いあ!バイト試験!

第11話

 そんな家族の団欒から2日後の朝。

 クリスはいまだ春休みで時間を持て余していたが、父にどうしてもこの日の朝にと言われたためナコトに無理を言って時間を作ってもらい、探偵事務所に向かっていた。

 名刺に記された住所は、驚くことにクリス一家の住む家からさほど離れていない位置にあり、車なら数分、徒歩でも10分の距離だった。

 初出勤と言う事も鑑みて今日のクリスは白いブラウス、黒いジャケット、ロングスカートとフォーマルな服装である。

 学生バイトと言う視点、それも高校生ともなれば上々な心構えであると鏡の前で自画自賛してからの出発だったが……。


「えーと……ここを右に曲がって……」


 スマートフォンを縦に横にと傾けながらうなる様子はいかにもな迷子だった。

しかしナビに従いながら、見慣れてはいるが通り慣れていない道を進むこと15分。

 待ち合わせの時間には十分余裕があったが、おっかなびっくりナビに従いながらの路程。そのためナビが予想していた時間よりもそこそこ遅れて到着した。


「……ここって……」


 ナビが目的地に到着しましたと表示した場所は、この一帯では有名な幽霊ビルだった。

 この一角がまだオフィス街として名を馳せていた頃に建てられた、しかし完成直後に突然の不況で軒並み会社がつぶれてしまった時代の物である。

 その中でも完成直後に経済の混乱に直面したという事から一部では呪いのビルとも呼ばれる物だった。

 本当にここであっているのだろうかと不安を覚えて近くの電柱に書かれた住所を見て、ナビを確認して、そして決定打としてビルの入り口には『ルルイエ探偵事務所』と看板が掲げられているのだから疑いようも無かった。

 結果としてクリスはおっかなびっくりとビルに足を踏み入れ、インターホン代わりに置かれた電話の受話器を取った。


「あのー、先日面接受けたクリスです」


「はいはーい、今ドアを開けるから直進してねー。そしたら玄関だから」


 受話器の向こう側からナコトの声が響くのを聞くと同時にガチャリという音が響く。

 二階へ上がるための階段、その扉の鍵が外された音だろう。

 あえて言ってしまえばクリスとてそれなりの戦闘経験を積んでいる。

 合わせて、事件の匂いを嗅ぎつければ心霊スポットでも突撃するが少し委縮していた。

 なにせ普段はアルバイトに精を出す普通の女子高生だからである。

 ゆえに、鍵の開いた扉を押し開けるまでに多少の時間を要したのは致し方のない事である。


「おじゃましまーす……」


 そっと押し開けた扉から顔だけ差し込んで中を覗き込めば、外観からは想像もつかないような内装がクリスの目に飛び込んだ。

 階段、しかしどこか生活感のあるその場。

もしかしたらオフィスとしてではなく社宅として作られたのだろうか、そんな内装。

それらがビルの外観に反して綺麗に清掃されている。

だが代わりに、リノリウムの階段の所々には正気が削られそうな名状しがたい像や、禍々しく混沌とした何かを描いた絵画、大きな水槽があり中には人の腕くらいならば簡単に食いちぎってしまいそうな魚のような何か。


 そんなおどろおどろしい装飾品の数々に並び、しばらく進んでみると今度は過去に活躍したヒーローたちの写真やフィギュアなどが雑多に並べられている。

 また廊下には一見ガラクタにしか見えないような物品が乱雑に並べられていた。


「いらっしゃーい、こっちでルーちゃん待ってるからどうぞ。あ、これスリッパね」


 二階に上がると同時に床が樹脂製の物から毛足の長い絨毯へ変わり、ナコトに差し出されたスリッパに履き替えたクリス。

 フォーマルに決めたクリスとは打って変わってナコトはゆったりとした黒いズボンとノースリーブのダボっとしたシャツ、挙句の果てに下着(ブラジャー)もつけていない無警戒な様相。

 そんな恰好でペタペタと先導するナコトの後に続き、そしてある部屋の前で立ち止まった。

 そこには外に置かれていたものと同じ『ルルイエ探偵事務所』という看板が掲げられている。


(家の中に看板出す意味ってなんだろ……)

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