第13話『これが俺の逃走経路!!』

「ひあっ!!」


 体育館の床を、百四十五名の靴音が響かせた。


 俺は体育館から渡り廊下へと続く小さな階段を、一足飛びに飛び降りた。

 俺には選択肢が三つあった。

 右へ走るか、左へ走るか、それとも真っすぐ校舎へ向かって走るか。

 左右は濃霧に包まれた謎空間。


 俺は一択!

 この建築物を包む濃霧に飛び込めば、うまく捲けるかも知れない。

 だが、俺には、俺のチート能力『エ〇フ』には、校舎へと続く真っすぐなピンクロードしか見えていなかった。


 だが、背後に迫る幾つもの気配が、明らかに異常な速度で肉薄した。


「くはははは!! 帰宅部風情が!! この陸上部エース!! 『韋駄天』の颯麻から逃げ切れると思ったか!!?」

「待って~田中く~ん!! 陸上部はこんなキチPばっかりじゃないわ!! この『マッハ』のチートを持つあたしが守ってあげるから、待ってぇ~!!」

「ぶはーはっはっはっ!! よせよせ!! おめぇみてぇなブスが相手されっかよ!!」

「やかましい!! この非モテが!!」

「うるせーブスブスブスブスブス!!」

「あによ、このカスカスカスカスカスカス!!」


「ひいいいいいいいっ!!」


 なんか先頭の二人が喧嘩しながらみるみる近付いて来る!

 『韋駄天』は仏教の『天』、『マッハ』はケルト神話の『神』、どっちも足が速そうなチートじゃないか!? とても俺の『エ〇フ』じゃ、逃げ切れないよっ!!


 バタバタと必死に走る俺の襟首を、ふわっと何かが掠った。

 既に俺の上着はズタボロになって体育館の壇上で散った。ボタンも全部引きちぎられたYシャツを辛うじてまとっている有様なんだ。


 うわわわわわわ!! 捕まる!! 捕まる!! 捕まる!! 捕まる!!


 そ・う・だ!!


 ピンクのオーラ!!


 俺は咄嗟に、体育館でのゴリッチョとの闘いに発した、あの熱い想いを俺のYシャツにまとわせた。


「きゃあああああ!!?」

「ぐわあああああ!!?」


 その瞬間、背後に迫っていた女子たちが軒並み腰砕けになってその場にひっくり返り、それに巻き込まれた男子たちも団子状に。

 だが、『韋駄天』の颯麻だけは俺の襟首を掴みやがった。


「田中一郎、捕まえたりーーーーっ!!」


 高らかな勝利宣言と共に、俺をぐいっと引き倒そうと。


「ふ……それはどうかな?」


 自然、にやりと笑む俺。

 やはり『エ〇フ』はチート能力。こういった修羅場にもその威力は発揮されるらしい。


 俺はすぽぽ~んとYシャツから抜け、そのままだんだだんと校舎へと走るのだが、俺が脱いだYシャツは『韋駄天』颯麻にくるくるとまとわりつき、その視界を奪った。


「ふははは!! バカめ!! これが俺の逃走経路!!」

「た、た、田中ぁーっ!! 手前ぇ!!」


 まとわりつくそれを振り解こうと、思わずたたらを踏んだ所へ、後からようやく追い付いた文科系女子が一斉にそのシャツに手を延ばした。


「きゃああああ!!! 田中くんの脱ぎたてYシャツ!!!」

「ちょうだい!!! ちょうだい!!!」

「なによ、このブス!!!」

「こっちによこしなさいよ!!!」

「きゃああ!!! 髪引っ張らないでよ!!!」


 布地を引っ張る者、その手を引っかく者、隣の髪の毛を引っ張る者。そこは正に阿鼻叫喚の地獄絵図。たちまち颯麻は圧し潰された。あ、死んではいませんよ。



 女子というピラニアの群れが暴れるのを背に、校舎へと逃げ延びた俺は、どこか隠れる所は無いかと手前の扉から手当たり次第に手をかけるのだが、どれもカギが! カギがかかってるじゃねぇか!!?


「ゴ、ゴリッチョォォォォッ!!」


 あんにゃろめが全部にカギをかけて回ったんだ!!

 俺の脳裏にあの高笑いが、げははははと響いたのは言うまでも無い。

 どこか、どこか隠れる所は無いか!?

 俺はあくせくしながら、校舎の中を駆けた。


「そうだ!! 俺には!!」


 俺にはあのピンクロードが見えていたんじゃないか!!?


 今も見えてるピンクロード!!


 だが、それは壁の中へと向かい、その先は消えている。


「でも、あれ? この辺りは確か……」


 変だった。何かあるべき何かがこの光景から消えている様な、そんな違和感。

 そう思いながら、その前へ立つと、唐突に戸口ががらりと開いた。


「げげっ!?」


 突然、目の前に真っ暗な部屋が。そこから真っ白な、鋭い棘の様な、まるで蟹の足みたいなものが何本も突き出して、俺を捉えたと思った時にはもう遅く、身体はその真っ暗な部屋へと運び込まれていた。


「わ、わ、わ、わ、わあ~……」


 宙ぶらりん。俺の身体は例の真っ白な足で器用にくるくると転げ回され、みるみる白い糸状の何かに絡み取られ、気付いた時には身体は白い繭に。そこから頭だけ出して逆さに吊るされていた。


 俺はそこで見てしまった。


 天井に潜む、真っ白で巨大な何かに。


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