第10話 ひとつの仮説

 翌日、スリル・フリークスの三人はベースメントに集まった。明日のギグに向けた、最終ミーティングのためだった。


「演奏曲順はAタイプでいこうと思うんだが、どうだ?」


 カズヤが演奏曲目が記載された一枚の紙をテーブルに乗せた。


「初期のセットリストだな」


「ああ、最近、新しい客が増えているからな。初期の曲を中心にやるのはかえって新鮮かもしれないと思う」


「いいかもしれないね。俺も初期の曲って好きなのいっぱいあるし」


「リュウスケ、お前はどうだ?」


「俺も賛成。これでいこう」


「分かった。じゃあ、Aタイプで決まりだ」


 カズヤはセットリストの記載された紙を人差し指でパチンと弾いた。


「なあ、カズヤ、お前に訊きたいことがあるんだけどさ」


「何だ?」


「セカンド・チャンスってあるだろ。厚生労働省と文部科学省がやってるやつ。あれ、お前はどう考えてるんだ?」


「お前が政治の話をするなんて珍しいな。今ちょうどセカンド・チャンス政策の原稿を書いてるところだ」


「いろんな噂があるらしいじゃないか、安楽死とかさ」


「ああ、俺もそのあたりのことを調べてみた。特に厚生労働省の医政局長の美咲秀一郎という人物に焦点を絞って調べた」


「何か分かったのか?」


「美咲は東京大学の医学部を首席で卒業している。専門分野は脳科学だ。奴が書いた論文があるはずだと思ってネットを調べ倒した。ようやく見つけたのがこれだ」

 

 カズヤは厚さ5センチほどの論文を、鞄から取り出し、テーブルの上に載せた。


「お前、これを全部読んだのか?」


「ああ」


「すごいね、カズさん、こんな難しそうな文書を」


 ヒロキは大きな目を輝かせた。


「何が書いてあったんだ?」

 

 カズヤが静かに語りはじめた。


「中国の一帯一路政策が実を結んだのは30年前だ。アジアの覇権は完全に中国が握った。大昔のアメリカ対旧ソビエトの冷戦構造と全く同じ状況が、アメリカ対中国の構造にすり替わったわけだ。中国は日本企業を次々と買収し、不要な日本人従業員を躊躇なく切り捨てた。国中に失業者が溢れる事態になった。おまけに高齢化社会と格差社会は歯止めが効かない。とても現在の税収では医療費や失業保険、生活補償をまかなえない。2020年の東京オリンピックを100パーセントとして、現在の税収は60パーセントまで下落した。そこで美咲の論文では、現在の税収で、国民を養うための適正人口を割り出している。その人口は5000万人だ。現在の人口が8000万人だから、3000万人の人間が、国にとってはお荷物になるわけだ。あとはその手段だ。美咲は記憶の置き換えで、この3000万人の人間を救えると謳ってはいるが、ネット上のどこを探しても、記憶の置き換えなどという論文は見つからなかった。だから俺は、セカンド・チャンスの実体は安楽死だと考えている。例えば、アイ・シンクで誰かが安楽死という言葉を使っただけで、一分後には、そのメッセージは削除されてしまう。この現象から考えると、厚生労働省には、よほど知られたくない秘密があるんだと思う。それが安楽死だ。ただ、決定的な証拠がないのが現状だが」

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