第18話 ギター・ボーカルの葛藤

 カズヤは自宅アパートの部屋でスマートフォンを操作していた。

 

 電話はすぐにつながった。


「いつもの女を頼む」


 15分ほど経過し、ドアをノックする音が聞こえた。カズヤは黙ってドアを開ける。


 黒髪のロングヘアー、細い瞳、小柄で華奢な身体をグレーのダウンジャケットとブルーのデニムが包んでいる。この手の商売をしているとは思えない、地味な服装だ

と、いつも思う。


「こんばんは。今日はカズヤさんで最後だから、少し時間オーバーしても平気だよ」


 カズヤの首に柔らかく、細い両腕が絡む。


「いや、今日はそういう気分じゃないんだ」


「じゃあ、どうして私を呼んだの?」


 カズヤは、ベッドに向かい、仰向けになり、両手を後頭部に組みながら天井を眺めた。


「隣に来てくれないか」


 女は、カズヤの隣に身体を横たえた。姿勢はカズヤの方を向いている。


「なあ、ナオミ」


「本名でいいって、ずっと言ってるじゃない」


 女は諭すように告げた。


「有香、君には仲間はいるか?」


「仲間かあ。私中学生の頃バスケやってたのね。そのときのチームメイトとは、よく会うよ」


「仲間を裏切ったことはあるか?」


「男にはさんざん裏切られたけど、仲間から裏切られたこともないし、自分から裏切ったこともないよ」


「そうか。それは幸せなことだな」


 カズヤは天井を見つめながらつぶやいた。


「どうしたの? カズヤさん。悩みがあるなら聞くよ。こういう関係だから気軽に話せるかもしれないし」


 有香の丸みを帯びた声が届く。


「信じてる仲間に、どうしても確かめておきたいことがあるんだ」


「どうして?」


「この目で確かめて、その上で俺を信じてほしいんだ。身勝手な話だけど」


「仲間に何かを知ってほしいの?」


「ああ、そうだ。だが、俺にそんな資格があるのか分からなくなった」


 カズヤはベッド脇の棚から、小型の瓶を取り出し、キャップを開ける。中からスカイブルーの錠剤を二錠、口に放り込み、かみ砕いた。口の中に苦味が広がる。


「カズヤさん、それって違法ドラッグじゃ」


 有香が驚いた声をあげた。


「アッパー系のドラッグじゃない、ダウナー系だ。鎮静剤みたいなもんだよ。こいつを飲んでいないと、気が変になりそうなんだ」

 

カズヤは静かに、大きく息を吐いた。


「カズヤさん、今寂しい?」


「ああ、孤独だ」


「じゃあ、こうしてあげるから」

 

カズヤの頭部が有香の胸に抱き寄せられた。柑橘系の香りに包まれる。30秒ほど経過したとき、有香が尋ねた。


「少し落ち着いた?」


「ああ、ありがとう。クスリが効いたら眠ると思うから、先に金を渡しておくよ」


「いいよ、今日は」


 有香は、小さく顔を左右に振った。


「そうはいかないだろう。行為がなかったとしても、君を呼んだのは事実だ」


「今日はナオミとして来たんじゃないの。有香として来たんだから」


 カズヤは有香の黒髪に触れながら、独り言のように呟いた。


「不思議だな」


「何が?」


「君といると、すべてが夢だったように思える。安心できるんだ」


「私だって不思議だよ。どうしてカズヤさんみたいな人が、ウバステに住んでるのかなって」


「ここでしかできないことがあるんだ。クスリが効いてきた。俺が眠ったら、帰ってくれて構わないよ。今日はありがとう」


 カズヤは静かに目を閉じた。

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