第8話『体育館の攻防②』

 第一声はアベカンだった。


「き、貴様ぁ~っ!! 生徒会長とあろう者が、堂々と校則違反とはどういう事だぁ~っ!! 親を呼んで三者面談だぞ!!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアベカンに対し、生徒会長は涼やかであった。


「先生。私は以前から、この校則は古いと申し上げて参りました。この時勢、スマフォという情報端末を使いこなせない様な化石は、負け組でしかないと私は思うのです。この非常事態に校則が何をしてくれますか?」

「貴様ぁ~、何が言いたい!!?」

「先生。校則は何もしてくれません。こんな時こそ、生徒の自主性が必要なのです! 校則で縛るのでは無く! 命令されて動くのでは無く! 我々生徒自らが行動する! そしてスマフォはその為に必要なツールなのです! みんな! スマートフォンしろ! 私はそう堂々と言いたい!」


 何だか良くわからないが、凄い自信だ!

 これが本当のカリスマって奴なんだ! 俺のエ〇フなんて足元にも及ばない!

 俺はその輝きに、手帳を取り落とし、手を掲げた。それは、皆も同じだったらしく、パタパタと生徒手帳が床に落ちる音が響き渡った。


「スマフォしろ! スマフォしろ! スマートフォン、しろー!!」


 生徒会長の掲げた光るスマフォが、突如輝きを増し、全員に降り注ぐ。そして、その光の粒子が俺たちの手に集まり、光る四角い小さな板と化す! ス、スマフォー!!?


 生徒会長はサッとポーズを変え、高らかに宣言した。


「私が神に授けられたチート能力! これが『スマフォ・シロー』だ!! このスマートフォンは電源いらずの永久稼働! 全員がフレンド登録され、その位置も神のGPSによりどこに居ようが確認出来る! そして!! マップ機能……ここが日本で無い事は丸わかりだ!! みんな!! 私たちは異世界転移しているぞ!!」


 衝撃が走った。

 マップのアプリはすぐ判った。

 神のアプリを起動すると、見た事も無い地名や地形が広がり、俺たちは日本の関東平野にはいない事がはっきりと判ってしまい、愕然とする者、すすり泣く者、そして異世界転移に歓声を挙げる者、それぞれだ。


「ぐぬぬぬぬ~~~~! こ、校則第一ぃ~~~~!」

「残念ながら、申し上げます! 先生! 校則は今の我々に必要でありません!」

「校則ぅぅぅぅっ!!!」


 ゆらりショックから立ち直ったアベカンは、獣の様に唸りだし、悠然とする生徒会長へ、突如飛び掛かった。


「先生!?」

「烏丸ぁぁぁぁっ!!」


 憎悪の雄たけび。絞め殺さんばかりの勢いに、深紅の生徒手帳を振りかざし。バチン。

 生徒会長の持つスマフォから放電が走り、アベカンはビクンとのけぞって、泡を吹く。そして、全身を激しく痙攣させたかと思うと、くったりと横たわってしまった。

 女子の悲鳴が幾つも響き、浮足立った生徒たちはこの場から逃げ出そうとする者も。


 だが、生徒会長は冷静だった。


「このスマフォには、悪意を持った者への自衛能力がある。大丈夫だ! 先生は気絶してるだけで、死んではいない! 誰か!? 保険委員はいない!? 先生の介抱をしてくれないか!? それから、クラスの代表は集まって! これからの方針を相談しよう!」



「やだ、怖い!」


 そう言って抱きついて来たのは三枝さん。ふわり優しい香りが俺を包み込む。と思ったら、周囲の女子に一斉に抱き着かれ、まるで人間の団子みたいになっていた。

 や、やめて! どさくさにまぎれて、俺の股間に手を伸ばすのは誰!?

 俺も男だ。こんな事をされては、色々と我慢出来なくなるぅ~~~~!


 そんな俺を、周囲の男子は殺意を持って睨み、壇上の生徒会長は少し呆れた調子で呼びかけた。


「そこの君。学年とクラス、名前とチート能力を教えてくれないか?」


 すると、委員長が嬉しそうに。


「2年C組の田中一郎くんです! チート能力は……何? 教えて?」


 え~!? どうして言っちゃうの~!?

 俺はとってもとほほな気分で言おうかどうか迷ってしまう。だって、この能力で女子をひきつけてる訳でしょ? それってずるしてる訳じゃない? 何とも後ろめたさが沸き起こる。

 しかし、生徒会長は笑いながら言って来た。


「それは精神支配系だね? 使い方を間違えると大変な事になるよ! 誰か!? 鑑定スキル持ちはいない!? それとも大人しく、ステータスボードを見せてくれないかな?」


 ざわざわ。ざわざわ。

 もの凄い、威圧感。

 俺は仕方なく壇上に上り、生徒会長に俺の恥ずかしいステータスボードを見せた。たぶん、全能力が平均値だ。やだ、見ないで~!


「成程。エ〇フか。女性に対して魅力値が無限大なんて、ちょっと羨ましいな。寿命が永遠なのも羨ましい。永遠にモテモテか~。君、誰かに刺されるよ」

「も、もうそんな気しかしません……」


 とほほ~な気分。全生徒に、俺の恥ずかしいチートスキルがばれてしまった。チート能力で自分が虜にされていると知ったら、きっとみんな軽蔑して嫌悪するだろう。怖い。もう彼女達の顔をまともに見る事が出来ない!

 がっくりうなだれ、彼女達に背を向けた。このまま走って逃げ出そうかと思った。


「田中くん!」

「田中くん、こっちを見て!」

「田中くん、好きよ!」


 そんな俺に、まるで津波の様に彼女らの熱い声援が響き渡り、俺を打ちのめす。

 嘘だ!

 全部嘘なんだ!!

 トリックだ!

 全部トリックなんだ!!

 悪い神様が、みんなを狂わせた!!

 俺は、こんな風に愛される人間じゃ無いんだ!!!!


 弾ける様に走りだそうとする俺を、突如野太い嘲笑が響き渡り、圧し留めてくれた。


「あ~っはっはっはっはっはっはっはっはっは!!! 田中ぁ~!!! そいつはい~能力だったな!!!」


 その嘲笑は、体育館での壇上とは反対側。中央の入口の真上。二階の観覧スペースからだった。

 体育教師、五里山育美。その巨体が、軽やかに宙を舞い、どすんと地に降りた。


「だがな!! この学園が日本に無いと言うなら、この学園は理事長の親戚の俺の物!! そしてお前らは、俺様の奴隷だあああああああああ!!!!」


 何という威圧感。その言葉には不思議な力があるのか、俺たちはぐっとこうべを垂れる。

 無茶苦茶な宣言だ。それでも、それに逆らえない威力がある。


 こ、これも精神支配系のチート能力!?


 ゴリッチョは喜色満面の笑顔で、好色そうに女子たちを目で舐め回した。

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