第3話『下駄箱の洗礼』

 俺は半ば屈みかけた姿勢で硬直した。


 何が?


 何を?


 誰?


(欲しいか?)


 無機質な声がわんと脳裏に、今度は身体の奥底から響く。


 覗かれてる!?


 漫画をめくるみたいに、植物の根が分け入る様に、俺の中にはっきとした違和感が這いずり回り、より奥へ奥へと!?


「や、やめろ!」


 その気配を振り払う様に声を荒げた瞬間、ずんと足元が揺れた。


「わっ、わわっ!?」


 がくんと膝が落ち、思わず下駄箱に縋りつく俺に、一斉に革靴や上履きがバタバタと雪崩落ち、むせ返る様な悪臭が鼻と胸を蹂躙する。

 一瞬、例の声が何かを告げた。

 頭を何度も靴で小突かれ、まるで嘲笑された気分だ。


 揺れはすぐに収まった。

 校舎内ではあちこちから悲鳴が響き、天井の蛍光灯が全て消え、足元に靴が散乱していた。

 酷い埃がもうもうと立ち込め、目や鼻がかゆくなり、思わずぐりっと顔をこする。


「ぺっぺっ! 最悪!」


 薄暗くなった昇降口で、俺は不意に湿り気を覚え、もうもうと立ち込める白い埃を見渡した。

 土埃と違う、白いもやの様なものが、黄色味がかったそれと入れ替わる様に、表よりここへすうっと雪崩込んで来る。


 霧?


 ここは海から少し離れているが、たまにここまで霧やもやが漂って来る事がある。

 でも、今朝は晴天で、良い陽気だった。

 それにここは高台だ。薄もやならともかく、こんな肌にまとわりつく様な、ねっとりとした濃霧に。そう、最初は薄もや程度に思えた霧が、今や真っ白なベールの様に、俺を包み込もうとしていた。

 まったく変な事だらけだ。


 気が付けば、さっきまでの嫌な違和感は無い。あの声もしなくなっていた。


 その変わりに、校舎内では何十人もの悲鳴やらが響き渡り、騒然となっていた。

 だが、こんな騒ぎになっているのに、誰も外から校舎へ駆け込んでくる気配は無い。不思議と外は静かに思えた。


 変だ。


 遅刻ぎりぎりだったら、もっと駆け込んで来る奴が居る。まあ、多少の時間的余裕がある訳だけど。それにしても変だ。

 今みたいな地震があったら、何人かの教師が戻って来そうなものだ。


 そこまで考えが及んでハッとした。


「やべえ!」


 慌てて逃げ出すに限るってもんだ!


 こんなとこに突っ立ってたら、下駄箱の整理を命じられちまう!

 冗談じゃねえ!!


 泡食って逃げ出した俺は、一気に階段を駆け上り、2階のC組の教室へと駆け込んだ。



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