第32話
「……」
無言でクリスがクローゼットに手をかけ、ルルイエに視線を送りながら三本の指を立てる。
一本指を下ろして残り二本、クリスが取っ手を握る手に力を籠める。
さらに一本下ろして残り一本、ルルイエが魔力を魔術へと変換する。
そして三本目の指を下ろし拳を握り締めると同時に、クローゼットを開いた。
「………………?」
そこには洋服をかけるための棒が一本伸びているだけで、他には何もない。
一見すればそう見えた。
事実クリスは中を見た瞬間には何もない事に唖然とした。
が、ルルイエの行動は違った。
クローゼットの中に向けて容赦なく魔術を打ち込む。
炎、雷、風、打てる限りの初級魔術を惜しみなくぶち込んだ事でクローゼットの内部はこれでもかという程に破壊され、そしてその奥へと続く道が顔を表した。
「隠し部屋……」
「よくある小細工よ。権能に頼りすぎて視覚で得られる情報の整理が追い付いてないわね」
「……なんで気付いたんですか?」
「間取り、この部屋の間取りが少しおかしかったから」
「じゃあ私いなくても気づけたんじゃないですか……」
「まぁね、でもその代わり入り口探すの面倒だから壁全部ぶっ壊してたかもしれないし、そしたら赤字だったでしょ」
「まぁ……確かに」
ここに来て緩いやり取りをしている二人だが、警戒は怠らない。
クリスは相変わらず水の箱を展開したままいつでも応戦できるように備え、ルルイエも再び魔力を両手に集めている。
両者いとも容易く行っているが、阻害系の魔術が行使されている中でこれらの行為を行えるというのは並大抵のことではない。
「突入、しますか?」
「そうね、ここにいても何も始まらないし……というか終わらないし」
そう言ってツカツカとルルイエはクローゼットの奥に隠された部屋に入っていった。
広さにしておよそ四畳半と言ったところだろうか。
狭い一室、その部屋の四隅のみならず天井や床にも魔法陣が描かれていた。
そして部屋の中央には一枚の絵画が置かれている。
「……なるほど、魔法陣」
納得したようにルルイエが頷く。
基本的に魔術や魔法とは術者本人を中心として狭い範囲内から射出する物である。
ごく一部の例外、上級、禁忌級、創造級と言った5階級のうち上位三つを除けばこれは絶対の法則であり、発動地点が術者から数十m離れ時点で上級魔術という扱いになる。
だがその例外として、魔法陣は存在する。
そこに決められた紋様を描き、それを回路として魔力を循環させることで長時間、なおかつ術者が離れた場所にいても効力を発揮することができるのだ。
この技術は基本的に産業関連で利用されているが、資格を取るのは容易で就職に有利なため取得している者はそこそこいる。
「ルルイエさん、解析できますか?」
「するまでもないわ。天井に描かれているのが結界魔術、効力を屋敷全体に広げるための物でこれが魔術の隠蔽と阻害の役割も担っている……。本来の領分を逸脱しているけど、それを補うための四隅の魔法陣。それぞれが解釈の拡大と強化を担っているわ」
「床のは?」
「それについては……本人に聞くべきかしらね」
そう言ってルルイエは背後に向けて一発の火球を投げつけた。
「ねぇ? ラビィさん」
「な、何のことですか……? 僕は凄い音がしたから見に来ただけで……」
「とぼけるのはよしなさいな。ネタは割れているんだから」
「さ、さっぱりわかりませんよぉ。ぼ、僕が何をしたって言うんですかぁ」
「ふーん……しらを切るんだ。じゃあ教えてあげるわ」
そう言ってルルイエはジャケットを脱ぎ、シャツを破りながら翼を出す。
「私は天使……だった者。つまり駄天使よ。あなたたち獣人の五感が優れているように、私は魔力の感知に長けている。例えば……魔法陣に込められた魔力の波長が誰のものかとか見抜けるくらいにはね」
「……ふぅ、とてつもない人だとは思っていましたがまさか天使だったとはね」
先程までのおどおどとした様子はどこへやら、ラビィは態度を一変させる。
さながら小さな魔人とも言うべき威圧感を放つそれに、ルルイエとクリスも身構える。
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