第33話

「で、その魔法陣を見て気付いたという事ですか? ならここに来たのは失敗だったなぁ……一番厄介な人がいない今がチャンスだと思ったんですけどね」


「ばーか、あんたのミスはこの依頼を持ってきたことだよ」


 鼻で笑いながらルルイエは煙草に火をつける。


「獣人の五感が優れているのは言った通り、兎の獣人は嗅覚と聴覚が特に優れている。それ以上に危機察知能力は異能と言ってもいいほどのレベルのはず。そんなのがうちの事務所に来るはずが……いや、来られるはずがない」


「いやいや、中には無謀な輩もいますからそうとは限りませんよ。根拠にしては薄い」


「まぁね、だから続きがある。あんたがここに来た時、なんて言った?」


「なんでしたっけ」


「まずトラックが突っ込んでいることに驚いて、それから臭いと言った。おかしいなぁ、五感に関しては人間とそれほど変わらない私達ですら悶絶して嘔吐するほどの悪臭だったのに」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべるルルイエ。

 その横で「ゲロ吐いてたのルルイエさんだけですけどね」と冷めた様子であくびをするクリスとは対照的に、珍しくシリアスな雰囲気を醸し出している。


「なるほど、失態でしたね」


「それに私の煙草の匂いに反応した。自分でも煙草を吸っていて気付けない匂いに……相殺はできなくても上書きはできるんだよ」


「はは、次からはもう少し気を付けなくっちゃですね」


「次があるとでも?」


「おや、それはこちらも似たようなセリフを返さなければ。逃げられるとでも?」


「もちろん」


 そう言ってルルイエは窓に向けて火球を投げつける。

 威力は上々、窓ガラスはもちろん壁すら破壊しかねない一撃は……しかしガラスに当たった瞬間霧散した。


「あはっ、この屋敷はいたるところに魔法陣を刻んであります。特にこの部屋には入念にね……たとえ亜神であっても魔力に依存する攻撃ならば無効化も容易い」


「ふーん、だとして兎ちゃんが私達にどうやって勝つつもりなのかを聞きたいね。獣人とはいえ小型草食獣。はっきり言って身体能力も大したことない」


「えぇ、普通の獣人ならばそうでしょうとも……ですが僕はね」


 そこで言葉を途切れさせたラビィ。

 二足歩行の兎にしか見えなかった体躯が、見る見るうちに変貌していく。

 ふわふわの白い毛はハラハラと抜け落ち、顔はそのままに目が赤く光り、爪が鋭く伸びる。

 俗に言う変身だが、それを待つほどルルイエはお約束を大切にしない。


「そんなん悠長に待つとでも?」


 そう発すると同時に多数の魔術がラビィに襲い掛か……れなかった。


「ルルイエさん! お約束は守らないとだめです!」


 バチコーンと、後頭部を叩かれたルルイエの魔術は狙いを剃れて床や壁にぶつかり霧散した……。


「なにするんだいクリス!」


「怪人の変身シーンを待つのはお約束ですよ!」


「最近のニチアサじゃそのお約束無視されるじゃない! 主にヒーロー側が!」


「それでもヒーローは律義に相手の変身を見守るところからがお仕事なんです!」

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