第40話 官公庁の闇
厚生労働省・医政局。美咲は室内のサーバールームにいた。
「相談とは、どういうことかな?」
「はい、局長。実は都内にごくわずかではあるのですが、ガイドラインに掲載されていない色が表示されておりまして」
オペレーターが答える。
「色は何かね?」
「白です」
「なるほど。少し画面を拡大してみてくれないか。うん。そのくらいでいいよ」
美咲はモニターを見ながら指示を出す。
「この色が出現したのは、いつ頃かね?」
「はい、私が気がついたが、一週間前です」
「他には何か気づいたことはあるかね?」
「少しなのですが、サーバーの反応が鈍いのです」
「そうか。確認しよう。A28番の不安。これを少し下げてみてくれないか」
オペレーターが指示に従い、クリックすると、サーバーから低いモーター音が聞こえた。A28番の色が変化しない。モーター音が止まった後、色が変わった。
「つまり、クリックと色の変化にタイムラグが生じている、こういうわけだね」
「仰る通りです」
「この現象はいつからだね?」
「やはり、一週間前です」
「なるほど。分かった。報告ありがとう。業務に戻って構わないよ」
美咲はデスクに戻ると、内線電話をかけた。
「ご苦労様。今、少しいいかい。私のところへ来てくれないか」
間もなくして部下が現れた。
「ご用件は」
「いや、計画の進捗状況を確認したくてね」
「現在、フェイズ72です」
「そろそろかな」
「と申しますと」
「例の彼らの動きなんだが、少し叩いておいたほうがいいかなと思ってね。いや、これは私の独り言だよ。もうこんな時間だ。君も残業続きで疲れているだろう。今日は帰りなさい」
「お気遣い、ありがとうございます。局長」
時計を確認する。午後9時30分だった。内線電話をかける。
「車の手配を頼む、A7番まで」
美咲は日本家屋風の庭を再現した石畳を歩き、料亭の入り口の扉を開けた。
「先生、いつもご利用いただき、心よりお礼を申し上げます」
女将と従業員が全員正座し、頭を下げた。
「先方はもう」
「ええ、もうご到着なされております。ご案内させていただきます」
美咲は女将に続いて、廊下を歩く。
「松島様、先生がご到着されました」
女将が障子の扉を横に開く。
「先生、本日はご多忙の折り、貴重なお時間を賜りまして、心よりお礼を申し上げます」
スーツ姿の松島は入り口に立つ美咲の方を向き、正座のまま頭を深く下げている。
「いえいえ、それより約束の時刻に遅れてしまい、申し訳ない」
「先生のお顔ならば、何日でも何年でもお待ちいたします。どうぞお座りください」
美咲は室内に入り、腰を下ろした。女将が障子を静かに閉める。
「先生、どうぞ」
すすめられた日本酒を口に運ぶ。
「専務、今日はどのようなお話を?」
「お話というよりも、お礼を申し上げたく、お時間を拝借いたしました。先般の入札におきましては、先生のお力添えを賜りまして、この通りでございます」
松島は再び頭を下げた。
「専務、どうぞ向き直ってください。私はただ、計画に最も適した製薬会社を選択したまでです」
「これは、弊社からのほんのお気持ちでございます。どうぞお納めください」
風呂敷に包まれた重みのある長方形を開き、封筒の中身を確認する。金塊だった。
「専務、困りますなあ、これを私はどうすればいいのやら」
「どうぞ、お納めください。この通りでございます」
再び頭を下げる。
「では、いったん預からせていただきます」
美咲は封筒を上着の内ポケットにしまった。
酒宴が一時間ほど経過した頃、松島が口を開いた。
「先生、失礼に当たらなければよいのですが」
「どうされましたか、専務?」
「いえ、実は、先日自宅で娘と音楽番組を見ていたのですが、妙なことを言い出す出演者がおりまして」
「ああ、彼らですか。私も見ていましたよ」
「そうでございますか、実は少し心配になりまして」
「専務、ご心配には及びません。我々はあのような下劣な音楽に屈するような組織ではありませんよ。それに、もう手を打っています。どうぞご安心を」
「それを聞いて安心いたしました。明日の講演会も拝聴させていただきますので」
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