第9話『体育館の攻防③』
突如体育館へと飛来した青いジャージをまとった肉の塊は、一声吠えるだけで、百五十人の生徒を完全に圧しきった。
「お前ら!!! ひざまづけーっ!!!」
ぐはっ!?
ぶん殴られた様な衝撃!!
なんて威圧感だ!!
俺を含め、ゴリッチョの言葉に全員が屈する様に床へと膝を着く。
「が~っはっはっはっはっはっは!!! み~んな俺様のもんだぁ~!!!」
ビリビリと皮膚が痺れる高笑い。
凄まじい重圧。
女子は短い悲鳴を上げた。
どす黒い野獣の気配が吹き荒れる。
俺は無力感に涙を呑んだ。
やっぱり俺のエ〇フなんて、無力なんだ! 女子をたぶらかすだけのカス能力! 女子の好意をむさぼるだけのうじ虫以下のヒモ男!
そんな、背中を丸めて震える俺に、何故かゴリッチョが呼びかけて来た。
「どうした~、田中ぁ~!!!? 震えているのかぁ~!!!? 無理もねぇなぁ~!!! どうだ!!!? 俺の子分にならないか!!!? 子分になったら、女の管理はお前に任せてやる!!! 少しはおこぼれもくれてやろうってもんだ!!! 悪くねぇ~だろう!!!?」
喜色悪い声色。
驚きの提案。
体育館にわずかの間、沈黙が訪れた。
誰もが息をのみ、田中の返答を待った。
ゴリッチョは、さも愉快そうにその光景を堪能していた。
そんな事で良いのか!?
俺の中で、楽な方へ行きたいって想いと、安っぽい正義感じゃ無い彼女らへの想いが鬩ぎ合う。
例えチート能力の性だったとしても、俺に向けられた想いがゴリッチョに蹂躙され、良い様に弄ばれ、悲嘆と苦悩に塗りつぶされて良いのか!?
そんな可愛そうな事、赦されて良い筈が無い!!
押し潰されそうなゴリッチョからの威圧。その下で、俺は何とか身じろいで、振り向いた。
そこには、救いを求める百五十の瞳。
その想いが俺の胸を撃った。俺の中で、何かが弾け膨らむのが判る。それが、ゴリッチョの威圧を押し退け、俺を奮い立たせた。
ゆっくり立ち上がり、俺はゴリッチョを壇上から見据えた。
「ゴリッチョ!! 嬉しい、実に嬉しい提案だぜ!!」
にいっと口の端を上げ、ゴリッチョも目を見開いてにいっと笑った。
「だが、断る!!」
俺はびしっとゴリッチョを指さした。
「俺はみんなが幸せにならないなら嫌だ!! ゴリッチョ!! 俺はみんなを不幸にしようとするお前が赦せない!! だから従う訳には行かないんだ!! みんな頑張れ!! ゴリッチョの威圧なんて跳ね除けろ!!」
しかしゴリッチョは、ほほうと言った顔で醜い筋肉をうねらせ、思いっきり嘲笑した。
「ぶっ……ぶっはっはっはっはっはっはっは!!! 実に青臭え!!! 糞の役にも立たねえご立派な宣言だ!!! だが、見ろ!!! 誰も立ち上がろうとしねえ!!! 決まりだぜぇ!!! 女を犯す時は、お前の見てる前でやってやる!!! 貴様の青臭え考えを踏みにじってやるぜ!!! お前のチートでお前の可愛い女達が救えるもんなら救って見やがれ!!! が~っはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
凄まじい圧が俺を襲う。屈服させようという意思が叩きつけられ、俺の奴に比べたら小枝みたいな身体は、一気に数メートル後ずさらされた。
す、凄ぇ……まるで物理だ。奴のチート能力は、精神系にも関わらず、物理的な力も発揮する!!
壇上の俺が数メートルも押しやられたパワーだ。
体育館に居る者全員が仰け反られ、床に転がり悲鳴を上げた。
だが、数名が片膝を着き、一人がすっくと立っている。誰だ!? 後ろ姿から、小柄な女子と判る。
少し赤みがかった短めの天然パーマ。ぽっちゃりとしたその姿! 岩崎さん!?
