第49話 蘇った日比谷野外音楽堂
リュウスケは約束通り、23時にベースメントに到着した。すでにカズヤの姿があった。
「今さっき、ネット封鎖が解かれた」
カズヤが告げた。
「本当か。なら、アイ・シンクで告知ができるな」
「俺もそう思って、アイ・シンクのページにアクセスした。ところが、サービス終了のお知らせと表示されていた。だから告知することはできない」
「他にも何かあったのか?」
「ああ、ブラウザでスリル・フリークスの名前を打ち込んでみた。検索結果はゼロ件だった。英語表記でも検索してみたんだが、同じだった」
「それはどういうことなんだ?」
「つまりネット上には、俺たちの情報は何もないということだ。美咲が最初のカードを切った。言論封鎖だ」
「ヒロはまだ来ていないのか?」
「いや、もう来てる。ノートパソコンを持って、松浦さんと地下に行った」
「なんだ、あいつ。松浦さんに恋愛相談でもしてんのかな」
「30分くらいで戻ってくると言ってたから、じきに戻ってくるだろう」
しばらくして、ヒロキが戻ってきた。
「なんだよヒロ、ノートパソコンはどうした?」
「地下に置いてきたよ」
「何やってたんだよ? 松浦さんと二人で」
「うん。ちょっとね、理科の実験」
ヒロキは笑顔で答えた。
「なんだそりゃ。じゃあ機材を運ぶか」
リュウスケを含む三人は、地下室から地上に停められた、カズヤのライトバンに機材を運びこんだ。
すると、リュウスケの視界に音響担当の増田の姿が映った。
「どうしたの? 増田さん」
「いや、もしよかったら、俺も同行させてくれないかな。アンプの配置とか、俺なりに力になりたいんだよ」
「ありがとう、増田さん。車の中は狭いけど少し我慢してね」
機材と四人を乗せたライトバンは、日比谷を目指した。
「どうだ、外の様子は?」
ハンドルを握るカズヤが尋ねた。
「おかしいな。道路封鎖もされていないし、検問もない。信号もずっと青だ」
「人も誰もいないね。車も一台も走っていないし」
「少しでも、動きがあったら教えてくれ。その時はいったんベースメントに戻る。それにしても」
「どうした、カズヤ?」
「ここまで俺たちを泳がせるとは、どう考えてもおかしい。美咲はおそらく、日比谷への花道を用意してくれている。そうとしか思えん」
「ああ、おそらくそうだろうな」
「このまま、日比谷に到着できたとしても、野外音楽堂に罠が仕掛けられている可能性が高い。美咲の二枚目のカードだ」
30分ほどで、日比谷に到着した。ライトバンは野外音楽堂の脇に停車した。
「どうにか着いたね、じゃあさっそく、機材を運ぼっか」
ヒロキがライトバンの後部ドアに手をかけた。
「ヒロ、待て。ここからは危険だ。何が待っているのか分からない。ますは手ぶらで野外音楽堂の様子を確認しよう」
生い茂る木をくぐり抜け、野外音楽堂の全体を見渡せる客席の最後列を目指した。
「おい、何か光ってないか?」
「ああ、少しずつ明るくなってきているな」
最後の茂みをかきわけ、視界に野外音楽堂の全景が広がった。リュウスケは立ち尽くしたまま、呆然とつぶやいた。
「これは、一体」
上方から、まばゆい照明がステージを浮かび上がらせている。左右には、巨大なアンプ増幅用のパワードモニターのスピーカーが設置されている。隣のカズヤは目を見開いて、ステージを見つめていた。
「舞台まで用意されているとは」
四人は、ゆっくりと階段を降り、ステージ最前列へ向かった。
ステージの壁に生えていたコケやシダはすべて取り払われていた。ステージも清掃され、ゴミ一つもない。
「ここだけ、昭和時代にタイムスリップしてやがる」
リュウスケがつぶやいた。
「俺は音響設備の確認をするから。念のため、ヒロキ君、一緒にきてくれる」
増田はそう告げると、ヒロキとともにステージに上がり、奥のドアを開けて、中へ入っていった。
「リュウスケ、これは何だと思う?」
カズヤはステージと最前列の間に設置されている、幅1メートルほどの黒いレールを指さした。
「何だよ、このレールは?」
「まさか、もしかしたら」
カズヤはポケットからスマートフォンを取り出し、操作をはじめた。
数分後、カズヤが口を開いた。
「明日、このレールの上をビデオカメラが走る」
「どうしてビデオカメラが必要なんだよ?」
「これを見てほしい」
リュウスケはカズヤからスマートフォンを受け取り、画面に目をむけた。
「カズヤ、これは」
スマートフォンの画面には国営放送の3月5日の番組スケジュールが表示されていた。午前零時の欄には「スリル・フリークス、ライブ生中継。会場、日比谷野外音楽堂。終了時刻は未定」とある。
「国営放送が明日のギグを生中継するのか」
「ああ、番組の詳細欄を見たら、ネットでも生配信すると書かれていた」
「一体、美咲は何を企んでいやがるんだ?」
「分からない。ただ一つ言えるのは、少なくとも俺たちはステージに立つことができる。その先にどんな罠が仕掛けられてのかはまったく分からない」
「すべては、明日、ステージに上がってからのお楽しみってわけか」
「そういうことだ」
増田とヒロキが戻ってきた。
「どうだった? 増田さん」
「楽屋には、新品のテーブルと椅子が並べられていたよ。あと、隣の部屋がミキサールームで、最新型の音響機器だった。アンプとドラムセットの音を拾うマイクも準備されていた。それから電源の音響ユニットと照明ユニットも確認したけど、まったく問題はなかった。あとは機材を搬入して、アンプとドラムセットにマイクをセッティングすれば、すぐにでも演奏可能な状態だよ」
「ありがとう、増田さん。明日の音響、お願いしてもいいかな?」
「もちろん。全力で頑張るから」
「じゃあ、機材の搬入といくか」
ステージにアンプとドラムセットが設置され、楽器を楽屋に運んだ。
「じゃあ、俺はこれから、マイクのセッティングするから、少しここで待ってて。ヒロキ君、少し手伝ってもらっていいかい」
増田とヒロキはステージに向かっていった。
「これで、俺たちは少なくともステージ上で命を落とすことはなくなったな」
カズヤが口を開いた。
「どういうことだよ?」
「考えてもみろ。いくらなんでも国営放送が生中継で俺たちの殺人現場を放送するわけはないだろう。ただ美咲は俺たちの命を狙っているはずだ」
「どんな命だよ?」
「肉体的な命ではない。精神的な命だ」
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