第37話 プロデューサーの疑念

 金曜日を迎えた。午後3時、スリル・フリークスの3人は、ベースメントに集まった。ベース、ギター、ドラム、アンプを地下倉庫から運び出し、カズヤの用意した白いライトバンに運んだ。

 

 リュウスケは助手席に乗り込んだ。ハンドルを握ったカズヤは、スタンド・バイ・ミーのメロディーの口笛を吹いている。リュウスケとヒロキは、ずっと無言だった。

 

 1時間ほどで、ライトバンはA6番の関東テレビに到着した。


「やっぱりすごいねー、テレビ局って」


 ヒロキが車内の窓から、銀色の巨大なビルを見上げている。


 ライトバンは、地下駐車場に移動した。すでに番組スタッフがおり、ライトバンから、機材を運び出す。


「さてと、乗り込むか」


 カズヤが告げる。


 3人は出演者専用の入り口で手続きを済ますと、関東テレビの中へ足を踏み入れた。

 

 広いロビーは一面、ガラスで囲まれていた。打ち合わせスペースでは、スタッフがミーティングを行っている。中央には巨大なモニタースクリーンがあり、ミュージック・サテライトの番組宣伝を流している。大理石の床を歩くと、ラバーソウルが軽やかな音を立てた。


 スタッフの誰もが、清潔感に溢れた服装に身を包んでいる。こんな空間に来たのは初めてだ。リュウスケはしばらく呆然とロビーに立ち尽くしていた。


「まずは、プロデューサーと打ち合わせがあるから一二階に行くぞ」

 

 エレベーターに乗り込み、12階のドアが開いた。広く長い廊下の壁には、外のメジャーバンドやアイドルたちのポスターが貼られており、ガラス扉の向こうに広がるフロアーの中では、スタッフたちが忙しそうに行き来している。これが外のテレビ局。圧倒されそうな気分だった。


「この部屋だ」


 扉には、クリエイティブ・ミーティングルームというプレートが貼られている。カズヤが扉をノックした。


 部屋は八畳ほど、中央にはミーティング用のブラウン色の大きなデスクがあり、中央に男性が座っていた。


 年齢は40代、清潔感のある黒髪のショートカット、整った顔、水色のシャツの上に紺色のカーディガン、コットンのパンツをはいている。


「おはようございます。お待たせして大変申し訳ありません」


 カズヤはやり手の営業マンのような爽やかな口調で挨拶した。あいつが言っていた、狡猾に立ち回るとはこういうことか。


「いえ、私も今さっきここに入ったところなんですよ」


 男性はポケットから、名刺ケースを取り出し、三人に手渡した。

「関東テレビ ミュージック・サテライト プロデューサー 相沢俊樹あいざわとしき」とある。


「どうぞ、お座りください」


「失礼いたします」


 3人は相沢の真正面に腰を下ろした。


「それでは本日のタイムテーブルについてお話いたします。まず、出演順ですが、最後となりますので、午後8時45分ぐらいの目安となります。スタジオですが、メインスタジオではなく、特別スタジオでの演奏となります」


「かしこまりました」


 カズヤがメモを取りながら答える。


「それで、演奏曲なのですが、あの、あまり過激な曲は」


「ご心配なさらないでください。スタンド・バイ・ミーのカバーを演奏いたします」


 カズヤが穏やかな笑顔で答えた。


「ああ、それなら安心です。いやあスタッフ会議で心配の声があがっていたものですから」


 相沢の表情に安堵が広がる。


「ご心配おかけいたしました。申し訳ございません」


 カズヤは深く頭を下げた。


「それからですね、弊局の上層部からも心配の声があがっておりまして。少し申し上げにくいのですが」


 相沢が一瞬、リュウスケに視線を向けた。


「相沢さん、そちらも大丈夫です。爆薬などの危険物の持ち込みは一切しておりません。もし必要であれば機材と僕たちの私物のご確認をなされますか」

「いえいえ、そこまでは必要ありません。私のほうから上層部に伝えておきますので」


「たびたびご心配をおかけし、申し訳ございません」


「あとは、リハーサルですね。特別スタジオは六階にありますので、一時間後に楽屋にスタッフがお迎えにあがります」


「了解いたしました」


「以上ですが、なにかご質問などがあれば」


「いえ、ご丁寧にご説明くださり、ありがとうございました」


 カズヤは丁寧に礼を述べた。


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