第4話『これっていわゆる異世界転移じゃねっ!?』


「何これ!? 何これ!?」

「今、変な声しなかった!? ねえ、しなかった!?」

「やだぁ~っ!?」

「うわわっ、おもろーっ!!」


 パイプ椅子や机がキイキイギイギイ。あちこちから、変な興奮が伝番する。

 ぐしぐしと顔や耳をこすりながら、俺は自分の教室を目指しほの暗い階段を駆け上った。そこに行けば見知った顔がある筈。軽口を叩ける友達が、クラスメイトの誰かがいる。


 背後に迫る霧の虚ろな気配に追い立てられ、パタパタと駆けた。

 廊下で興奮する見知った顔。

 一面乳白色に染められた窓。

 開け放たれたままのドアに飛び込むと、慣れた空気に俺は安堵の息を吐いた。


「田中ぁ~! お前も聞いたよな!!? なっ!!? なっ!!?」


 俺に気付いたダイダイのでっかい声が、クラスの女子のめそめそ声を吹き飛ばす。シュンの奴も飛び跳ねながら喜色満面、とんでもないハイテンションで俺に組みついて来た。


「マジぱねえ!! マジぱねえ!! 俺も『くれ~!!』って叫んじまった!!」

「マジか!? 気味悪くね!?」

「何言ってんだよ!? お前、まさかスルー!? ばっかじゃねぇのっ!?」

「うえ? 嘘くせえじゃん?」


 シュンの決めつけにむっとするが、同時に内心不安が沸き起こる。

 失敗した!? もしかして、俺、なんか失敗した!?

 そんな微妙な気分の俺を笑い飛ばす様に、シュンは両手を広げて天を仰ぐ。


「これってアレだぜ!! ぜってえ、アレだぜ!! アニメやマンガやなろうで鉄板の『異世界転生』って奴だよ!! 『異世界転生』!!」

「あ~、お前その手の好きだもんな~」


 半ば呆れて、俺はちょっと引いてる。んな事あるわけねぇじゃん。草生えるわ。


 するとダイダイの奴も、鼻でシュンの事を笑って見せた。だろう?


「ばっかだなあ~。俺たちゃぁ誰もタヒってねえぜ。これっていわゆる異世界転移じゃねっ!?」

「あ、そっかぁー!!? そっかそっかぁー!! だよなー!!? 俺も何か変だな~って思ってたんだよ!! あ~っはっはっはっはっは!!」

「うひょ! うひょひょひょひょひょひょ!!」


 二人の余りのハイテンションについていけず、俺は頭を掻き毟りながら苦笑い。さっきから目が痒いわ、耳がヒリヒリするわ、どうにも落ち着かない。


「五月蠅い!! 三バカ!!」


 二人で泣きながら縮こまってたクラスの女子、飯田さんと川口さんが泣き腫らした赤い顔でヒステリックに叫び、また二人で抱き合いながら泣き出した。無造作に倒れた椅子や机に囲まれ、周りには教科書なんかが散乱している。


 地震、怖かったんだな。


 ふとそんな風に思えた。俺、そんなに騒いじゃいないし、三バカ呼ばわりは酷いと思ったけれど。これも鬼の長谷川さんの影響だな~。参ったぜ。


 他には男子が三人、窓の外を眺めてわいのわいのしている。女子は二人が大人しく窓の外を眺めていて、一人は前の方で机に座り、自習しているみたいだ。

 俺を含め、この教室には十一人居る。


「あ~あ、しょうがねぇなぁ~」


 丁度、俺の机も倒れていたんで、ぽんぽんとシュンとダイダイの肩を叩いて、倒れた机に向かい、机と椅子を引き起こし、その机の上に鞄をドンと置いた。

 何しろ校則で教科書を机の中に置いて帰る事は禁止されている。自然と鞄はぶっくり膨らむ『ブタ鞄』になる。いい加減このご時世、電子書籍化してタブレットやノートパソコンで授業とかしてくれても良い物だけど。俺みたいな帰宅部は、部室に教科書を隠したりも出来ないから仕方のない事なのだ。うん。



「これって、アレだよな!?」

「やっぱりアレだよな!? シュン!」


 シュンもダイダイも、何か憑りつかれたみたいに、アレアレを連呼し始めたが、まぁほっときゃいいか。

 俺は、何の気も無しに他の倒れてる机や椅子を起こして回った。

 普段の俺なら、あいつらと一緒になって只はしゃいでいただろうけど、ちょっと今日はそういう気分になれない。朝から色々あり過ぎたんだ。


 そのまま、倒れた机や椅子を起こしていたら、散らばった教科書やノートがあったので、ついでに拾って机の上へ。飯田さんと川口さんのだ。ごちゃまぜだったんで、ぱっぱと二つの山に分けていく。

 すると、めそめそしてた二人が、慌てて立ち上がって自分たちでも拾い始めた。


「あ……ありがとう、田中くん……」

「ごめんなさい……」


 何とも申し訳なさそうに、泣き腫らした赤い顔でぎこちなく。俺がまとめた教科書の山を受け取った。

 そんな二人に、ちょっと嬉しくなって目じりが下がるのが自分でも分かった。


「地震、怖かったもんな。俺、下駄箱のとこで、めっちゃびっくりしたわ。もう、上から靴がばたばた落ちて来ちゃってさ」

「え? 本当?」

「大変! どうしよう?」

「あ~、あれはどうしようも無いよ。上履きは名前が書いてあるけれど、革靴はそうはいかないもんな。これから登校してくる人も居るだろうから、先生が来てからにしようぜ。みんなで一斉に行っても大混乱だ」

「それもそうね」

「教えてくれて、ありがとう。田中くん」

「え? い、良いって事良いって事」


 あれ? 俺、普通に女子と話してる……それに……


 何か気恥ずかしそうに微笑んで来る飯田さんと川口さん、普段より数割かわいく見えて仕方がない。

 頬が熱く、耳の先端まで熱痒い。思わず、俺はさり気なく片方ずつ耳を掻いた。

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