第39話

 それがどのような結末をもたらすかと言えば……。


「「ギルティ」」


 有罪判定である。


「あ、ま、まって! ちゃんとお金になりそうな仕事探してきたところだから!」


「今日お仕事の依頼来ていませんよ?」


 じりじりと距離を詰める執行官二人を相手に最後のあがきを見せるルルイエ。

 最後のあがきと口にした言葉もクリスに封殺された。


「嘘じゃないから! ほらこれ!」


 そう言って先程投げ捨てたスマホを拾い上げて画面をクリスに向けたルルイエ、そこには可愛らしいアイドル達のイラストが並んでいた。

 同時に、NYA48のナイアちゃんのサイン10万で買いますやら、レッドクイーン様のサイン15万で売りますやら、感覚の麻痺しそうな文言が飛び交っていた。

 ファンの交流サイトとして作られた掲示板が今やサインの取引に使われているらしい。


「えっと、このアイドルのサインが今高騰していて……それを売れば一攫千金も夢じゃないなぁと思いましてはい……」


「ほほう、その伝手は?」


「ずばり! クリスのお父さんの力を借りようと!」


「ははっ、判決死刑」


 花瓶の水をルルイエの顔面に張り付かせたクリスは花瓶を元の位置に戻して宿題に向き直っていた。

 あと十分もすれば窒息するだろうかと考えながらも、さすがにある程度したら許してあげようかと優しさを垣間見せる。


「……ナコトさん?」


 しかし直後、クリスは一瞬視界に移った人物の動きを見逃すことなく……この場合は見逃していた方が話は早く終わっていたかもしれないと後悔するほどに目ざとく見つけてしまったのだった。


「あ、いや、うん、他人任せな作戦で駄目だね! ダメダメ!」


 少しばかり心が揺れ動いていたナコトにじっとりとした視線を向けるクリス。


「がぼっごばっがぼぼっ!」


 その横で溺れかけながらも何かを訴えようとするルルイエ。


「えー、なんですか? 聞こえませんよー」


 そしてクリスの目を盗んでメールを送ろうとするナコト。

 控えめに言って地獄絵図だった。


「がぼぼぼぼっがぼっ!」


「あぁ冷たいんですね、じゃあ温めてあげますよ」


 顔に張り付けた水の温度を上げたクリスは天使のような微笑みを向ける。

 およそ43度、人が火傷を負うギリギリの温度である。

 もっとも、その温度では長時間触れ続けなければ人間でも熱い程度で済むうえに、堕天使ともなれば余裕で耐えられる。

 だがあくまでも耐えられるだけで熱い事に変わりはない。

 そんな絶妙な温度に操作して天使のように微笑む彼女は邪神の娘であり、向けている相手は元天使とはなんという皮肉か。


「ぼべぇ!」


 ついにはルルイエも音を上げてもがき始めた。


「……というか、それだけ叫んでよく息が続きますね」


「ぶばんっ!」


「はぁ、鍛え方が違うと……じゃあお仕置きの為に一時間くらいこのままにしておきますか」


 その言葉を聞くと同時にルルイエは地面に額をこすりつけた。

 はっきりと言ってしまえばルルイエはこの程度の水攻めであれば対処は容易いが、素直に非を認めて謝罪しているに過ぎない。

 その方法が、視覚的な暴力と言うだけである。

 およそ一回り年齢の違う相手の土下座と言うのはそれだけで一種の暴力である。


「あの……頭上げてください。流石に冗談ですから」


 土下座は継続される。


「水の温度適温にしましたから」


 なおも土下座継続中。


「わかりました! これでいいでしょう!」


 根負けしたクリスが水をはがして花瓶に戻すとようやくルルイエは顔を上げてた。


「ふへぇ……つらかった……」


「アラサーの土下座見せられるこっちも辛かったですよ……」


「あ、アラサーちゃうわ! 17歳や!」


「はっ」


 ルルイエの発言を鼻で笑い飛ばしたクリスはソファーにドカリと乱暴に腰を下ろす。

 免許を持ち、酒と煙草をこよなく愛する17歳なんてものは存在しない。

 してはいけない。


「鼻で笑いやがって……と、話を戻すけどNYA48のサインが一枚あれば今月の家賃も給料も心配はいらないという事になるんだけど……どうかな」


「どうかなもなにも、それを手に入れるのは私ですよね」


「んー? んん……まぁそうなるのか、な?」


「じゃあ自分で転売します。ルーさんはご自分でどうにかサイン手に入れてください」


「ちくしょう! 返す言葉もない! というか手に入れられるのか!」


「できますよ。この人お父さんの御友人ですし」


「ご友人なのはともかく、この人って誰? どのメンバー?」


「いえ、この人。全員同一人物ですよ」

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