第37話
後日談。
「……で、獣人ラビィ・ニアは逮捕。というか半死半生で救急病院にという結末で?」
「はい、私達は善良な一般市民兼被害者です!」
胸を張って堂々と言い切るクリス。
その正面でため息を吐くのは、警察官にして窓際族代表のアデルである。
今回の事件の取り調べに当たって、ルルイエとナコトはアバーラインが請け負ったがクリスに関してはアデルに丸投げされたのだ。
ちなみにこの二人は今回が初顔合わせとなるが、アデルにとってはクリスの事件にかかわるのは三度目である。
しかも僅か半月以内という超短期間での出来事故に、アデルはクリスをルルイエやナコトの同類。
つまりアバーラインの胃を痛めつけるであろう人物として、要注意リストにこっそり名前を書き込んだのだった。
「……ふぅ」
思わず懐に伸びた手を気力で制したアデル。
今ほど胃薬とニコチンを欲したことは無いだろう。
過去に大魔王の一件の調書をまとめる際に見たマジックミラー越しと、ダムの件で多少クリスの常識外れは知っていたがこうも堂々とされると手の施しようがない。
まさしく匙を投げる思いで、煙草に手を伸ばそうとして未成年の前であると気を使い更に疲れるという負の連鎖を引き起こしている。
「煙草ならどうぞ。ルルイエさんで慣れてます」
「……いや、やめとく。で……? その被害者さんが何をしたかもう一度教えてくれるかな?」
「はい! ナコトさんとルルイエさんが事件の首謀者を捕まえて、その際に事故で爆発が起きたので消火しました!」
「それで屋敷が半壊した件について一言どうぞ」
「コラテラルダメージです! 致し方ない犠牲です!」
「んなわけねえだろ……建物ごとぶっ壊す消火とか時代劇じゃねえんだぞ……」
「でも綺麗に鎮火しましたよ?」
「……さいですか。んで、やりすぎたとかそういう自覚については?」
「ありません! 私にできる事を精いっぱいやりました!」
「そうね……精一杯やらかしてくれたよね……次があれば手加減しようね……」
頭と腹を押さえたアデルの顔色はすこぶる悪い。
青を通り越して紫色になっている。
「そんじゃ調書の続きなんだけど……このラビィって男との面識は本当になかったんだね」
「ないですね、お父さんに連れられて行った社交界とかでも見た事無かったです」
「街ですれ違ったりとかは……有っても覚えてねーか。じゃあラビィがお宅を訪ねた理由については?」
「ニャルラトホテプさんが入れ知恵したんじゃないですかねぇ」
その名を聞いたアデルは天を仰ぎ、もはや遠慮などどこへやらと言った様子で煙草を吸い始めた。
ルルイエのような、外様から移住してきた者にとってこの世界を牛耳る邪神というのはせいぜいが街や都市の代表者程度であり面識などない。
結果的にそちらの方面に無知となりやすい。
ではこの世界に最初から住んでいる者にとっては、これに関しては地方議員の名前を全て網羅しろと言われるような物であり、ほとんどの住民は主要な神々しか知らない。
ならばアデルのような官職、それも犯罪の取り締まりなどに携わる者であればどうだろうか。
答えは単純、ヤバい所だけは養成所時代に叩き込まれる。
そこで教えられるぶっちぎりでやばい存在こそが、ニャルラトホテプであった。
「……まじで?」
「まじです、その場に居合わせたトラックの運転手さんに聞いてもらってもいいですけど屍食鬼がニャルさん崇拝の呪文唱えていたそうですから」
「……わかった、うんもういいや。お腹痛いから今日は帰っていいよ……」
げんなりした様子でアデルはクリスの調書をまとめると部屋から出ていく。
廊下から特大のため息が聞こえたが、クリスはよほど疲れているのだろうとアデルの身を案じていた……元凶の自覚無しである。
一方その頃アバーライン主導の取り調べはといえば……。
「お前らいい加減に俺達いじめるのやめてくれないか?」
「聞きました? ルルイエさん。犯人逮捕の貢献者に向かって何て言い草かしら」
「聞きましたわナコトさん。近頃の警察は怖いわねぇ」
「お前らいい度胸だ、表へ出ろ」
二人におちょくられていた。
この日、アバーラインは禁煙記録1時間という最短記録を樹立する。
そしてアデルと仲良く調書の隠滅を行い、二人で夜の街でしこたま酒を飲んで翌日には二日酔いと戦いながら職務に励むのだった……。
そしてアバーラインは家族への連絡を怠ったことで、帰宅後奥さんに散々叱られてお小遣いを減らされそうになるという最悪な一日になったのは、余談である。
こうして無事解放された三人はラビィからの慰謝料として、例のピックマンの絵を巻き上げたが表向きはナコトが買い取るという形で今回の一件の借金返済はナコトに一任されることになった。
結果的に、クリスとルルイエの借金は増減なし、強いて言うならばルルイエが車を新調せざるを得なくなり、親会社であるフィリップスに土下座をしてどうにか経費で落とすという事に成功したくらいだろうか。
ナコトは事故にかこつけて車の購入を渋ったのであった。
なおそこに悪気があったわけではなく、ちょっとしたいたずらのつもりだったのがルルイエが先走りフィリップスに頼み込みに行ったため裏で手を回していた。
敵にするも味方にするも扱いにくい女、ナコトさんの本領ここに極まれりである。
こうして結果的に懐を痛めたのはナコトのみとなったが、ピックマンの絵が手に入ったと大喜びで倉庫に飾り付けており気にした様子はない。
聞けば階段や廊下に飾られている数々の品もそういった曰く付きの物品であるそうだ。
こうして一仕事終えたルルイエ探偵事務所はというと……。
「こ、今度こそ!」
「ルルイエさん、そろそろ……」
「あ、あと三回!」
「それ何回目ですか……」
「あああああああああああ! もうお前はいらねえんだよ魔法剣! なにが気品を持てだこら!」
ルルイエの絶叫が響き渡っていた。
ここ数か月、コツコツとためていた課金用の資金が見る見るうちに溶けていくのを目の当たりにしたクリスは一つ胸に誓う。
課金は節度を持ってと……。
こうして話は冒頭へと至るのだった……。
なお、今回の黒幕であったニャルラトホテプはこの後クトゥルフとモルディギアンによって限界まで痛めつけられて道端にボロ雑巾のように投げ捨てられることとなったとかなんとか……。
「所でルルイエさん、後学のためにも聞いておきたいんですけど魔法陣に魔力を込めたのが誰か見抜くってどうやるんですか?」
「ブラフ。あんなとち狂った場所で魔力の波長とかすんなりわかるわけないじゃない」
……今日もルルイエ探偵事務所は平和である。
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