逃げる子供と追う兵士とヒーローを名乗る人物

蛍氷 真響

本編

ある戦争が終わり一つの村の支配者が変わった。

でも村の子供には不満があった。

父をはじめとした村の戦士達が戦争から死んだのに村の大人達は新しい支配者に笑顔で迎え入れている。


どうして?

たくさんの人が死んだのに笑顔でいられるの?

認めない。認めるわけにいかない。

だから新しい支配者が大事にしていた何かを奪った。

中身が何かはわからない。

でも大切そうにしていた。

それを奪えばきっと支配者は怒って今は笑顔でいる村人達も立ち上がるしかなくなる。

これは復讐だ。

新しい支配者とそれを笑顔で迎える村人への二重の復讐だ。


できるかぎり村から離れよう。

でもいつかは追いつかれてしまうだろう。

そうなる前に奪った大切な物を壊してしまおうか。

それとも誰も底を見たことない谷底に捨てるのもいいかもしれない。

子供は自分が正しいことをしていると確信して走る。


子供がいた村では支配者とその部下が村人達から離れて会話をしている。


「すぐに追跡しましょう」

「頼む。だが追跡する人数は……」

「できるかぎり少人数。理由は今回の件が広まれば村人たちに責任を求める必要が出てしまうから」

「そうだ。あんなものために責を求めるのもこれからの統治において良いことではないからな」

「かしこまりました。追跡は私と直属の部下で行います」

「ああ、頼む。しかしあの子供はどうしてあんなものを奪ったのか。それだけが疑問だな」

「確かに。その点も捕らえた後に聞いてみましょう」


かくして追跡部隊が村人達に気が付かれないように出発した。

だが追跡部隊は知らない。

追いかける子供がヒーローを名乗る人物と出会っていることを。


ヒーローを名乗る人物は子供がこれまで見たことないような姿をしていた。

まず目に入るのはあざやかな赤と白。

そして全身を覆う身体の形がくっきりとわかる鎧。


「なるほど。君の故郷が悪人に占領されてしまったのか」

その人物は大仰にうなずく。

「ならばこの私に任せたまえ!

なぜなら私はヒーローだからな!」

子供は事情を話すつもりはなかった。

だがヒーローを名乗る人物の勢いといつまで逃げればいいのか分からない不安から自分の知ってることを喋ってしまったのだ。

「すぐに悪人達を成敗しよう!」

そう言うとヒーローはすぐさま走り出していく。

子供はその勢いに圧倒されていたが、このまま逃げきれるか分からない。それよりもあのヒーローと共に支配者を倒す。そのほうが子供にとって望ましい未来に思えた。

そして子供もヒーローの後を追って駆け出した。


「何なんだこいつは?」

追跡部隊は目の前に現れた赤と白を基調とした全身を覆う鎧を着た人物。

「お前たちが村を占領した悪人だな!成敗してやる!」

「まて、お前は何者なんだ?

一体どこの…」

追跡部隊の隊長は誰何の問い掛けを投げかけるが。

「問答ッ無用!」

ヒーローは隊長に向かって一直線に飛び込んでいく。

「げ、迎撃せよ!」

隊長の掛け声と共にヒーローの姿に驚いていた追跡部隊も迎撃態勢をとる。


かくして追跡部隊とヒーローとの戦いが始まった。

追跡部隊は人数は少ないが、統率がとれた戦いをしている。

対してヒーローは追跡部隊よりも高い身体能力、特に速度において優れている。


「成敗!」

ヒーローは隊長を真っ先に倒すべく拳に力をためながら、走り出す。

邂逅した一瞬で己の方が素早いこと隊長を倒すことで優勢になると判断したからだ。


だがしかし。

ヒーローと隊長の間に追跡部隊の兵士達が割り込んでくる。

個々の素早さでは劣っていても、ヒーローの動きが直線的で予測することで対応することができた。

「邪魔するなら全員倒す!」

ヒーローは隊長狙いから全員を倒す方針へと切り替えた。

「総員、相手の動きをよく見て対応せよ」


ヒーローと追跡部隊の戦いを子供は見ている。

最初はヒーローの援護をしようとしていたが、ヒーローと追跡部隊の戦いに圧倒されていた。

子供は本当の戦いを見るのが初めてだった。

ヒーローが拳や蹴りで相手を倒そうとすれば、別の兵士が援護に入る。

追跡部隊の高い連携があればこそできる戦い方である。

兵士を倒せていないヒーローもまた何度も攻撃されても倒れることなく戦闘を続行している。


ヒーローも追跡部隊も互いに決め手に欠けて膠着状態に陥っている。

この状況を打開するには殺める覚悟をする必要があることをお互いに認識し始めた。

ヒーローは命を奪うことなく懲らしめる程度いた。

追跡部隊も初めての相手に事情を聞きたい思惑があり、子供のことも知っている可能性から命を奪うつもりはなかった。

だがお互いの戦闘力が拮抗していること。なにより優先すべきことがある。

ヒーローは子供を守る。

追跡部隊は子供を捕らえる。

故にお互いに覚悟を決めた。

命のやり取りをすることの覚悟を。


しかし覚悟を双方が決めた瞬間、戦場に一つの小箱が投げ入れられる。

その小箱こそ子供に奪われた大切な物だった。

ヒーローを援護するべく子供が投げ入れたのだ。

「回収せよ!」

追跡部隊からすれば実に大事なのは奪われた小箱である。

奪われた小箱さえ回収できれば目的は達成されるだから。


回収のために動く追跡部隊に対してヒーローは攻撃よりも小箱を投げ入れるために戦場に入った子供を助けることを優先した。

子供を抱え戦場から駆け出すヒーロー。


奪われた小箱を回収したことで追跡部隊は目的を達成し、村へと帰還した。

小箱を回収できれば村への責任を追及せずに済むからだ。

子供はあのヒーローを名乗る人物が保護しているだろうと判断し、必要なら捜索部隊を出すことも検討していた。

だが子供は村に帰ってきた。

一人で。

子供はなにも喋らなかった。

奪った小箱も。ヒーローのことも。


子供が老人になるほどの時が流れ

かつての子供は小箱から流れる音楽を聴きながら、村の大人達がなぜ新しい支配者を受け入れることができたのかを理解できるようになれたのかを思い出していた。

それはあのヒーローを名乗る人物から別れ際に伝えられた言葉のおかげだ。

そしてかつて子供だった老人は思いを馳せる。

あのヒーローはどこへといったのかを。

子供の時に別れてから一度も姿をみていない。

噂すら聞こえてこない。

再会できたら礼を伝えよう。あの時伝えることができなかった礼を。


老人は知らない。

かつて子供の時に出会ったヒーローを名乗る人物は今も村の近くに潜んでることに。

ヒーローがどんな思いでいるのかを。

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逃げる子供と追う兵士とヒーローを名乗る人物 蛍氷 真響 @SINNKYOU

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