第13話
その報酬として無事阻止できれば3億、事件阻止に失敗しても犯人確保で1億がルルイエ探偵事務所に支払われ、ナコトにはどちらにせよある程度の自由というふんわりとした内容が記されていた。
その事からクリスはルルイエの立場はやはり父の眷属に近い何かであり、ナコトは直接の眷属ではないにせよ何かしらの縛りを受けている立場であると察することができた。
しかし最大の問題、つまりナコトの呼吸を止めかけているほど笑わせている部分はそこではない。
「入社試験の代わりに、今日の正午にダムの爆破を目論むヴィランがいるから阻止して見せろ……へぇ、今時珍しく大掛かりな事目論む輩がいるんですね」
ヴィランとは、悪党や悪役の総称であり俗称である。
言うなればヒーローの対極的存在、それらをまとめてそう呼ぶ。
「軽いなぁ……ダム爆破されたら、最悪この辺り一帯も水に沈むのに……」
「でもうちは沈みませんよ、お父さんいるから」
「まぁたしかに……あの人、あれだろ?」
ルルイエの言葉にクリスはこくりと頷く。
「だよなぁ……まぁなんだ、水の邪神様だから多少はどうにかできるんだろうけど……」
「でもこの事務所は沈むねぇ」
ようやく落ち着きを取り戻したナコトが冷静に分析して見せる。
この街を支えているダムのどれか一つでも破壊されれば、ルルイエ探偵事務所は間違いなく水没するであろう立地だった。
「……犯人確保だけでもどうにかしないと」
神妙な面持ちでルルイエが呟く。
それと同時に通帳や印鑑、合わせてそれなりに価値があるであろう物品を片端からカバンに詰め込み始めた。
いざという時の備えだろうか。
「ルーちゃん、空っぽの口座に何の意味があるのかな」
「空っぽでも1億入るじゃないっすか!」
「捕らぬ狸の皮算用、って知ってる?」
ナコトにばっさりと斬り捨てられたことでルルイエはぴたりと手を止めて、捨てられた子犬のような目でナコトを見つめていた。
「はいはい、そんな顔しなくてもいざとなったら他の地区の物件貸してあげるから」
よしよしと、子供をあやすようにルルイエの頭を撫でたナコトは続けざまにクリスに視線を移した。
「それでクリスちゃん、そのダム爆破予定地は?」
その言葉を聞いたクリスは手紙を見直すがダムの爆破に関して細かい事は一切かかれていなかった。
「これ場所書かれてませんね……」
「三枚目の最後見てみな」
気を取り直したのかルルイエが涙目で手紙を指さす。
「最後……?」
そこには一言、探偵なら自力で場所探してみようね♡という可愛らしい文字が綴られていた。
そこには塗りつぶしたような跡があり、そして今までとは違う字体。
クリスには見覚えのある、母の字であった。
「お母さん……いい年してハートマークはないでしょ……うわ、キスマークまで……」
「あ、クリスちゃんマリアに年齢の事は禁句だよ」
「知ってます、以前お父さんが酔った時に何歳になってもいい女だなって口を滑らせて家が半壊しましたから」
なおその時は半分以上が誉め言葉であったためその程度の被害で済んだのである。
これがもし夫婦喧嘩の際に発せられた罵声であれば周囲一帯が焦土と化していてもおかしくは無かったというのがクリスの見立てだった。
あくまでも酔い覚ましとしてのツッコミで家が半壊するのだからさもありなん。
「それにしても調査に事件解決、犯人逮捕……探偵らしくなってきましたね!」
「いや、探偵らしくは無いだろこれ……」
クリスの言葉にルルイエが顔をしかめさせる。
たしかに言葉だけを聞けば、物語に出てくる探偵のようではある。
だがこれは現実であり、明らかに探偵の領分から外れているのだ。
「でも……どうします? 正午というとあまり時間はありませんけど……」
「そりゃ人海戦術でしょ」
あっけらかんと言うルルイエにクリスは辺りを見渡す。
そこにいるのはクリス、ルルイエ、ナコトの三人である。
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