第5話『Let's Status Open!!!』

「ステイタス!!」

「ウインドウ!!」

「能力!!」

「パラメーター!!」

「窓!!」

「ステイタス ボード!!」

「オープン!!」


 唐突に、シュンとダイダイは、教室の後ろで力一杯叫び出した。

 ぎょっとした俺たちだが、窓辺で外を見て喋っていた三人の男子が何だ何だと加わった。

 設楽と浜口と横山だ。


「おいおい、何やってんだよ?」

「やっかましいなあ~」

「そんな事やってると、アベカンが飛んで来るぞ~」


 へっへっへと笑いながら近づいた彼らに、シュンが振り返り顔を真っ赤にして熱弁を振るった。


「ばっかやろう!! 異世界転移だぜっ!! 俺たち、チートなんだよ!! 神様が転移する時に『欲しいか?』って聞いて来たろ!!? 欲しいって返事したらこの地震だ!! 外だって風景全然見えないだろ!!? 俺たち異世界転移したんだよっ!! 絶対チート能力貰ってるんだよ!! 普通だったらステータスボードが出て、能力値やスキルが確認出来る筈なんだ!! アニメや漫画やなろうを知らねえのかよ!!? ばっかじゃねえの!!?」

「お、おう……」


 その迫力に三人はすっかり気おされ、変な生き物を眺める様にシュンから少し距離を置いた。そりゃそうだろう。

 それでもめげず、設楽の奴が言い返す。


「そ、そんな事言ってもよお。何か出たのかよ? そのなんちゃらボードって奴が」

「うぐ……そ、それを確かめてんだよ! 何かステータスを確認するワードか何かがある筈なんだ!」

「どうして英語なんだ?」

「普通そうなんだよ!」

「その普通って何だ? わけわかめだぜ」


 他の三人はにやにやしてこのやり取りを眺めている。新しい遊びを見つけたって感じ。

 これは俺も加わらねば。

 そう思って歩き出そうとすると、くいっと右袖を引っ張られた。飯田さん?


「やだ。怖い!」

「田中くん。清水くんの言ってる事って本当?」


 そう言って、今度は川口さんも俺の左腕にしがみついて来る。え!? これってどういうい事!?

 びっくりしたのは、川口さんの触れた柔らかな感触と体温の高さだ。

 女子に抱きつかれるなんて、これまでの人生で考えられなかった事だ。こんな事されたら、俺は! ああ、俺は!

 高鳴る鼓動。耳の先まで熱くなる。言葉もどもって、何も言えない。筈だった。


「大丈夫さ。例えそうだったとしても、俺がついている。君たちに怖い思いなんてさせないさ」


 どの口から出るんだという台詞がすらりと。そして、ふっと笑みを浮かべ、彼女らの試編みついている手を、ぽんぽんと軽く触れた。女子の手は柔らかで暖かいなあと、改めて思う。

 するとどうだ。


「田中くん……」

「私、私……」


 弱々しく言葉をもらし、ぽおっと顔を赤らめた二人は、そのまま目を白くさせ、ずるりとその場に倒れ伏したのだ。


「ええっ!? 飯田さん!? 川口さん!?」


 崩れ落ちる二人を支えようと腰を落とす俺は、二人の頭が床に激突しない様、うまく床に伏せさせた。これって、何!? もしかして、失神!?

 何とも幸せそうな表情で白目をむく二人に、唖然としつつ、半面、このおかしな状況に意識を失っている方が幸せだろうと、何か微笑ましく思えた。

 せめて汚い床に直接うつ伏せは可哀そうだと、彼女らの教科書を枕に、上向きに。彼女らの身体の柔らかさにどきどきしながら、なるべく触れない様にと横たわせる。でも、このままじゃ不味いよね? 誰か保健室に呼びに行くか、運ぶのを手伝って貰わないと。


「ねえ、誰か? 手伝ってくれないか?」


 そういって、周囲を見渡すと、窓辺で外を見ていた女子二人が振り向いた。

 甘粕さんと、平川さんだ。


「何?」

「どうしたの!?」


 倒れた二人を見て、彼女らもびっくりしたのだろう。慌てて駆け寄って来てくれた。


「大変なんだ。急に倒れてしまって。誰か保健室へ行ってタマちゃん先生を呼んで来てくれないか?」


 俺が必至になって呼びかけると、二人は不意に立ち止まり、ぽかんとした表情を浮かべ、そのまま白目をむいてふら~っと崩れ落ちてしまった。


「ええっ!?」


 失神者四名!?

 何かやっばいゴーストでも見えない何かがさまよってる!?

 こりゃダイダイ達に助けて貰わないと。そう思った瞬間、教室に歓喜の声が響き渡った。



「やったぜ!!」

「すげえ!!」

「マジかよ!!?」

「お、俺も!! ステイたすおぷん!!」

「ステイタス オープン!!」

「ステイタス オープン!!」

「ステイタス オープン!!」

「うっひゃあああああああああああ!!!!!!!」

「すっげえええええええええええええ!!!!!!!」

「信じらんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「ぱねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 五人が小躍りして、何かまるでタブレットみたいな光る板を振り回していた。


「何だよ、お前、炎の調理人って何だよ!!?」

「お、俺、調理師志望だし!!」


 顔を真っ赤にして吠えるダイダイ。あいつ、調理師志望だったのか。初めて知ったぜ。


「お、お前だって何だよその神の右手(テヅカ)ってのは!!?」

「俺は漫画家志望!! 将来、絶対俺は漫画家王になる!!」


 ぐっと右手を天に突き出して宣言するシュン。

 シュンはシュンで、なりたいものがあったんだ。そういえば、あいつノートを落書きいっぱいにして、よく先生に怒られてたっけ。それにしても漫画家王って何だ!? ワンピーか!?


