第2話 独裁国家鉄道

 今度は東南アジアの発展途上国フイブルという国に、日本政府による途上国支援という形で譲渡された。


 フイブルといえば、政治が不安定な国という程度しか知識がない。


 そんな国でも走れることに胸がはずんだ。俺の車体はあちこち傷んでいるが、かつて渋谷から横浜を走っていた頃のようなエネルギーを乗客から感じる。伊豆の車庫で廃車になることを考えていたのに、今はもっと走りたいと考えている。どんなに身体に痛みを感じても乗客の笑顔が俺を癒してくれた。


 フイブルに来て10年経った頃、ある日を境に乗客の顔色が大きく変わった。


 拳銃を持った軍人が家畜を率いるような態度で乗客を粗雑に扱っている。どうやら政局が大きく変わったようだ。車内の液晶モニタには「毛主席」というお偉いさんの画像が表示されている。先日、車内で政権に対する不満を漏らした人がいた。その人は頭を拳銃で撃たれ、電車から放り出された。車内の壁にはおぞましい血痕が残り、絶望的な空気が車内を支配する。彼の家族には「死因は心臓発作、遺体は政府が丁寧に埋葬した」と伝えられるようだ。


 俺は独裁国家の収容所に人を運ぶ鉄道になっていた。


 この国には自由も人権もない。国際世論や偉い政治家達は「強制労働はけしからん」とSNSで批判を述べているだろう。しかし、誰もここに乗り込んで止めようとはしない。


 俺は走る喜びよりも彼らの悲しみに耐えられなくなっていた。今すぐ俺を廃車にしてほしい。そんな俺の心情とは裏腹に、老体は頑丈で壊れずに車輪は回る。やめたくてもやめれず、俺は来る日も来る日も収容所に人を運んだ。


 それから俺に出来ることをぼんやりと考えるようになった。


 自ら脱線事故を起こして、地獄への電車を少しの期間でも止めることぐらいしか思いつかない。


 悲しみですり減って消耗した俺は限界に達し、気がつくと自ら脱線事故を起こしていた。


 車体は派手に転んで横倒しになり、軍人を含む多くの乗客が衝撃で意識を失って血を流して転がっていた。


 事故後、俺の車体は倒れたまま線路から少し外れた所に避けられて、そのまま放置された。


 関係ない乗客を巻き込んでしまったのは申し訳なかったが、1ヶ月ほど地獄への電車を止めることが出来たようだ。


 俺の行動が正しかったのかどうかはわからない。


 何年も倒れたまま答えのない問いをたまにやってくる動物と空を見つめながら考え続けた。「少しでも収容所に連れて行かれる人間を減らしたい」という自分の意志がそこにあったのがせめてもの救いだった。



 何年ぐらい横たわっていただろうか。


 政治体制が入れ替わり、西側諸国を中心とした国連の支援が来た。


「この車両は俺が小学生の頃に通学に毎日乗っていた東横線じゃないか、、、今救い出してやる」


 懐かしい言葉だ。日本語?自衛隊か?


 大きなクレーンで数年ぶりに俺は起された。


 久しぶりに見る上下左右の正しい景色が懐かしかった。


☆☆


 もう電車として動けない俺は、幸運にも博物館に飾られ、退屈な毎日を過ごしている。


 人間の頃から好きだった電車に転生し、辛いこともたくさんあった。人間と同じように車齢を重ねるし、身体も心も弱っていく。だが、楽しかった。


 転生者には言っておきたい。


 転生した先の人生に期待しすぎるのはやめたほうがいい。


 俺は深い眠りについた。

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転生鉄道は語る taiki @taiki_chk

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