第7話

 バリツとは、シャーロック・ホームズが作中で使う近接格闘術の事である。

 間違っても魔法と同等の能力を用いて広範囲の敵を一蹴するような戦闘方法ではない。


「でもなんでヒーロー? 君がフィリップスの娘さんだとしたらそれは……」


「話せば長いんですが……」


「そう? じゃあ今度聞くよ。今は時間があんまりないからさ」


「そうですか?」


「うん、それよりも探偵の話。ちょっと私が家の一部を間借りさせてる子がいてね。その子は探偵をしているんだけど最近助手を募集中でね、君と君の経歴……まぁ主に今回の騒動だね、それを見て是非とも助手にしたいって言ってたんだ」


 なおマジックミラーの向こう側では「言ってない!」とルルイエが声高々と叫んでいた。

 あまりの声量にアバーラインとアデルが耳を塞いでいるほどである。


「あまりにも興奮してたから私が代わりに面接をすることになったんだけどどうかな」


 やはりマジックミラーの向こう側では「嘘つけ!」などと言う怒声が飛び交っていた。

 が、素晴らしき防音性能がその声を当人に届けることは無い。


「助手……つまりワトソンですね! いざとなったら辞めればいいだけですし、ちょうど前のバイト先も潰しちゃって困ってたところなんです! 是非お話聞かせてください!」


 三度目の叫び、隣の部屋ではルルイエがアデルの胸ぐらをつかみながら「バイト先潰したって何!?」と詰め寄っていた。

 が、やはり届かないのもお約束である。

 悲しきかな、哀れルルイエは特大の爆弾を押し付けられつつあるのだ。


「へー潰したの? 潰れたじゃなくて」


「ちょっと……まぁ言いにくい事なんですけど店長のハラスメントが酷くて。婉曲表現ですけどプチっと」


「プチっと」


 その会話に「まさかの物理!?」とルルイエが叫ぶ。

 当然、届かない。


「うんうん、いいねいいね。じゃあ早速面接始めるけども今は17歳だよね、学生さんだけど時間は取れるかな?」


「そうですねぇ……部活とかやってないので平日でも夕方以降なら大丈夫ですよ」


「ふむふむ、休日は?」


「大丈夫ですよ、ただ宿題とかやる時間は欲しいですね」


「まぁそうだよねぇ、じゃあ今度は普通に実技方面の話なんだけども魔法は使える?」


「水に限れば教本に載っている魔法は一通り……でも使わないですね」


「もしかしてだけど、権能あるとか?」


 ずいっと身を乗り出したナコトが興味津々と言った様子でクリスの瞳を覗く。

 それにこたえるようにクリスも身を乗り出してニヤリと笑って見せると指を一本立てた。

 何もない空中を指さしているだけに思えたそれは、しかし気が付けば指先には水の球が乗っていた。

 しかも徐々にではあるが大きくなっていっている。


「へぇ、やっぱりフィリップス……クトゥルフの娘さんだけあって水の権能かぁ」


 今明かされる衝撃の事実、と言うほどの事でもない。

 エルフやドワーフ、人間に鳥人、ドラゴンにユニコーン、サキュバスに天使が生活を送っているのであればそこに神が住んでいても何らおかしくない。

 その神が子を残していて、なおかつ邪神とも言われるクトゥルフの娘がヒーローに憧れていようともそれはありふれた光景である。


「こんな事も出来ますよ【バリツ10式:武器(ウエポン)銃(ガン)】」


「へぇ、撃てるの? それ」


 返事代わりに水を組み替えて作り上げた銃の引き金を引くとアデルたちが覗いているマジックミラーを突き抜けて、小さな氷が音速で飛びぬけていった。

 弾が頬をかすめた事でアデルは冷や汗を流し、アバーラインは修繕費やらなんやらの始末書を想像して頭を抱えていた。

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