第24話 憔悴と疑念の暗闇の中で

 ステージに上がった炎は火炎瓶だった。リュウスケは床に散らばる砕け散ったガラスを見つめていた。濡れた髪から、雫が落ち、リュウスケの頬を伝った。


「リュウくん」


 消え入りそうな声で、ヒロキに声をかけられた。


「地下にいたのか?」


「うん。カズさんと一緒に。リュウくん、これで身体拭いて」


 ヒロキはタオルをリュウスケに手渡した。


「リュウスケ、何故逃げなかった?」


 カズヤが尋ねた瞬間、リュウスケの脳裏に6人の笑顔が浮かんだ。


「すまない、ちょっと」

 

 リュウスケはトイレで激しく嘔吐した。全身の血液が抜けていくような感覚だった。


「リュウくん、顔真っ青だよ。とにかく座って」


 リュウスケは椅子に全身を預けた。脱力感が全身を覆う。


「あの連中に、何をされたんだ?」


「足を掴みやがった。まったく身動きが取れなかった。なあカズヤ、あいつらは一体何者なんだ?」


 リュウスケは気怠い声で尋ねた。


「推測だが、感情をコントロールされた人間たちだと思う。二人とも感じたと思うが、あの連中は感情を完全に抜き去られていた」


「そんな怖いこと、誰がしたの? 厚生労働省なの? それとも文部科学省?」


「分からない。今言えるのは、俺たちはとてつもない相手を敵に回してしまったということだ。しばらくギグは打たないほうがいいかもしれない」


「サチを見捨てるつもりか」


 リュウスケは鋭く言い放った。


「そうは言っていない。戦い方を一から練り直さないといけない。そういう意味だ」


「お前はどうしてそんなに冷静でいられるんだ。もしここにダイナマイトがあったら俺は全身に巻き付けて厚生労働省と文部科学省に乗り込みたいよ」


 誰に怒りをぶつければいいのか分からなかった。


「自暴自棄になるのはよせ。気持ちは分かるが、お前がそんなことをしたら一番悲しむのはサチだ」


「ちょっと不思議だなーって思うことがあるんだけど。言ってもいい?」


 ヒロキは姿勢を前に倒しながら告げた。


「どうした、ヒロ? 聞かせてくれ」


「もし、カズさんの推測が当たってたとして、あいつらが感情をコントロールされてたとするとさ、俺たちも、増田さんも松浦さんも、コントロールされるはずだよね。でも俺たちは平気だったじゃない。それが不思議だなって」


 カズヤはしばらく腕を組み、天井を見つめていたが、何かに気づいたのか、ヒロキの顔に視線を向けた。


「ヒロ、お前の都民管理カードはどこにある?」


「捨てたよ。だって使う機会ないんだもん」


「リュウスケ、お前は?」


「ヒロと同じだよ。名前が気にくわなかった。カードに管理されるなんてまっぴらごめんだ。サチのカードも処分した」


 リュウスケは気怠い口調で答えた。


「少し席を外す。待っててくれ」


 カズヤは立ち上がり、スタッフルームに向かった。間もなくして再び席に戻った。


「どうだった? カズさん」


「松浦さんも増田さんも、二人とも捨てたそうだ」


「カズヤ、カードとあの連中に何か関係があるのか?」


 リュウスケは弱々しい声で尋ねた。


「それは分からない。ただ、今日来た連中はすべて首からカードをぶら下げていた。他の都民たちもそうだ。みんなカードをぶら下げている」


「そういえばそうだね。なんかそれが当たり前の光景になってたからね」


「何か決定的な証拠があればいいんだが」


 カズヤはラッキーストライクの煙をゆっくりと吐き出した。

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