第14話 悲しき願い
年が明けた。年末年始、リュウスケはサチと二人で大掃除をしたり、フリークスのメンバーと忘年会を楽しみ、近所の住人たちと二階の雀荘で麻雀をしたりと、休暇を楽しんだ。
そのせいか、セカンド・チャンスへの疑念もだいぶ薄らいでいた。
プロジェクト歴30年1月4日。今日から仕事始めだ。
時刻は午前8時だった。リュウスケは入り口の扉を開け、外に出た。少し風が吹いており、砂埃が舞っている。
リュウスケは快晴の空を見上げて、両手を二回叩いた。
「お天道さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします」
赤いポストに手を入れ、新聞と何枚かの年賀状を取り出す。
すると、一通の封書が地面に落ちた。厚生労働省からサチに宛てた封書だった。
中へ戻り、サチに声をかける。
「おーい、サチ、お前宛になんか届いてるぞ」
「どこから?」
サチも今日から仕事始めなので、自室で支度をしているようだった。
「厚生労働省から」
「今、着替え中だから、テーブルの上に置いといて」
「分かったよー」
リュウスケは封筒をテーブルの上に置いた。
「あ、リュウちゃん、ちょっとバタバタしてるから、中身開けて」
「いいのか?」
「お願い」
リュウスケは封筒をペーパーナイフで開封した。一枚の書類が入っていた。書類を開く。
書類を見たリュウスケは全身の血液が凝固したような感覚に襲われた。膝が小刻みに震え、自分の身体が、書類のなかに吸い込まれていくようだった。口が渇き、顔の筋肉が痙攣を起こしている。頭が締め付けられるように痛む。脇から冷たい汗が流れ、眼球の奥が鈍く軋んだ。
「リュウちゃん、どうだった?」
サチの問いに答えようと声を出そうと思うのだが、腹筋に力が入らない。書類を持つ手が激しく震えはじめた。
「ねー、リュウちゃん、聞こえてる?」
リュウスケは両手で自分の頬を激しく叩いた。声を出せ。何度も心のなかで叫んだ。
「ああ、若い連中のドラッグ乱用がどうしたこうしたとかいうパンフレットだ」
やっと声が出た。
「なーんだ、私には全然関係ないから、ゴミ箱にポイしといて」
「ああ、分かったよ」
数分後、サチが小走りにやってきた。オレンジのダウンジャケットにデニムパンツ、首にはグリーンのマフラーを巻いている。
リュウスケは素早く封筒と書類を白衣のポケットにしまった。
「遅刻だ遅刻。じゃあ、行ってくるね。リュウちゃんもお仕事頑張って」
サチは急いで扉を開け、外へ飛び出して行った。
その後、何分が経過したのか分からない。何分どころか何時間かもしれない。リュウスケは診察室で呆然と立ち尽くしていた。
夢であってほしい。叶わぬ願いと分かっていても、それでも夢であってほしい。リュウスケは白衣のポケットから、封筒と書類を取り出すと、もう一度書類を開いた。
夢ではなかった。書類には「セカンド・チャンス被験者通知書」という文言、サチのフルネーム、厚生労働省・医政局長 美咲秀一郎の名前と印影が確かに記載されていた。
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