第27話 官僚という名の男

 文部科学省・政策局。加藤裕太かとうゆうたは、局長から激しい叱責を受けていた。


「君はどこまで私を失望させるつもりなんだね?」


 局長の顔は真っ赤に染まっている。


「はあ」


「その気の抜けた返事はやめろ」


「はあ、申し訳ありません」


「本当に反省しているのか?」


「ええ、まあ、自分なりに」


 局長は両手でデスクを叩いた。驚いた他の職員がこちらを見ているのを背中で感じる。


「厚生労働省の連中が、どんどん手柄をあげている。それに比べてウチはどうだ。何一つ動きがないじゃないか」


「一応、計画案を練ってはおりますが」


「まだ、計画案も出来上がっていないのか。君は本当に国家公務員試験に合格したのか?」


「はい。だからここにいます」


「君には、このプロジェクトメンバーとしての自覚はあるのか?」


「自覚ですか。辞令を受け取って、まあ、やろうかなとは思いましたが」


「なんだ、その言い草は」


 再び、机を叩く。


「ご質問にお答えしたつもりですが。ご気分を害されたのであれば謝ります」


 局長は大きなため息をついた。


「今日中に計画案を完成させろ」


「もうすぐ定時ですが」


「君はこの緊急事態のなか、定時で帰るつもりなのか?」


 局長の表情は怒りを通り越して呆れた表情に変わっている。


「はい。予定がありますので」


「徹夜してでも完成させろ。そもそも君は残業をしたことがあるのか?」


「いえ、毎日定時で帰宅しています」


「他の職員は必死で毎日残業している。彼らに申し訳ないとは思わないのか?」


「人は人。自分は自分と考えております」


「君をプロジェクトメンバーに選んだのは失敗だった」


「失敗とはどういう失敗でしょうか?」


「もういい。現在の計画案の話をしよう。計画途中でもいい。口頭でも構わないからこの場で話しなさい」


「はあ、まずは片桐竜介という人物を追い込むのはいかがでしょうか?」


「そんな統治者の真似事をして何の意味があるんだ? 世間に恥をさらすだけじゃないか。厚生労働省が腰を抜かすくらいの案はないのか?」


「まあ、あると言えばありますが」


「言いたまえ」


「ええと、片桐の音楽活動を不可能にすれば良いのではないかと」


「経済特区特別措置法を使うのか?」


「いえ、簡単に言えば、懐柔工作です」


「具体的には?」


「知人に協力してもらう必要があるのですが、まだ話をしていないので、現時点ではなんとも」


「他には何か、案はあるのかね?」


「いえ、もうありません」


「君と話をしていると情けなくなってくる。とにかく、君の言う、その懐柔工作とやらを実行に移せ」


「分かりました」


 加藤は自席に戻ると、ワープロソフトを立ち上げ、タイピングをはじめた。


《どいつもこいつも、脳が腐っていやがる。何も気づいちゃいない烏合の衆どもが》


 画面を閉じ、時計を確認すると、加藤は文部科学省を後にし、地下鉄のホームへ向かった。


 トロッコバイクの運転手に告げる。


「ウバステまで頼む」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る