いあ!温泉旅館!

第38話

「NYA48、人気絶頂ね」


 事の始まりはそんな一言からだった。

 仕事の依頼もなく暇を持て余したルルイエ探偵事務所の面々は、各々好き放題に時間を潰していた。

 その中でもテレビのチャンネルを適当に変えていたナコトのつぶやきである。


「最近新メンバーが入ってトップ争いしてますからねぇ」


 それに反応を示したのは、ルルイエだった。


「ルーちゃん詳しいね」


「それほどでもないっすよ。サイン色紙とかあれば売れるかなって思ってる程度で」


 ルルイエの言葉にナコトが眉を寄せて顔をしかめる。


「……また?」


「……来月はちゃんと」


 不穏な言葉が交わされる。

 何がまたなのだろう……そう思ったのは状況を把握しきれていないクリスだった。


「というわけでクリス、お給料の振り込み遅れるかも」


 その謎はルルイエの一言で空のかなたまで吹き飛ばされた。


「はぁ!?」


 唐突な宣言に思わず声を荒げて顔をあげたクリス。

 その拍子に宿題のプリントがハラリと地面に落ちた。


「ルーちゃん半年に一回くらいお金使いすぎちゃって、家賃とか払えない時期があるの。今回がそれ」


「なんでまた……」


 そう口にしながらもクリスの目はルルイエの持つスマートフォンに向けられていた。

 先程からコロコロと向きを変えては指を這わせているそれ。

 空のかなたへと飛び上がった謎が再び舞い戻り、大気圏突入の熱で氷解していくような感覚を覚えたクリスはため息を吐く。


「……ルルイエさん、今ハマっているゲームの数は」


「……7個」


「そのうち課金した数は?」


「……9個」


「おかしい」


 7個にハマっていて9個のゲームに課金しているという現状。

 その事実にクリスは頭を抱えた。


「おいくらでした?」


「4つ天井、3つは1万以内、残りが青天井……」


「おいくらでした?」


 あえてもう一度、今度は正確な金額を答えてくださいと威圧を込めて問い詰めるクリスにルルイエは目を背ける。


「……黙秘権は」


「ありません」


 ぴしゃりと、斬り捨てた。


「……えっとね、家賃換算で向こう半年分くらいかな」


 えへっ、と可愛らしい笑みを浮かべるルルイエ。

 猫の笑みのような可愛らしさは見る人を魅了するような素晴らしい物だった。

 ただ一点、その笑みに魅了される異性がこの場にいないという欠点を除いては。


「ナコトさん、おいくらですか」


「えっとね……ざっくりだけど50万くらい」


「処しますか」


「そだね、絞めよう」


「ちょ、ちょっと待って! 弁解させて! 」


 ゴキゴキと関節を鳴らすナコト。

 とりあえず近くにある水をという事で花瓶を手に取ったクリス。

 それを見てスマホを投げ出して両手を挙げたルルイエは慌てたように弁解という名の言い訳を始めた。


「ほら最近人気のエターナルグレートオリジン! あれでマリーっていうすっごい可愛くて強いキャラのピックアップがあったからついつい使いすぎちゃって! 」


 現在大人気のゲームであり、過去の英雄や伝説のヒーローを召喚して世界をあるべき形へと戻す。

 そんなゲームであり、マリーと言うのは異世界のとある時代にいた王女の名前である。


「それとグランドブルドーザーってゲームでも昔のアニメとコラボやっててこれまたガチャがすこぶる渋くて!」


 グランドブルドーザー、名前の通りブルドーザーを乗り回す主人公が仲間を得て巨悪と戦う物語。

 こちらも人気のあるゲームで様々なメディアとコラボしている。


「続けて?」


 ナコト、笑顔の続けて発言。

 体躯に見合ったその笑顔が今だけは恐怖を駆り立てる物であった。

 言うなれば、威嚇である。


「はい! 人気のアイドルをイラスト化したアイドルマイスターなんかだとNYA48のピックアップがあって一気に48人も追加されたのでついついお財布が……」


 端的に言うのであれば、ルルイエが欲しいと思うキャラクターが出るかもしれないガチャが同時多発的に実装されたことによる金欠であった。

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