 で、この状況をどうしたものかと困っていたら。


「何やってんの、この三バカ!! 廊下まで響いているわよ!! 他のクラスに迷惑でしょ!!? 監獄送りになってもいいの!!? クラスのみんなが迷惑するのよ!!」


 鋭く一喝。前の扉から飛び込んで来たのは、当然、クラス委員の長谷川さんだ。

 続いて岩崎さんと三枝さんも入場した。

 長谷川さんは、五人が光る板状の物を手に手に小躍りしているのを視認すると、顔を真っ青にして怒鳴り散らした。


「あんた達! 学校にタブレットなんて持って来て、何考えてんの!! アベカンに見つかったらただじゃ済まないのよ!! し、しまいなさい!! 早く!! 早く!!」


 ずかずかと歩み寄ると、ガッと引っ手繰ろうとする。が、ステイタスボードはスカっと空を切る。


「な、何これ!?」


 何度も繰り返すが、まったくにつかめない。


「くくく……これぞ、神秘的ディフェンス!」

「バカ言ってないで渡しなさいって!!」


 シュンのボクシング漫画ネタ。長谷川さんも、疲れたのかまるでノーガード戦法みたいに両腕をだらりと下げ、キッと睨みつけた。


「な、何だよ。俺たちだって、どうしまっていいか、分かんないだよ」


 ダイダイは即座に根負けして、大人しく手の中のステイタスボードを差し出した。でも、長谷川さんは大きくため息をついて振り向いた。


「もう良いわ。あんた達がどうなろうと、もう私、知~らない。監獄室でアベカンにたっぷり説教受けるが良いわ。あ~、もう三バカにつける薬が無いわ~」

「そ、そんな冷たい事、言わないでくれよ~。しまうから。今すぐしまうからあ~」


 そう言って、長谷川さんに哀願するのは、意外にもシュンだった。ものすごく慌てた様子で、あれは本気だな。


「えっと、しまえ! じゃなくて、ストップ!! じゃないか、クローズ!! や、やった!! しまえたよ!! 長谷川さん、こっち見てよ!」


 あ~……もしかして、シュンの奴、長谷川さんの事を……しゅ、趣味悪ぃ~! もの凄く分かり易い反応に、たぶんクラスのみんなも丸分かりだ! シュン、やっちまったなあ~!!

 つまりはあれだ。いつも悪ふざけしてるのは、好きな子の気を引きたいって事だな。どこの小学生だよ。もちっとマシなアプローチがあるってもんだろ?


 思わずにや~っと生暖かい目線を送る俺。倒れてる四人の女子の事も忘れて、二人の展開を食い入る様にみつめた。ちょっとした青春ドラマだ。テレビの恋愛ものより、実際に目の前でやられる痴話げんか程面白い物は無い!

 そんなマジ怒りの長谷川さん。ぷいとこっちを見てすたすた歩いて来たら、俺がこっちに居るのに気付いて、あらと立ち止まった。

 形の良い唇をくっと歪め、眉間に大きなしわを描き、意思の強い光を灯す瞳はらんらんとし、俺を凝視した途端、雪解けの様にみるみるその表情が和らいで、これまで見た事も無い涼やかな笑顔に変貌した。


「あら? 田中くんは、一緒じゃ無かったんだ。三バカなんて言って、ごめんなさい」

「はい!?」


 俺はこれまで見た事の無い、その笑顔にびっくりして硬直。や、やばいんじゃ。凄く焦った。何しろ二人を快方する為に、俺の両手は彼女らの柔らかな身体に触れたままだったんだ。この光景を見られたら最後、スケベ、変態とののしられ、HRで裁判という吊し上げを喰らい、二度と学校に通えなくされるに違いない!!


 そして、倒れている女子らに気付いた長谷川さんは、哀願するシュンを無視して、すたすたと俺の傍らに。表情を変えずに近付き、心臓がばくばくしている俺をじっと凝視し、すっと俺の肩に手を置いた。


「えらいわ、田中くん。倒れた子達の快方をしてくれていたのね」


 ち、近い! 近い、近いよ長谷川さん!!?

 彼女の息が、俺の頬をふわりとくすぐる。


 そのまま腰を落とした長谷川さんは、俺の肩に右手を置いたまま、左手で飯田さんの頬や首筋に手を置き、容体を確認している。その右手は俺に体重をかけて支えてにしてる訳じゃなく、何やらさわさわと撫でている様な、そして肩から背中へと何とも心地よい感触を与えて来る! ど、どういう事!!?

 そして時折、意味ありげな目線を俺に送る長谷川さん。

 戸惑う俺だが、この素敵な状況を自ら壊す気になれず、長谷川さんにされるがままに。ほお~っとする俺の目に、愕然とするシュンの顔が飛び込んで来た。お、俺じゃない! これは長谷川さんが勝手にやってる事で、俺は悪く無いんだ~!!


 そんな奇妙な三角関係を、不意にぶち壊す存在が現れた。


「お前ら!!! 何を騒いでるんだっ!!!」


 俺たちが恐れていた、アベカンの一喝が、全てをぶち壊した。



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