第50話

「こちら4号車、転移門に急行中。送れ」


 車に乗って数分後、後部座席でくつろいでいるナコトはさておきハンドルを握るアデルと助手席で無線に話しかけるアバーラインの表情は硬かった。


『こちら本部、現在転移門周辺を封鎖中。転移門そのものの封鎖はまだ許可が下りていない』


「こちら4号車了解。30分後に到着予定。通信終わり」


 作戦は順調そうだと、胸をなでおろしたアバーライン。

 しかし……。


『了解……いや待て! 現場で異常発生! これは……転移門内部から脱走犯による攻撃を確認!』


 その言葉に三人は顔色を変える。

 封鎖していたはずの場所、その内側から攻撃を受けた。

 それが意味することは二つ。

 一つは既に転移門内部に潜んでいたということ。

 もう一つは、封鎖の際にヒーローや警察が転移門内部を確認したにもかかわらずそこにいられた。

 つまり何かしらの手段で身を隠していたという事。

 結論を述べるならば、相手はその気になればいつでも逃げられた。

 そしてこれからも逃げられるという事である。


「こちら4号車、サイレン許可を!」


『許可する! 10分で到達せよ!』


「うっす!」


 車内に設置された機材を操作し始めるアバーラインと、ハンドルを握りなおすアデル。

 それらを横目にナコトは一人何かを考えているようだった。


「ねぇアバーライン、アデルちゃん担いで走った方が早くない?」


「規則があるんだよこっちは。勝手によそ様の家の屋上跳んだりしたら罰則食らうからパトカーでの移動が義務付けられてんだ」


「へぇ、パトカーならいいんだ」


 不敵な笑みを浮かべたナコト、その表情を見てアバーラインは冷や汗を流す。


「アデル! 車止めろ! それから対ショック姿勢!」


「え?」


「急げ!」


「う、うっす!」


 きっちりサイドブレーキを引いて、ギアをニュートラルに入れたアデルは言われるがままに頭を抱えてうずくまる。

 それを見てナコトは満足げに頷いてから下車し、パトカーに手をかけた。


「せー、のっ!」


 そしてそのままパトカーを空高く、力強く、転移門の方角へ向けてぶん投げる。


「うっひぃ!」


「あのバカ! 無茶苦茶しやがる!」


 カオス特製パトカー、全種族最強クラスの腕力を誇る鬼でも簡単には壊せないが、内部にいるものを守るための魔法が施された特別製。

 ではあるのだが、ナコトが手をかけた部分は無残にもひしゃげている。


「もういっちょいくよー」


 ふと、アデルが頭を上げるとそこにはナコトの姿があった。

 ビルを超える高さに女がいる、話だけ聞けば下手なホラーだがカオスにおいては日常茶飯事……なれど翼をもたぬ者がいたとなれば、というよりは窓の外にナコトがいるという事が既に並大抵の恐怖ではない。


「あぁ、窓に! 窓に!」


「アデル! 見るな!」


「どっこいしょぉ!」


 車内の二人の会話が聞こえてか聞こえずか、ナコトがパトカーを蹴り飛ばす。

 更に速度を上げた空飛ぶパトカーは現場に向かって直進していく。

 障害物もない空、当然ながら道路を行くよりも早いのだが……。


「お、俺の遺書残ってますよね警部!」


「あんなもん破り捨てたわ! いいから生きる事をあきらめるな!」


「そりゃっさー!」


 三度目の蹴り、それにより音速を超えて空を直進することになったパトカー。

 その前に本来存在するはずのない通行人、もとい飛行人。


「ふぁっ? ふぉびゅっ!」


 ドンッという音を立てて跳ね飛ばされた哀れなそれはきりもみしながら舞い落ちる、寸前でナコトがそれの襟首をつかんで着地する。


「おールーちゃん、いいところで合流できたねぇ」


「きゅう……」


 偶然にも、パトカーの前に飛び出した……というよりはパトカーが飛んできた先にいたのは現場に向かうべくのんびりと飛行していたルルイエだった。

 ほめるべきはその頑丈さか、ナコトが見る限り骨に異常はなくせいぜいが打撲程度である。


「よーし、ルーちゃん拾ったしこのままれっつごー!」


 こうして現場到着までの五分間、哀れな三人は地獄を味わい続けた。

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