第6話
ようやく得られた自由にアデルは肩で息をしながら、頬を染めてもうお嫁にいけないなどと言いながらも身だしなみを整える。
そして散らばった書類を拾い上げて机の上に戻し、アバーラインの煙草を奪い取って自らも吸い始めた。
「あ……俺の煙草……」
「助けてくれなかった罰です!」
むぅ、と口をとがらせて抗議するおっさん警部ことアバーラインに、しかしアデルはむせ返りそうになりながらも煙草を吸い終えて少し落ち着きを取り戻していた。
一方アバーラインはルルイエから新たな煙草を貰いながら口を開く。
「で、あれは本当にクラフトで良いんだな」
「そうだよ、裏社会を牛耳る悪の総帥フィリップス・クラフトの娘さんで書類も本物。何なら警視総監に聞いてみる?」
「いや、やめておこう。これ以上追いやられる窓際がない以上次は首だろうからな」
「物理的か、それとも比喩的か、どっちだろうね」
ナコトの言葉にアバーラインは煙を深く吸い込み、吐き出す。
返事はしない。
「10分貰おう、その間に記録と調書を全て破棄する」
「うん、じゃあその十分好きに使わせてもらうけど……あのクラフトちゃんは何をしたの?」
「……おいアデル、調書を見せてやれ」
「いいんですか?」
「無かったことになる記録が、無かったことにする奴らに見られて何の不都合がある」
「……それもそうですね」
そう言ってアデルは数枚の書類をナコトに手渡した。
それを眺めるナコトの瞳が輝きを増したことに、アデルだけが気付かなかったのは付き合いの浅さ故だろうか。
その光を見逃さなかったアバーラインは面倒くさいと言わんばかりに目をそらし、ルルイエは何事かと書類を覗き見る。
そこに記されたのはクリスが今回の事件でやらかした事の顛末と、そしてその被害総額について書かれていた。
建造物や転移門の破損、道路の修復で軽く億単位の額が吹き飛ぶことになる。
「うへぇ、これとんでもない額ですねナコトさん」
「だねぇルーちゃん、うん実に面白い」
「……はぁ、そうですか?」
「面白いからルーちゃんこの子雇わない?」
「は……? はぁ!?」
ナコトの口から飛び出した爆弾にルルイエは驚愕の色を見せる。
「ほら、ルーちゃんの探偵事務所。そろそろ助手でも募集しようかなって言ってたじゃん」
「そりゃ言いましたけど……嫌ですよ、こんな爆弾娘抱え込むの。雇用主にも選ぶ権利が……」
「えーナコトさんのお墨付きだよ、いざと言う時は私も手を貸すし」
「嫌です、絶対に嫌です」
頑なに首を縦に振らないルルイエに、ナコトは少し声のトーンを落としてぽつりとつぶやく。
「家賃」
「所長権限で面接を行わせていただきます」
たった二文字の前に一瞬で陥落したルルイエは全身から冷や汗を流し目を泳がせていた。
まさしく、鶴の一声である。
「あ、待ってどうせなら私が面接やりたい!」
「はぁ? 正気ですか? 私の探偵事務所、私の助手、私の便利に使える人員ですよ」
「え? ごめん聞こえなかった、家賃がどうかした? 今月分まだ振り込まれてないよ?」
「いえいえ一任すると言ったんですよ今月分もうちょっと待ってくださいお願いしますなんでもしますから」
「そう? じゃあ月末まで待ってあげるね」
「でも助手募集の張り紙は職安向けのポーズで雇うお金とか……」
「ふむふむ……じゃあ雇うならしばらく家賃半額にしてあげようかなー」
にっこり、天使のような微笑みを浮かべるナコト。
対してルルイエと言えば神の奇跡を見た信者のように、祈りを捧げるかの如くそれを拝んでいた。
「ちなみに雇わなかったら家賃倍プッシュね」
天使から一転悪魔の笑みを浮かべたナコトにルルイエはびしりと敬礼で返す。
それを見てひゃっほーいと、まさに意気揚々と言った様子で部屋を出てすぐ隣、クリスが取り調べを受けている部屋に乗り込んだナコト。
彼女はそこにいた二人の警察官を部屋から追い出してクリスの向かいに座った。
「こんにちは、ナコトさんだよ」
「あ、どうも……クリスと呼んでください」
「ふーむ……フィリップスのやつ、こんなかわいい娘隠してたんだねぇ……ねぇ単刀直入に聞くけど君、探偵に憧れてたりしない?」
その言葉に、クリスはガバリと顔をあげて目を輝かせる。
キラキラとした瞳は語るまでもないと言った様子が見て取れた。
「うんうん、調書にバリツ云々って書かれてたし偽名もシャーロックって言ってたから。それにヒーローも名乗ってたみたいだし……いいねいいね」
「わかりますか! やはり探偵と言えばホームズ! ホームズと言えばバリツ! これは譲れません!」
先程までの淡々とした取調べとは打って変わって早口で語り始めるクリスにナコトは苦笑いを浮かべる。
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