第44話 サンタクロースからの贈り物
「ヒロ君、心配したよー。大丈夫だった?」
「う、うん。なんとか平気だよ」
リュウスケは両手で膝を叩くと、口を開いた。
「サチ、手術室の消毒を頼む」
「これから来るの。ワンちゃん?」
「まあ、とにかく頼むわ」
「うん。いつものやり方でいいの?」
「ああ、すまんな」
サチは手術室へ向かっていった。
「リュウくんも大変だね。こんな時間に手術するなんて」
ヒロキは診察室の時計を見ながらつぶやいた。午後11時30
分だった。
「ヒロ、お前の身体をさ、ちょいと調べさせてくれないか?」
「え、俺が手術受けるの? どうして?」
ヒロキの驚いた声が診察室に響いた。
「手術なんて、大げさなもんじゃないよ」
「でも、リュウくん、獣医じゃない」
「内緒だけどな、人間の手術もしたことが結構あるんだよ。だから心配するな」
「そうなの。痛かったりするのかな?」
「医学の進歩のおかげでな、ほとんど痛みはない。俺を信じろ」
「うん。じゃあ、分かったけど、調べて何か分かったら教えてね」
「わかったよ、ヒロ。あと、手術の経験は?」
「一度もないよ」
リュウスケは、自室の押し入れを開けた。グリーンの包装紙に包まれた箱を取り出す。サチの発注ミスのクリスマスプレゼントがこんなところで役に立つとは思わなかった。
次に、段ボールの中を確認する。あった。携帯型の麻酔キット。使用期限を確認する。ギリギリセーフだった。
箱とキットを持ち、診察室へ戻った。
「リュウちゃん、終わったけど」
サチの声が聞こえた。
「分かった、ありがとう。何かあったら呼ぶから部屋にでもいてくれや」
サチは自室へ向かっていった。
「ヒロ、こっちだ」
リュウスケはヒロキを連れ、手術室へ入った。
ヒロキの服を脱がせ、手術着に着替えさせた。自分も手術着に着替え、指先から手首までを丹念に消毒する。サチから貰ったシャープペンに似た細いレーザーメスも消毒する。これなら、痛みも出血もほとんどなく切開することができる。帽子、手袋、マスク、眼鏡を着用し、手術台の上にいるヒロキの鼻腔に携帯型の麻酔キットをセットする。効果時間が短いので、素早く行わなければならない。
「さて、ヒロ、鼻からゆっくり息を吸い込んでくれ。そうそう、いい感じだ。お前の好きなアルバムのタイトルを訊かせてくれ」
「うーん、やっぱりセックス・ピストルズでしょ、それからクリームのライブ盤、あとはローリング・ストーンズのスティッキーフィンガーズ、それからジミヘンドリックスのセカンド、それとビートルズのアビーロード、アビーロー、アビー、アー」
ヒロキの言葉が途絶えた。
悪いなヒロ、少し眠っててくれ。ヒロキの右下腹部に指を走らせる。こっちじゃないな、逆か。左側の下腹部を調べる。薄い手袋の指先がかすかな突起を捉えた。これは何だ? いったん保留にしよう。
さらに指先を這わせる。指先にかすかな手術痕を感じる。ライトを照らし、目視で確認する。20センチほどの直線を確認した。レーザーメスで、直線の上に刃をあてる。ヒロキの柔らかい肉の感触が伝わる。切開完了。傷口を器具で開く。なるほど、そういうことか。素早く縫合し、消毒する。
後は最初に見つけた突起だ。レーザーメスのモードを変え、突起の周りに浅い切り込みを入れた。皮膚を剥がす。これか。ピンセットでつまみ、シャーレに乗せた。
剥がした皮膚を元に戻し、傷口にパッチを貼り付ける。オッケー、完了だ。
「おーい、サチ。来てくれ」
サチが手術室に現れた。
「リュウちゃん、手術って、ヒロ君だったの?」
驚いた声が室内に響いた。
「まあ、そんなとこだ」
「どこか具合でも悪かったの? ヒロ君」
「いや、ちょっと探し物があってさ。もうじき、そうだな一時間ほどで目を覚ますと思う。大丈夫だと思うが、念のため、ここで様子を見ててくれ」
「いいけど、リュウちゃんはどこに行くのよ?」
「俺は部屋に行く。何かあれば呼んでくれ」
リュウスケはシャーレとピンセットを机の上に置いた。コンピューターの電源を入れ、引き出しから、正方形の小型カードリーダーを取り出し、接続する。
ピンセットでシャーレに置かれた、黒い5ミリの正方形のチップを掴み、カードリーダーの上に乗せた。頼む、認識してくれ。
カードリーダーのインジケーターが赤く点滅をはじめる。そうだ、その調子だ。
コンピューター画面に表示されたファイル名を確認する。アイコンをクリックする。
【パスワードを入力してください】
やはり、そうきたか。
7桁のパスワードを入力する。
【不正なパスワードです】
なるほど、じゃあこれでどうだ。
パスワードをすべて大文字で入力する。
【不正なパスワードです】
弾かれた。
最初の一文字だけを大文字にしてみる。
3秒ほど経過した後、画面にメッセージが現れた。
【ファイルを読み込んでいます】
ようやく、突破できた。
3分ほど経った。コンピューターは、まだファイルを読み込んでいる。相当な大物を釣り上げたと予測する。
やがて、画面が切り替わり、モニターは文書の表紙を表示した。右上に、赤色で「極秘」の二文字を確認する。マウスで下にスクロールさせると「セカンド・チャンス政策における私的見解」のタイトル、さらに下にスクロールさせると、美咲秀一郎の名前を確認した。
リュウスケは画面を閉じた。
「ねえ、リュウちゃん、目覚ましたよー、ヒロ君」
手術室へ入った。手術台の上のヒロキに声をかける。
「どうだ、気分は?」
「うん。少し眠いけど、平気」
「痛みは?」
「全然ないよ。で、リュウくん、どうだったの?」
「リュウちゃん、探し物がどうとか、言ってたじゃない。見つかったの?」
サチに尋ねられた。
「ああ、探し物か。見つからなかった。その代わり、意外な掘り出し物を見つけた」
「何それー、全然意味がわかんないよー」
「リュウちゃん、ウバステでそんなクイズが流行ってるの?」
「まあ、二人とも落ち着けって。ヒロ、すまないが、今夜はここで寝てくれ。サチ、しばらく、こいつに付き合ってやってくれや」
「リュウちゃんはどこいくのよ?」
「部屋で読書。それとな、ヒロ。いいチャンスかもしれないぞ」
「だからやめってって、その話は」
「何がチャンスなの? ヒロ君」
リュウスケは、手術室を出て、再び机の前に腰掛けた。こいつは朝までかかるな。心のなかでつぶやいた。
リュウスケは、机の引き出しを開け、サチに宛てられた被験者通知書を取り出した。美咲秀一郎の名前の横に押された印影を目視で確認すると、スキャナーで、通知書をコンピューターに取り込んだ。
印影を拡大表示した。画面には印影が大きく表示されている。印影のブレを確認すると、画面を閉じ、再び、美咲の文書を読み始めた。
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