岩崎は、くるっと顔をこちらに巡らせ、にっこりと笑った。そして、ゴリッチョに向き直った。
そんな彼女に、ゴリッチョはさも面白い物を見つけたと、身体をくねらせ数歩前に出た。
「何だぁ~、岩崎ちゅわ~ん!? 今朝の続きをして欲しいのお~!? またお前のぷりぷりしたやわ肉を、俺に堪能させてくれるって事かあ~!? ぐへへへへへへ……」
急に気持ち悪い猫撫で声。
「黙れ、このゲス!」
内気でものおじしがちだった性格はどこに行ったのか、きっぱりと言い放った。
「内気で臆病な私は、いつも流され、良い様にされて来ました。だから願った! 勇気が欲しいって! 田中くんの声に、私の中のチートが目覚めた! 私のチート能力は『勇者』!! 勇気ある者は、お前なんかに決して屈しはしない!!」
そう宣言し、か細い右腕をぐうっと前へ突き出すだいや。そのこぶしは白銀に煌めき、その光はやがて全身を覆いつくした。
「私は光の勇者! 岩崎だいや!!」
ぐっと構える姿は素人っぽい仕草だが、白銀に煌めきが正に勇者である事を雄弁に物語る。うん、それでいて凄く可愛い。
だが、それをしてもこの質量差が押し潰さんばかりだよ。
「うおおお!!! 何て可愛いんだ!!! 決まった!!! 最初に犯すのは岩崎ちゅわんだ!!! みんなの見てる前で、ずっぽずぽのぬっちょぬちょにしてあげる!!! 岩崎ちゅわ~ん!!! うはあ~……」
ゴリッチョは、岩崎さんの宣言を鼻で笑い、逆に狂喜乱舞した。
くそ~、俺は見ている事しか出来無いのか!?
何でも良い! そうだ! とにかく応援するしか無い! そう思った時、片膝をついていた女生徒が一人、また一人と立ち上がったよ! 良かった! 岩崎さんだけじゃないんだ!
その内の一人は3年生だった。
確か、剣道部の……
濡れ羽色の黒い髪がふわりと流れ、すらり長身のその人は高らかに宣言した。
「私も田中くんの呼び声に、私の中のチートが弾けた! 私のチート能力は『聖騎士』!! 岩崎さん!! 決してあなた一人を矢面に立たせたりしないわ!!」
そう言って、岩崎さんの左へ居並んだその人は、自分の胸に手を当てるや、うおおおおおっと叫び出した。
何事かと見入る中、その胸の中から光る剣を抜き取り、誇らしく高らかに掲げた。
「おお!! 我が心に秘めしエクスカリバーよ!! この剣に誓おう! 例えこの身が砕けようと、心は決してお前なんかに屈しはしないと!! これが私のチート能力!! 鎧、召喚!!」
彼女の剣がぐるり空を切る。
すると意気なり彼女の周囲に鎧のパーツが白銀の輝きと共に降臨し、ガチャン! ガチャンと自動的に装着されて行く。見る間にフルプレートの鎧と大盾をまとった彼女は、その盾を前に、剣をぐぐっと腰だめに構えた。
更にもう一人は岩崎さんの右へ。
あれは……三枝さんじゃないか!?
「勇者、聖騎士と出るならば、僧侶枠は必要よね? あたしのチート能力は『せいじょ』。回復は任せて頂戴」
しなりとその身を岩崎さんへと寄せ、何事かとささやきあった彼女は、こちらへもにっこりと、そして少し艶のあるウインク。
「田中く~ん。愛してるわ~」
ちゅっと投げキッス。こんな時に、とんだ聖女さまだ。俺も、何故か余裕で投げキッス。
そこで、はあ~っと深い溜息をついて、岩崎さんの背後に長谷川さんが立った。
「これはとんだ事になりましたわ~。みい~んな田中くんを好きになっちゃうなんて。でもチートじゃしょうがないわね。後で責任とって貰うしか無いわ」
少し気恥しそうに小首を掻いた長谷川さんは、ぽんと自分の胸を叩いた。
「いやあ~、ハートを射貫かれたわ~!! 私のチート能力は何でかな~『大将軍』!! 何でこーなったかは知らないけれど、後ろで指揮を取らせて貰うわ!! 大丈夫!! 私たちには田中くんがついているんだから!! 絶対に勝つわよ!!」
そう言って、鬼の委員長、長谷川さんは、こっちを見て不敵な笑みを浮かべてみせた。
ぞわり。良い意味でも、悪い意味でも、総毛立った。
ねえ、後で何をさせるの!? 委員長、怖い!
「はい!」
「応!!」
「ええ」
三者三様に答えを返し、身構える三人。それに引き換え、浮足立ってる俺。
そして、こんな俺を笑うのか、クスリと生徒会長の烏丸さんが立ち上がった。
「勇者に聖騎士、聖女に大将軍と来たら、田中君はさしずめ踊り子だね。となると、足りないのは賢者か魔法使いってとこ? どうだい、その枠は、私に任せて貰えないかな?」
そう言って、烏丸先輩は光るスマフォに指を走らせた。
「私のチート能力は『スマフォシロー』!! スマートフォンで異世界を制覇する!! アプリ起動!! ファイアーボール!! マジックミサイル!! ライトニングボルト!! ふふふ……メテオはやめておこう……」
烏丸先輩の周囲に、炎の玉や光る矢が、そしてぱちぱちと弾ける雷光が漂い出した。
ええっ!? これってもしかしてRPGで言うところの『勇者パーティー』!!?
そして俺は『踊り子』!!?
そりゃないですよ、烏丸パイセン!!
悲痛な俺の心の叫びは、誰も受け止めてはくれなかった。
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