第11話 統治者の予言
12月28日、スリル・フリークスはベースメントでギグを行った。
リュウスケのインタビューが前日にウェブにアップされたことも手伝って、客席は満員に膨れ上がった。
フリークスはめったにアンコールには応えない。
予定調和のアンコールをやるくらいなら、むしろ観客のアンコールを求める気力を奪うくらいの満足感を与える。それが観客への礼儀だと考えている。
ギグは2時間、フリークスは合計25曲のナンバーを客席に放った。
新曲「ショットガン・チェリー」もカズヤが歌詞を書き上げ、初披露となった。観客の反応もよく、手応えを感じた。
途中、酸欠で倒れた観客もいた。カズヤはレスポールを自在に操り、マイクに向かって吠え、囁き、叫ぶ。観客のテンションを完全に掌握し、挑発し、誘導する。
ヒロキは切れ味抜群のビートを刻み、バンドのギアをトップに上げる。スローテンポのバラードでは、絶妙なタイミングでフィルインを決め、ベースメントの空間を握った。
リュウスケは、観客の中へ飛び込み、骨太のベースラインを鳴らす。
ベースは通常のバンドでは屋台骨を支えるパートだが、リュウスケは違っていた。
まるでギターを弾くように指板の上に左手の指を素早く走らせながら、ピックを握った右手で音を炸裂させる。
カズヤのギターとリュウスケのベースは、時にぶつかり合い、時に愛し合い、フリークスにしか生み出せないグルーヴを観客の胸に刻み込んだ。
「さーてと、撤収だ撤収」
すべての観客が去った後、リュウスケはメンバーに告げた。
「リュウくん、もう少し休ませてよ」
全身汗まみれのヒロキの口調はぐったりとしていた。
「一番若いクセして、何言ってんだ。ほら、行くぞ」
「分かったよ。よいしょ」
いつガサが入るか分からない。そのためメンバーはギグが終わったら、すべての楽器、アンプ、ドラムなどの機材一式を、地下倉庫に運ぶのがルーティンとなっていた。
搬送中、音響担当の増田が声をかけてきた。
「リュウスケ君、今日の動員、350人。最高記録また更新だね」
「本当? いやあ増田さんのおかげだよ」
バンドはメンバーだけではギグはできない。増田のような裏方の存在があるからこそ、観客にナンバーを届けることができる。
リュウスケは口には出さないものの、増田をはじめとするベースメントのスタッフには、最大限の敬意を胸に秘めている。
「くわー、うめえ。ほんとにうめえ。このビール一杯のためにバンドやってるようなもんだわ」
リュウスケはビールジョッキをテーブルの上に置いた。
「ビールって、そんなに美味しいの?」
サチが不思議そうな顔で尋ねる。
「ああ、最高だよ」
「私にも、一口飲ませて」
「だーめ。未成年者はコーラを飲みなさい」
「リュウスケ見たぞ、お前のインタビュー記事」
カズヤは汗でぐっしょりと濡れた髪をタオルで拭きながら告げた。
「ああ、見たのか。どうだよ感想は?」
「俺のどこが頭でっかちで理屈屋なんだよ?」
「いや、ありゃ言葉のアヤってヤツだって」
「それにお前、今日、勝手に曲順変えただろう?」
「ああ、あれはなんかさ、本能的に指が勝手に」
「あのな、中盤のバラードが終わったら、後は徐々にペースを上げて、最後の3曲で一気にたたみかけるんだよ。お前のおかげでギグの起承転結が見事に崩れた」
「でも客は喜んでたぜ? 結果オーライじゃねえか」
「今日はな。だが今後は気をつけろ」
「分かったって。まったく理屈屋ってのは」
「何か言ったか?」
「いや別に」
ヒロキは、呆れているのだろう。そっぽを向いて、ピザを頬張っている。
「ところでリュウスケ、これを見てくれないか」
カズヤはリュウスケにスマートフォンを手渡した。アイ・シンクの統治者のメッセージ画面だった。
「なんだ、こりゃ? 予言か?」
【明日、国営放送 21時。大衆は真実を知ることになるだろう】
「このメッセージの投稿時刻は夕方だ。支持者の数を見てみろ」
「4500万人も支持してんのかよ」
リュウスケの声がホールに響いた。
「しかも分単位で支持者が伸びている。不支持者はたったの5人だ」
「こいつ一体何者なんだ?」
「俺もライター仲間と定期的に情報交換してるんだが、どうしても決定的な情報に出会えない。ネットもさんざん調べてみたが、同じだった。一般ユーザーのアカウントなら、炎上騒ぎが起こればすぐに誰かが特定する。だが統治者については、誰も特定できないし、しようとする動きさえない」
「案外、中学生くらいのガキが調子に乗ってるだけじゃねえのか?」
「そんなはずはない。国営放送のホームページの番組表を見ても、明日の21時のタイムテーブルは空欄になっていた」
「正体は国営放送の人間だってことか?」
「いや、もっと、この国の中枢に通じている人間だと思う。あくまで推測だが」
「それにしても、どんな番組なんだろうな?」
「まったく見当がつかない。リュウスケ、明日の夜は予定入ってるか?」
「いや、昼間は仕事して、夜は家にいる」
「そうか。それならお前も番組を見てくれ。上手く言えないが、嫌な予感がする」
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