第2話 14:50 ②

 坂の下へ転がっていった鉄骨のはるか手前。

 地面にへたりこんだままのおばあさんに、後ろから歩み寄る。

「これ……返します」

 その手からぶん取ったビニール袋を返そうと声をかけた。


 反応がない。


 仕方なく、地面についたおばあさんの手の近くに袋を丸めて置くことにした。


 すると、袋が触れて気付いたのか、おばあさんがこちらに顔を向けた。

 こちらの顔を見るなり目を見開き、少しの間の後、口を開いた。

「おまえ、……知っていたのかい」

 目が揺れている。恐れと疑念が混ざったような、伺うような目。

 横から冷たい風が吹き抜けた。


 どう答えたものか。

 知っていた。クレーンから鉄骨が落ちてくるのも、おばあさんがどうなるはずだったのかも。

 しかし、知っていたと伝えても説明がうまくできない。

 ならば、取るべき対応は決まっていた。


 頬を緩め、微笑んで言う。

「そんなわけないじゃないですか。偶然ですよ」

 無知を装うために軽く。うそぶきと悟られないように少し堅く。


 しかし、目の前の顔はみるみるうちに視線を尖らせ、挙句には聞き飽きたセールストークを見るようなじめっとした視線となった。


 それでも表情を変えずにいると、彼女は視線を切って袋を掴んで立ち上がり、坂を登り始めた。


 坂の下はついさっき落下してきた鉄骨が塞いで行き止まりになっているから、迂回するのだろう。


「気をつけてくださいね」

 すれ違い際に、これで最後と思い声をかけた。


 チッ。

 舌打ち音の直後、真横でおばあさんがぐわっとこちらを振り仰いだ。目を剥いて、口には牙があるような迫力があった。

「誰が……誰が助けてくれと頼んだんだ!あの鉄骨に巻き込まれていれば、私は楽になれていたのに!楽になれて……」

 勢いが尻すぼみになり、急に胸を押さえてかがみ込んだ。

 咄嗟に手でおばあさんの肩を支えた。

 前屈みになりながら、おばあさんは細く息を漏らしていた。垂れる前髪の間からぎゅっと目を閉じて堪えているような表情が見える。


「大丈夫ですか。救急車呼びますか。大丈夫ですか」

 必死に呼びかけるが返事がない。ずっと苦しそうに喘いでいる。


 助けを呼ばないと。

 

 そう思い振り向こうとした時、背後から声がかけられた。

「君、大丈夫か」


 振り返ると、警察官がそこにいた。

 僕は焦りのままに助けを求めた。


「助けてください!」

 

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