたじろぐ事無く真っすぐにこちらへと距離を詰めている。


「お兄ちゃん!!」

「あぁ、分かってる!!」


 魔術を扱う為には魔力の流れに意識を集中させなければならず、余程の手練れでもない限り魔術の行使中は動きを止めざるを得ない。

 小剣と一本の杭を手に、動けないリベラの代わりにそのまま魔物へと突っ込む。


 魔物も近付いて来る敵に気が付いたのか、牙を唸らせ侵入者を噛み砕かんとする。


「―――『飛岩』!!」


 その頭目掛け、先程の石礫よりも巨大な岩が魔物へ飛来する。

 頭部への衝撃で一瞬反応が遅れた魔物の足元へ滑り込み……無防備な後足目掛けて正確に杭を打ち込んだ。


『―――!?』


 足に杭を打ち込まれた魔物は、先程までの様子が嘘の様に露骨に狼狽え始める。

 その隙を狙い、リベラと共に魔術を発動させる。魔物の守っていた場所はやはりこの遺跡の終点だったようで、先程ちらりとだが宝箱の姿も確認出来た。


「遠慮は要らない、確実に仕留めるぞ!!」

「りょーかい!! 頑張っちゃうぞー!!」


 あとはこの魔物を打ち倒すだけ―――。


「『迅雷』!!」

「『螺炎』!!」


 魔力を練り、右腕に集わせ、そして放つ。

 渦巻く炎の檻に囚われ煌めく雷にその身を焼かれた番犬は、しばらくの間は抵抗していたものの、やがて力尽き地に伏せた。


 倒れた魔物を見た僕達は魔術を止め、しっかりとトドメを刺せているか確認する。


「……うん、大丈夫。ちゃんと倒せたみたいだ」

「やったぁー!! 私達の大勝利だね!!」


 初めて遺跡の番人と言えるだろう巨大な魔物を倒してご機嫌なリベラ。

 そんな彼女の様子に釣られて笑みを浮かべながら、討伐証明となる牙と後足に打ち込んだ杭を回収する。


「その杭、地面以外に打ち込んでも効果あるんだね」

「そうみたいだな」


 あの時魔物に打ち込んだのは、魔物除けに使われる杭の一つ。

 付与されている魔術が感覚を妨害する物であれば、これを直接魔物に打ち込めば対象の感覚を奪えるかもしれない。

 そう思って嗅覚妨害の杭を使ってみたのだが、その予想は的中した様だ。


「さぁ、あとは宝を持ち帰るだけだ」

「うわーい、お宝お宝!!」


 お宝を前にして再び弾けるリベラを落ち着かせ、宝箱に罠が仕組まれていないかを確認し、罠が無い事を確認した所で二人で一緒に蓋を開ける……。


「これは……剣か」

「あ、こっちには盾もあるよ。ほら!!」


 箱の中には鉄製と思しき長剣ロングソードと、綺麗な円形の鉄盾が入っていた。その他にも革製の靴と丈夫な縄があり、ともすれば探索者の初期装備一式と見間違えそうな内容だ。


 まぁ狭い遺跡の中では長剣は使えないし、鉄盾も結構嵩張りそうな物なので持ち込む事は滅多に無いだろうが。


「それじゃあ帰ろうか」

「うん!!」


 無事に探索を終えた僕達は、約束通りもう一度あの柔らかい土の感触を味わってから帰路につくのだった。

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