第5話

「名前は」


「クリスティエラ・クラフト、長いのでクリスでどうぞ」


「年齢」


「17歳です。あ、永遠の17歳とかいうのじゃなくて本当に17歳のぴちぴちギャルです」


「いや死語だろそれ……えーと、お仕事は? 学生さんかな?」


「そうです、花の女子高生! そして野良ヒーローです!」


「はいはい学生ね……ちなみに野良ってことはやっぱりヒーローの資格は?」


「もちろん持ってません!」


「はい無許可のヒーロー活動で罪状追加と……」


 取り調べは淡々と進められていった。

 少女ことクリスが質問に、時折余計な事を交えながらもきちんと答えていったというのも理由の一つではある。

 結果として調書は無事に埋まっていくのだった。

 それを隣室のマジックミラーの向こう側で眺める人物が二人。


「まったく、世も末だな……」


 苦々し気に呟くクリスを逮捕した中年の警察官と、そして警察官には珍しい純粋な、そして脆弱な若い人間である。

 姿かたちだけを見ればどちらも大差ないが中年警官はれっきとした人外でだ。


「調書は進んでいるようですが、クラフトですか……」


 人間の若い警察官はペンをくるくると回しながら名前に引っかかりを覚えていた。


「……クラフトねぇ、本物ならそいつは無駄になるな」


「ですね、どうします?」


「聞くまでもねえだろ、偽物だったらそれは重罪だから記録しとけ」


「わかりました」


 素直に書類と向き合い始めた青年警官はカリカリと再び書類に記載を始めた。

 その数秒後の事だった。


「ちわー、アバーラインいるー?」


 扉を乱暴に開けて少女とも形容できる女性が押し入ってきた。

 その額には人外であることを示している二本の黒い水晶のような角が生えている。

 続けて人間と外観は大差ない、こちらは女性らしい体つきの人物。

 俗な言い方をすればボンキュッボンである。


「……ナコト、アポは取れ。仕事中だぞ」


 それに反応を示した中年警官、もといアバーラインは苦々しげな表情をしながら青年警官に手を止めろと合図を送った。


「そのお仕事のお手伝いと言うか尻拭いだよ」


「だよなぁ……このタイミングじゃあな……」


 大きなため息からは疲労が見て取れた。

 肉体的な物ではない精神的な疲労である。


「とりあえず端的に、あの子本物のクラフトだから釈放ね」


「はいそうですかと言えるほど警察って組織は温くないんだが」


「大丈夫、ルーちゃんあれだして」


「えーと……あぁあった、はい警部」


 ルーちゃんと呼ばれた女性は一枚の書類をアバーラインに差し出した。

 そこにはクリスティエラ・クラフトの釈放、並びに今回の一件は全て別のヒーローが成し遂げた偉業であり彼女は何もしていなかったことにするという旨が記されていた。

 そしてそこには警視総監のサイン、そしてフィリップス・クラフトなる人物のサインも。

 ご丁寧にもコピーされた代物であり原本は上が抱えているのだろうとアバーラインは頭を抱えた。


「……アデル、俺の禁煙記録って何日だ」


「今日で10日目です」


「そうか……」


 青年警官、アデルと呼ばれた彼は実に手際が良い。

 近くにあった灰皿をアバーラインの目の前に差し出し、懐からライターを取り出した。


「……すまんな」


 そう呟いてから煙草を取り出そうとして、そして思い出す。

 というよりはその事に気付けないくらいに精神が摩耗していたのだろう。

 禁煙中なのに煙草を持ち歩く者はいないと。

 しかしそこは別の助けが入った。

 ルーちゃんと呼ばれた女性である。


「これでよければ」


「……礼は言わんぞ」


 差し出された煙草、安価で不味くニコチンの摂取を主目的としたそれを摘まんでアデルのライターから火を灯してもらったアバーラインは一服を始める。

 合わせてルーちゃんも一服しようと煙草を咥えて、アデルの隣に立った。


「アデルくーん、私にも火ちょうだーい」


「……自前でどうぞ」


 そう言ってアデルから逃げるように椅子ごと移動したのだ。


「つれないねぇ……」


「ルルイエさんどさくさに紛れて尻撫でるつもりでしょ」


「いんや、今回はその胸板を堪能させてもらおうと思ってね」


「ざっけろーに」


 更に逃げようとしたアデル、しかししょせんは人間かな。

 人外のルーちゃんもといルルイエの魔の手からは逃げきれずにいた。

ルルイエのその技術はいったい何処で役に立つのだろうか。

 一瞬の間にアデルの背後に回り込むと、するりとネクタイを緩めてシャツのボタンを外しその胸筋を蹂躙し始めたのだった。


「ちょっ、やめ、やめろ!」


 抵抗するアデルの腕が書類の束にぶつかり地面に散らばる。

 それを踏まないように立ち回りながらもルルイエは手を休めない。


「うーん、なかなかいいねぇ。人間なんて脆弱だからってあきらめて鍛える事も怠る糞みたいな種族だけどアデル君はその辺しっかり鍛えてるから撫でまわしていて気持ちがいい」


「は・な・せ! そこ触るな! 乳首つねるな!」


「ふむふむ、感度良好なれど波高し……」


 ルルイエのセクハラはとどまることを知らない。

 人を凌駕する腕力に抑え込まれたアデルは必死の抵抗を見せるが、悲しいかな種族間の筋力差を埋める事はかなわないのだ。

 たとえ男女であれどそれは絶対的に超えられない壁である。

 あらゆる種族の中でも比較的筋力で劣るルルイエでも人間を押さえつける程度の事は雑作もないのだ。

 その様子をいつもの事と言わんばかりに静観しているナコト。

 同時に面倒くさいから生贄にちょうどいいと部下を見捨てるアバーライン。

 そして助けろとはなせを交互に叫ぶアデル。

 艶めかしい動きでアデルの体を撫でまわすルルイエ。

 この世界の名に恥じないカオスである。


「さーて今日のパンツは何色かなー?」


 ニヨニヨと意地の悪い笑みを浮かべながら、アデルを拘束する腕はそのままに器用にズボンのベルトを外しにかかるルルイエ。

 しかしそこでようやくストップがかかった。


「はいはい、ルーちゃんそこまで。それ以上はお縄になるよ」


「……警察官の前でというか、警察官に堂々とセクハラとはいい度胸だな」


 ナコトと呼ばれた小柄な女性とアバーラインはそれぞれの方法で、具体的にはナコトは拳を鳴らし、アバーラインは手錠を構えてルルイエの蛮行を止めに入った。

 それによってようやく、アデルは自由を取り戻したのである。

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