第19話 たかがロックンロールのために

 カズヤからの連絡を受け、リュウスケとヒロキはカズヤの部屋に集まった。六畳の1DKのアパートだった。


 壁の時計は午後9時30分を示していた。

 

 床はグレーのカーペット、壁には三つの本棚が並べられている。

 

 カズヤの机の上にはコンピューターのモニターが設置されており、左右に今にも崩れそうな本が山を築いている。本に囲まれた要塞のような状況だった。

 

 床のあちこちにも、本がたくさん積まれている。足の踏み場もない状態だった。


「お前、こんなに本に囲まれて、気が変にならないのかよ?」


「いや、別に」


 カズヤはそっけなく答えた。


「本棚もすごいね。ぎっしり入ってる」


 ヒロキが本棚を指さした。


「これでもだいぶ処分したんだよ」


「お前、この部屋の本、全部読んだのか?」


「ああ、ネットの情報はあてにならないものも多いからな。紙媒体の方が情報が正確だ」

 

 机の椅子に腰掛けながら、カズヤが答える。


「俺にはとても真似できない芸当だよ」


「さてと、これを見てほしい」


 青木の勤務するロックス・オフのホームページだった。最新情報のカテゴリーの中にスリル・フリークスの名前がある。カズヤがクリックする。

 

 画面上にフリークスのライブ告知、カズヤのインタビュー記事が掲載されている。

 

 まず目に飛び込んできたのは《スリル・フリークス セカンド・チャンス反対フリーギグを決行》という見出しだった。


「見てわかると思うが、フリークスは、三日後のフリーギグでセカンド・チャンス政策反対を正式に表明する」

 

 カズヤは椅子を回転させ、リュウスケ、ヒロキに向けて宣言した。


「お前、青木さんのインタビュー受けたのか?」


「いや、俺がたたき台を作って、インタビュー形式にまとめた。それを青木さんに頼んでウェブにアップさせてもらった」

 

 リュウスケは、ベースメントでカズヤが語った「根回し」という言葉を思い出していた。


「うーん」


 リュウスケは腕を組みながら、声を発した。


「どうしたの? リュウくん」


「何か違うんだよなあ」


「どこが違うんだよ?」


 カズヤが素早く尋ねた。


「やっぱりさあ、ロックンロールにそういう政治とかイデオロギーを持ち込むって、なんか違和感があるんだよ。たかがロックンロールじゃねえか。それにベースメントのキャパはたった300人だぜ。300が反対に回ったとしても何も変わらないんじゃないか?」

 

 リュウスケは頭をかきながら告げた。


「お前な、そんな呑気なこと言ってる場合か? いつサチの実験が実施されるか分からないんだぞ。お前はギグで、ただ楽しければそれでいいのか? いつものギグならそれでも構わない。だが今は、サチの記憶か命が危険にさらされているんだぞ。お前は本当に心からサチを救おうと思っているのか? お前が言うようにたった300人かもしれない。けどな、そもそもロックンロールというものは」


「またその台詞かよ。何度言えば気が済むんだよ、お前は」


 リュウスケはうんざりした口調でカズヤを遮った。


「二人とも落ち着いて。今できることをしようよ。リュウくん、ギグ以外の方法で300人集める方法って他にないでしょ。それとも外で反対のビラ配ったり、署名活動とかするつもり? それこそ何も変わらないよ。カズさんもカズさんだよ。気持ちはわかるけど、理詰めでリュウくんを追い込むのやめなよ」

 

 沈黙が部屋を支配した。三人とも、サチを救いたいと願っているのに、どうしてこんな内輪揉めが起こるんだ? 


 確かにヒロの言う通りなのかもしれない。自分一人で300人を集めることなんてできっこない。カズヤもこのプランを計画して形にするまで、時間と労力を費やしたことは事実だ。カズヤも必死なんだ。


「二人とも、すまなかった。やろうぜ、フリーギグ」


「よかった。安心したよ、リュウくん」


「分かってくれれば、それでいい」

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