第30話

「なんですこれ! なんでトラックが!? というか臭い! そしてスプラッタ!」


 矢継ぎ早にまくしたてるのは、遅れてその場に駆け付けた依頼人ことラビィだった。

 今までの出来事が出来事だけに、すっかりその存在を忘れていた一行だったがようやくこれが持ち込まれた依頼であると思い出し、そしてやりすぎちゃったかなぁと頭を掻くナコト。


「えーと……何から説明すればいいやらで……あ! そうだ、屋敷の中から屍食鬼とゾンビが出てきたんですよ!」


 とっさに、そして華麗に自分がピッキングでドアを開けて侵入しようとした事を無かったことにするクリス。

 いっそすがすがしい手腕にナコトも苦笑いを隠せない。


「それで身の危険を感じたから応戦、といってもあれを素手で触りたくないからトラックを投げつけてみたよ」


「投げつけて……えぇ……?」


 カオスに住む者、一部の種族ならその程度の事はできるかもしれない。

 魔法や魔術を使えば人間でも可能だろう。

 だが、それに要する労力はどれほどか。

 少なくとも人間ならば昏倒、獣人や魔族、エルフと言った種族でも疲労の色は隠せない。

 だというのに、トラックを投げたというナコトは冷や汗一つかくことなくへらへらと笑っている。

 その様子にラビィは困惑していた。


「と、ともかく……これ屋敷の調査は……」


「あー……どうします? ルルイエさん」


「もう、おうちにかえりたい……」


 三度の嘔吐に加えて心身ともに疲弊したルルイエは涙目で答える。

 しかしそうは問屋が卸さないと、ラビィが必死の様子でルルイエにしがみついていた。


「待ってくださいよぉ! こんなの上に報告したら僕、首になっちゃいます!」


「だってさぁ……」


「だってもなにもないですよぅ! ここで依頼打ち切るなんて言ったら裁判も辞さないですよぉ!」


「えー……じゃあまあ、行くしかないか……」


 そう言ってルルイエは気を取り直すべく煙草に火をつける。

 その煙を嫌がるようにラビィが数歩下がった。


「煙草、くしゃいです……」


「そんなん、この悪臭に比べたら無いも同然でしょ」


「それはそうですが、汗と香水を混ぜたような悪臭と同じで匂いは相殺しないんですよぅ」


 鼻を抑えるラビィの声はくぐもっている。

 それを意に介さず、ルルイエはげんなりとした様子で屍食鬼に近づく。

 同時にナコトはトラックを車道に戻し、クリスは玄関でこっそりとドアのロックをいじっていた。

 証拠隠滅はできたとルルイエにサインを送ったクリス。

 それを端目に屍食鬼の頭におずおずと触れたルルイエは、汚いものを……実際屍食鬼はあらゆる種族の中でも最も不潔とされているが、汚物を触ったかのように手を振りポケットから取り出したウェットティッシュで手を拭うとクリスの元へ近づいていった。


「やっぱりこの魔力の発生源はあれじゃない。けど魔力の痕跡はあった」


「どういうことです?」


「何かの魔力に当てられて、あれは人間から屍食鬼に変化したとみるべきだ」


「つまり……中に犯人がいてあれはその被害者?」


「あるいは共犯者だろうねぇ。どちらにせよ面倒くさいけどさ……ナコトさんじゃないけどこの建物ぶっ壊しちゃおうか……」


 物騒な事をつぶやくルルイエ。


「だ、駄目ですよぅ」


 しかしそこはさすがの獣人。

 小声であったにもかかわらずしっかりとルルイエの言葉を聞き取りくぎを刺した。

 小さく舌打ちをしたルルイエは煙草を投げ捨てて、そして玄関に向き直る。

 換気されたことで多少はマシになった匂いだが、今なお吐き気を催す腐臭を漂わせる屋敷の中に入るのは気が引けるようだ。


「あー、ナコトさん。一応聞きますけど……どうします?」


「黒幕わかったし、大体オチ見えてるからもういいや。外で待ってる」


 臭いしね、と言ってナコトはここまで乗ってきた車の助手席に戻り居眠りを始めるのだった。

 あまりにもマイペース、しかしそれこそがナコトの本分。

 何処であろうと何時であろうと、ナコトは自分のペースで生きている。

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