第14話『【閑話】1/75よりも』
怒涛の足音が埃を舞い上げ、不意なる静寂が薄明りに包まれた体育館に訪れた。
白濁した濃霧よりの淡い光が薄ぼんやりとした影を床に幾つも映す。
壇上には、倒れたアベカンが放置。そして、すとんと生徒会長の烏丸が降り立った。
「君たちは行かなくて良いのかい?」
声をかけたのは、長谷川と岩崎。二人は、体育館の出入り口付近で半ば座り込む様に抱き合っているゴリッチョと八重樫の二人を、静かに見据えていた。
「ふむ。そうですね」
と長谷川は、口元に笑みを浮かべ。
「少し走り回って、疲れている方が捕まえ易いでしょうし。捕まって団子状態になっている所を助けてあげた方が、ポイントが高いとは思いませんか? 先輩?」
「成程。流石は大将軍と言った所かな」
「何を。女の浅知恵って奴ですよ」
ふっと苦笑する長谷川。それと対照的に、岩崎は厳しい面差しで、例の二人を見ている。
やれやれと肩をすくめて見せる烏丸は、自分のスマフォに目をやった。
「でも、田中くん。保健室の辺りで止まってますよ。うまく隠れたのかな?」
「そうですか? じゃあ、迎えに行ってあげようかな?」
「やれやれ。あやかりたい様な、そうでない様な」
烏丸の持つスマフォには、彼のチート能力『スマフォシロー』で分け与えたスマフォの位置情報が手に取る様に判る。まるで平安京エイリアンのステージ末期学園版みたいな光景に苦笑するしかない。百四十五名が蠢いているのだ。しかも廊下とトイレ周りのみ。部屋や屋上に入れないらしい。
その答えは簡単。ゴリッチョの周りに落ちている無数のカギだ。
ご丁寧にゴリッチョが、全ての部屋にカギをかけて来たからなのだ。
そのカギの一つをほっそりとした白い指が。
それは体育倉庫のカギ。
「先生」
「いいのか、そんなトコで?」
「今なら誰も来ませんよ」
そう言って、ゴリッチョの逞しい腕の中、八重樫は残った三人をちらりと流し見た。
「ね、お願い。五里山先生」
「ああ、行くか……えっとぉ~……」
「真理亜。マリアって呼んで」
「マリア……そうだったな……お前、見かける時は剣道の袴姿が多かったから、ずっと八重樫八重樫って」
「もう、やだぁ~」
「すまんすまん」
「うふふ、せ~んせ」
「まりあ……」
砂糖たっぷりの甘~いトーク。聞かされる三人はたまったものではないが、互いの身体をむさぼる様に抱き合う二人は、そのままゆっくりと立ち上がり、奥の体育倉庫の方へ。
そこへいけば、汗と埃にまみれたマットがある。学園ラブコメものの定番である。
見送る三人はこれからそこで交わされるだろう男女の交わりを想像して、目をまん丸にして己の動悸が高まるのを聞かれぬ様、ぴ~んと神経を張りつめ、なるべく興味が無さそうなふりをした。
やがて、体育倉庫の扉は閉められた。
中からはあらぬ嬌声と水音が。
「これは……いけませんね……」
カギを拾う事も忘れ、烏丸は軽蔑されるだろう事も顧みず、ふらりとその扉へ。
扉はわずかに開いていた。中は真っ暗。僅かな明かりの為に少しだけ開けてあったのだ。
「こ、後学の為に……」
頬を赤らめ、長谷川もこれに続いた。
「えっと……ひゃ、百聞は一見にしかずって言うものね」
岩崎も好奇心を抑えきれずに、ふらふらと……
細い光が、床に散乱した二人の衣類を、その奥で白い裸体を下に、上で頑張る黒い巨体の躍動を浮かび上がらせる。
荒い鼻息と共に、聞いた事も無い艶やかな声が漏れ聞こえ、三人は目を大きく見開いた。
「ふっ、ふっ、でも良かったのか? 俺は2番なだろう?」
「も~、せんせ~。そんな事ぉ~」
ふと、二人の動きが穏やかなものに。
ちょっとしたインターバルなのか。
「だって、今の私って田中くんにとって、七十五分の一でしかないもの。追いかけて捕まえて、一日を七十五で割って、何分になるの?」
「お、おう……」
「一瞬で感じた、顔も合わせた事も無い人への強烈な想いより、私、二年間想い続けた五里山先生への想いの方が確かだと思うし。先生にとっての一分の一になりたいの……」
「う、うおおお!! まりあ~!!」
「あん、せんせぇ~!!」
聞いてるだけで、心臓がばくばくしてくる様な甘い声色に、すっかり魂が抜け出てしまった三人は、再び始動したハードな動きにすっかり引き込まれていた。
その動きがぴたりと止む。
「何だお前ら、混ざりたいのか?」
「やあだ、もう~~」
うおおお、ばれてら~~~~!!
三人は、真っ赤な顔で、一目散に逃げ出した。
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