第53話 打ち上げのないギグの後
人波をかきわけて、リュウスケはカズヤのもとに向かった。カズヤは中腰の姿勢で片膝をついている。
「カズヤ、この倒れている連中は?」
「公安が撃ったのは衝撃弾だ。一時的に気を失っているだけだ。じきに目を覚ます。美咲も国営放送で虐殺現場を生中継するわけにはいかないだろう。だが、公安の中にも、骨のあるやつがいたらしい」
カズヤは手で押さえていた右脚の太ももから、手を離した。
傷口から血が流れていた。
「これは実弾か?」
「ああ、そうだ」
「痛むか?」
「いや、幸い、かすっただけだ。痛むが、じきに落ち着く。それよりリュウスケ、お前に訊きたいことがある」
「何だ?」
「何故、お前が被実験者になったんだ? それから、厚生労働省のトップシークレットをどこで手に入れたんだ?」
「それはな、話せば長くなる。落ち着いた頃にゆっくり話すよ。カズヤ、俺もお前に訊きたいことがある。答えられるか?」
「ああ、全力を尽くす」
「安楽死施設の構造はどうなっているんだ?」
「クソ重たい、クソ分厚い扉の三重構造になっている。おまけに三つの扉には、パスワードが仕掛けられている。これだけの人間が押し寄せたんだ。突破できると思ったんだが、これが限界かもしれない。リュウスケ、お前を救うことができなかった。すまない。俺は無力だ」
カズヤは荒い呼吸で告げた。
「いいや、まだ終わっちゃいねえよ」
「お前、何をする気だ?」
「ちょっとな、人に会ってくる。それと救わなきゃいけない女の子がいるんだ」
「お前も忙しいな」
「待ってろ、お前をステージの端まで連れていく。カタがついたら迎えにくるから」
リュウスケは肩を貸し、カズヤをステージ端まで連れて行った。
「ここなら安全だ。しばらく眠ってろ」
「ああ、リュウスケ、分かったか。ロックンロールには」
「世界を変える力がある、だろ」
「今夜は珍しく意見が合うな」
「ああ、まったくだ」
カズヤは右の拳を差し出した。リュウスケも拳をカズヤの拳に合わせた。互いの薬指のリングが触れた。
リュウスケは会場を抜け、日比谷公園を目指した。視界に映ったのは、人の海だった。3万人、いや5万人はいるだろうか。こんな光景を見るのは生まれて初めてだった。
姿勢をかがめ、人の海をかきわけ、出口を目指す。途中で息が苦しくなり、姿勢をもとに戻し、酸素を吸う。再び、人の海に潜りこみ、前に進んだ。押されて、戻される。それでも前に進んだ。
30分ほどで、人の波を抜けた。地下鉄の入り口に入り、階段を駆け下りた。
「リュウちゃんかい。こんな夜更けにどうしたの?」
「タケさん、A1番まで、かっ飛ばしてくれないか」
「なんか上がえらい騒ぎになってるみたいだけど」
「色々あってさ」
「そういえば、おたくのサチコちゃんも、別のトロッコでA1番に向かったよ」
「あいつ、どんな様子だった?」
「えらい血相変えて、あんなサチコちゃん初めて見たよ」
「ありがとう。タケさん。俺もA1番まで」
「分かったよ、ちょっと飛ばすから、しっかり掴まってててよ」
地下鉄の風を浴びながら、リュウスケは呪文のように繰り返した。サチ、早まるんじゃないぞ、絶対に早まるな。
「ほい。到着だよ」
リュウスケは千円札を手渡した。
「釣りはいらない。ラーメンでも食ってくれ」
★
階段を駆け上がり、地上の出口を抜けたリュウスケは、無人の霞ヶ関を5分ほど疾走した。ここだ。厚生労働省の正面入り口にたどり着いた。
入り口に二人の警備員が倒れている。左側の警備員のもとへ駆け寄った。衝撃弾で気を失っていた。腰のフォルダーを確認すると、拳銃が抜き取られている。
入り口のガラス扉には弾痕が見え、人が通れるほどの大きさでガラスが割られていた。
リュウスケは、割れたガラスをくぐり、ロビーを抜け、エレベーター正面に立った。エレベーターは停まっていた。再度ロビーに戻り、左奥に階段があることを見つけた。
3階を目指し、一段飛ばしで階段を駆け上がる。早まるなよサチ。
3階に着いた。広く、長い廊下が続いている。リュウスケは、左右のドアをのプレートを確認しながら廊下を走った。どこだ、あいつのアジトは。
廊下の一番奥のドアに辿りついた。「医政局」のプレートを見つけた。
リュウスケはブラウン色のドアを静かに開けた。
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