第31話
「まぁああ言うと思ったけど……」
「私もオチ見えてるので……」
言葉と同時に逃げ出そうとしたクリスの襟首をつかんだルルイエの反射神経、それは今この時だけは獣人の五感すらも凌駕していただろう。
「おいバイト」
「なんでしょう所長」
「働け」
「さっきまで働いていたので、これ以上は職務外労働に……」
「ここの調査こそが職務で、さっきまでのは自主的労働だから」
「そんな……労基に行かなきゃ……」
「行ってもいいけど、その時はナコトさんの契約書が……」
その言葉にクリスは、ついでにルルイエも重苦しい雰囲気をまとわせて視線を落とす。
自分たちは首を掴まれた獲物に過ぎない、ナコトの手にかかっているのだ。
さもなくば、借金地獄に陥るのは確定しているのだから……。
「いこうか……」
「はい……」
トボトボと屋敷の中に入る二人。
先程まで展開していた水の箱も、今は壁や天井に異常はないか調べるためのセンサーとして使われている。
中の空気を入れ替えるために時折大きく穴をあけているが、その都度二人はこみ上げる吐き気と戦っていた。
「ルルイエさん……風の魔法で何とかならないんですか……」
「無理……屋敷全体が臭い……外の空気と入れ替えようにも隠蔽魔法の他に阻害魔法もかかってて、そんな大掛かりな魔法が使えない……」
「じゃあ阻害魔法の外からなら……」
「それも魔術的結界があるから無理……」
今にも死にそうな声で話す二人は、もはや臭い以外の何かに頼らなければ意思を保つことすら難しい。
そのために会話という方法を選んだはいいが、それが逆に箱の中の空気を消費するという事に気付いていない。
結果的に定期的に箱を開けては空気を入れ替える事になっているのだ。
「で、黒幕はわかりましたが真犯人はどうです……」
「そんなん、もう見当ついてるでしょ……。今はこの臭いと魔術の発生源を叩かないと……」
「ですよね……」
やっていることは間の抜けた行為だが、二人は既に犯人に目星をつけていた。
加えて言うならば、その犯人をぶちのめすためにはどうすればいいかという点に関してもである。
そのためにもこの苦行を乗り越えねばとフラストレーションをため込み続けている。
「それで、この一件終わったら犯人はどんな目に合わせてやりましょうか……」
「ぶっ殺す……殺して屍食鬼の餌にしてやる……」
額に青筋を浮かべた二人は、すでに目的が変わっている事にも気付いていない。
が、それを咎める者はいない。
はやし立てる者、あるいは参戦するであろう者は一人いるが今は車の中で昼寝をしている。
アバーラインやアデルと言った、比較的常識を兼ね備えた者がいればこの後に起こる被害はもう少し穏やかなものになっただろう……が、それは詮無き事である。
「……ルルイエさん、ここです」
しばらく屋敷の中を探索した二人はある一室に足を踏み入れる。
そこでクリスは一言だけ呟いた。
「場所は」
「クローゼットの中、そこだけ水を伸ばそうとしても届きません」
「そうか」
クリスは権能が阻害されるというのを逆手に取って捜査をしていた。
自身を中心に5mの範囲までならば水を自由に操れる。
この異臭立ちこめる屋敷の中であってもそれは例外なく、空気中の水分であろうとも検知できる。
それらを用いて部屋に入っては室内を探っていたが、この部屋に入って数秒のこと。
クローゼットの方に伸ばした水分が自身の手を離れて霧散したのを感じ取った。
クリスの言葉に、ルルイエは左右の手に魔力をためていつでも攻撃系の魔法を放てる状態でクローゼットの前に立つ。
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